初夜編:夢魅る少女じゃいられない01

これは、ベルが8才の頃の出来事である。意外なことに、この女の夢は、「綺麗なお嫁さん」。そんな愛らしい夢を、二人の友人に告げると、悪友の少年は腹を抱えてゲラゲラ笑いだした。


「お前は花嫁になれねぇよ。お前みたいな暴力女は囚人服が似合うぜ。ハナクソン」


 ベルは少年の発言を咎めない。その代わりに石を掴んだ手で彼の頭を殴りつけるのである。


「や、やめろ。ハナクソン。石は反則だろ」

「知ーらない。私はね、私の事をハナクソンと呼んだ奴をブチのめすって決めてるの。だからぜーんぜん大丈夫。おっけーってかんじー」


 ちなみに、ハナクソンとは、ベルが鼻くそを人にこすりつけるという嫌がらせから由来する。

 鳴き声と怒声が響く中、残された少女は怯えながら口を開く


「わ、私、ママから聞いたの。花嫁さんって、おしとやかで優しく無いとなれないって」


頭から血を流し、ワンワンと泣く少年の胸ぐらを掴みながら、ベルは少女の顔を見る。肝の据わった表情に、ベルの機嫌が最高に悪い事を少女は悟った。少女は、ベルの機嫌がこれ以上悪くならぬよう、慌てて言葉を付け足した。


「で、でもっ。アナタはかわいいから。きっと綺麗なお嫁さんになれるよ! だけどね、もっと優しくならないと、花婿さん。こ、困るんじゃないかなぁ」


不機嫌なベルの表情がパァッと花咲く笑顔に変わる。少年から手を離し、石をぽいっと捨てる。「そだねー」と言いながら、少女の体を力強く抱きしめた。「かわいい」と言われたことに気を良くしたのだ。柔らかな吐息がベルの耳元にかかる。その途端、キラキラと輝く表情に濃い影が落ちた。


「良い事を聞いた。とりあえず、やさしい。おしとやか。気配り上手とかいう女子力をあげて、相手を騙せばいいのね。なーんだ。それならば、みーんなやってる事じゃーん」

「ハ、ハナクソン。てめぇ、汚ねぇぞ。男の夢を壊すな」

「夢ぇ? それってぇ、女の人って優しくておしとやかで気配り上手って事? バァカ。んな事、誰でもするわけないわよ。そんな幻想、ハナクソにしてあんたの顔につけてやるわ。感謝しなさい」

「やっぱり、ハナクソンじゃねぇ――あああああ。ハナクソンやめろおおおおお。鼻に指突っ込むなあああああああ」

「ハナクソン言うなああああああ」

「ゃめてぇ~」


ドスの効いた女の声。少女は、締め上げられるニワトリのような悲鳴をあげる。

若干8歳。その年齢にして、ベルの根幹は形成されていたのである。



(とまぁ。本当に幼い頃の私は夢見る少女だったわけよ)


ベルは深いため息を漏らす。タオル一枚に身を包み、火照った身体を手で仰ぐ。ベットの上であぐらをかき、見知らぬ天井を見上げる。


(幼い頃の私がこーんな結婚式を見たら自殺するわ。形だけとはいえ、こんな酷い結婚式をあげさせられるなんて……。今の私だって、泣くに泣けないもの)


心の中で愚痴をこぼし、大きくため息をつく。

ダサいウエディングドレス。丁寧さだけがウリのメイク。

チンケな式場。ベルの美貌に心を打たれることのない愚鈍な参列者。総合ランク及第点な結婚相手。羨ましがる素振りも見せないすらないメスども。

思い出すだけでヒステリーを起こしかねない。結婚式というシステムで嫌いな人間を叩きのめすことを生きがいにしていた彼女にとって、人っ子一人ブチのめせない結婚式は、子供のお遊戯会よりも酷い代物だ。


(こんなクソ田舎。クソクソクソクソ田舎。どっからどう見ても田舎。クソ以外の取り得の無い場所で、どーして、こんなクソ親父に体を舐られるのよ。本当にクソったれよ。ここは)


ベルは枕を掴むと腹立たしそうに地面に叩きつけた。


(仕事とはいえ、あんまりだわ)

 


彼女の冷ややかな視線は、隣ででゴウゴウとイビキをかいている男。トリトン村の領主コンラッドに注がれる。脂の乗った中年男性。主張の激しい腹。


(問題外!)


