初夜編
初夜編 はじまりは恨み言から
スナイル国
かつては、隣国の侵略を受け、いつとも消えるか分からない経済的にも、軍事的にも脆弱な国であった。
先王イヴハップの即位と共に、彼は、国防、内政、外交。と従来の枠にとらわれない手法を用いて改革を行った。その結果、長年敵対していた隣国 ヨナン国と休戦協定を締結させた。休戦協定と共に訪れた平和。戦争に明け暮れていた国が平和を手にすると、平和を噛み締め、傷ついた国を復活させようと、経済活動に力を入れた。国民の力の甲斐もあり、スナイル国は経済的にも発展を遂げた。いつしか王都にはイヴハップ王を讃える声で溢れ帰り、活気の絶えない王都に姿を変えていた。
この王都の様を見、外国貿易商は、スナイル国の周りを囲む山々の緑。白亜の宮殿から、この地を「緑白の都」と呼ぶようになった。
イヴハップ王亡き後、スナイル国は二人の王が治めている。
イヴハップの第一王子 ハシム・ペイトン
イヴハップの第二王子 キルク・ペイトン
人々は、二人のどちらが戴冠するのか。誰がイヴハップ王の政治を受け継ぐのか。また、どちらが先に世継ぎを為すのか。といった不躾極まりない話題で持ちきりだ。
もちろん、二人の王子は、王宮内 王都内から溢れる声に気づいている。二人は、その答えを出した。二人は共に「王」として政を行う「共王制」を採用した。
現在、王の冠は2つ存在する。2つにわけなければならないほど、イヴハップ王が残した功績はあまりにも大きかった。
王政の中心地 スナイル国王宮。この宮殿の中には、政に必要な施設は全て揃っている。例えば、星々の記録が保存された星の剣を収蔵した
宮殿の尖塔にある。天井の天辺から人の腰の高さまで。青を基調としたステンドグラスがはめ込まれている。このステンドグラスには、聖剣の誕生から、内紛。マナとの一体 世界の誕生に至るまで一連の流れを象っている。
円錐の形に習うよう、無数の棚が敷き詰められ、星の剣が収蔵されている。星の剣はそれぞれ、聖剣書、哲学、王政史、文学、歴史、聖剣と分類されている。形状はどれもこれも似ている。一般人、素人は一目見て、何が収録されているかわからない。それができるのは、図剣館に勤める星の剣の判別人 司剣 と呼ばれる役人だ。
太陽は空のてっぺん。昼食の時間だ。そんな時間に図剣館の扉を開くものが1名いる。イヴハップ第二王子 キルク・ペイトンの侍従 オリヴァ・グッツェーだ。
辺りを見渡すと、
オリヴァは、人の目を気にするようにあたりを見渡す。顔見知りがいないことを確かめ、図剣館の中央に「ロ」の字に作られたカウンターへ足を運ぶ。
司剣たちは、利用者がいないことを良いことに、椅子で円座を作り、テーブルにもたれかかるようにして、ベテラン・中堅は談笑に花を咲かせて、若手は先輩達に押し付けられた星の剣の磨き作業にいそしんでいた。
オリヴァはあえて、カツカツカツと踵の音を響かせ、カウンターの前に立った。「誰だ?」と気だるそうに顔を上げる司剣達。利用者の顔を見ると、途端に息を呑み、弾かれたように椅子に座りなおし、口をつぐんだ。
「ケモノに関する星の剣を探している」
オリヴァは軽蔑した表情で司剣たちに睨みをきかせ、手短に用件を伝えた誰もオリヴァの問いに答えない。
「どこにある?」
オリヴァは改めて司剣達に問いただした。
「か、彼女なら知っています」
一人の中堅男性が声をあげ、人身御供を差し出した。生贄は幼さを残す若い司剣である。先輩達に頼まれた星の剣はまだ山のように積まれている。オリヴァの声も届かないようで、こうしてオリヴァが声をかけても、星の剣を磨く手は止めなかった。痺れを切らし、上司がわき腹を突くと、「ひゃぁっ!」ととても愛らしい叫び声を上げ、小動物のようにキョロキョロと周囲を見渡した。
「キミ、ケモノに関する星の剣。何か知っているよね」
先輩の威厳は無く、とても強い期待が込められている。見え透いた先輩の声に、彼女は、彼に突かれたわき腹をホコリが付着したかのように払い落とした。彼だけではない。周囲の懇願する目を気にも留めず、目の前にいる人物についても心当たりはないようだ。
「ケモノに関する星の剣って、ジャンルが広すぎますぅ」
「ジャンルは問わない。ただケモノに関する情報が欲しいのだ」
「広範囲 不明確に付き、お答えできかねますぅ」
「なら、どんなものなら答えられる」
「……。なら、ケモノの聖剣あたりはどうですかぁ? 獣の聖剣は、人間を始め、全ての生き物を作ったといわれる聖剣ですぅ。聖剣を知れば、その下にある上位眷属や剣についても何か知れるんじゃないんですかぁ?」
オリヴァは特段異議はない若い司剣のアドバイスに首を縦に振った。
「頼む」
「承知いたしましたぁ。それでは、おかけになられてお待ち下さいぃ」
オリヴァは彼女の指示に従い、近くの椅子に腰掛けた。オリヴァの脳裏には、旅立ちの儀の際、中年の男が遺した言葉が離れない。
ケモノ セイケンノカゴ
句読点の位置を変えるだけで、複数の意味にも読める。どう解釈しようかと頬付けを付きながら様々な思案を試みる。そして、思考は段々とわき道にそれ、いつしか獣の聖剣について考え始めていた。
獣の聖剣
世界を作った12本の聖剣の一つ。聖剣書によれば、一番最後に作られた聖剣である。獣の聖剣は、始めに、野獣 魔獣 人間以外の動物を作り、最後に人間を作った。
それは、人が生きられるよう、友として 供物として 。驕り高ぶった際、人を破滅に導けるよう引導者として作られた。
「バカらしい。無から有がどうやって造られるものか」
再び、入り口からひかりが注ぎ込む。人々はその人物を見ると、椅子から立ち上がり、すぐに