 彼女の肉体を愛した男は、彼女が歯牙にもかけない存在である。いや、このような男に誰が好き好んで抱かれるだろうか。妻・愛人以外、ありえないといってよい。そのような男だから、問題が明るみに出た。


(もしもよ。もしも、この男が村の領主って事を前提にして。顔が良くて、男の色気があって、スタイルが良くて、優しくて、でも雄雄しくて。女性の扱いが丁寧で、声が良かったらなーんにも問題は無いのに。それすらクリアできないのに女を抱くから問題なのよ。権力で人を抱くな。クソ親父)


 トリトン村に初夜権の風習があると知らされ、どれぐらいの時を経ただろう。村の陳情に、国は思い腰を動かした。まず、彼女の上司 コルネールは、彼女に初夜権の有無を7日間で調べて来いと命じた。その際、体を売るか売らないかは、ベルの自由。と言ったが、彼の言葉の後ろには、体を売って調べてこい。という意思が十二分に込められていた。

 上司の命に従い、彼女は領主コンラッドに身体を売った。

 いや、身体を買うように仕向けた。

 彼女は、“処女”であるという話を村中に蒔く。その際、主人ロサリオとの初夜が不安でたまらない。主人 ロサリオと初夜を明かすことが楽しみ。という枝葉も付けた。もちろん、この話はコンラッドの耳に届く。いかにも初夜権を愛している人物が食いつく内容を流すことで、彼の意識を彼女に向けさせる。コンラッドは、“トランの初夜”を我が物とすべく動き、ベルを拉致した。

 そして、一人の初夜は夫ではない者の手で散った。

 ただ、予想外だったのは、コンラッドは金髪の女が好きで、身体の相性が良かったことである。

初夜では終わらず、ベルは監禁された。部屋を出ることは許さず、日中、執務を行う際は部屋の前に監視の自警団員を置いているぐらいに。彼はベルの体を堪能した。

 肉体を貪られたことに、シクシク泣くこともなく、彼女は抱かれながら、自分が物証となった事を喜んだ。


(でも、私だけじゃ弱い)


 裏打ちとなる証拠を探すべく、頭を動かしていると、コンラッドはおかしなことを言った。


初夜権の物証はベルである。物証に裏打ちされる証拠として、彼は不思議なことを口にする。


「私が抱いた女は、全て記録している」


 尻の穴は流暢に人の言葉を喋る。自分がどれだけ若い女を食べたのか。自分が有能なのか。尻穴はせわしなく口を動かし、汚い息をベルの顔面に吹きかける。よく喋る尻穴だ。とベルは感心した。おまけにこの尻穴は、ベルがよがり、おねだりすれば口を緩め、なんでも話した。

 例えば、コトウの物語。

 王都では、コトウの物語は土の聖剣使いトルダートと仲良くなって終わり。だが、ここでは違う。コトウはトルダートと共に獣の聖剣を手にする。コトウは聖剣の呪いにより、魔獣となって村に災禍を与えた。ここまでが、ブラとスタンが語った物語である。コンラッドはベルにこの話が真実であると告げ、あることを付言した。

 この村に伝わるコトウの物語は星の剣に記録され、彼の執務室に保管している。

 彼女はすぐさま、コンラッドに身体を差し出し、閲覧を申し出た。

 門外不出の内容の為、彼は首を縦に振らなかった。なので、彼女は彼の求めること全て応じ、好みそうな反応を示し、情報を小出しに引き出す。コンラッドの心をチクチクとイジメ、気づけば彼は彼女のワガママを許してした。


 彼女は指を折り日にちを確認する。月の傾きを見て、時間を想像する。


(手札は揃った。後は動くしかない)


 窓に映る彼女の顔が、女から仕事人に代わる。

 ベットから滑るように落ちると素肌にまとっていたタオルを剥ぐ。一糸纏わぬ姿に羞恥はない。シーツの後ろに隠していたショートブーツに手をかけ、細い足首をねじりこむ。

ブーツから手を離すと、彼女の手には、短剣が握られていた。彼女のショートブーツは、ナイブーツとなっている。左右の足首に4本の短剣を隠せる。彼女が取り出したのは音の短剣だ。


(ここで結果を出して、コルネールの剥げ頭を輝かせてあげるぞ)


自分に言い聞かせ、音の剣に力を込める。すると、彼女が身に纏う音は一切遮断された。音の剣が薄く光っていることを確認すると、そのまま、扉へ向かう。

扉を押すと、重厚な音が響く。シンと静まり返る邸宅内でこの音は大きな音だろう。音を聞きつけ、慌てだす物音は聞こえない。念のため、背後を振り返る。分厚い塀のような身体をした男は立っていなかった。それよりも、彼のイビキがより大きく奏でられている。


(行くよ)


彼女は一歩を踏み出した。

 シンとした空気。身体にビリビリと刺す敵意。久々に嗅ぐ新鮮な空気は脳髄を痺れさせるほど痛烈だった。ベルは生唾を飲み込む。もはや、後にはひけない。

 ベルは走り出す。

 彼女の舞台は、開演した。

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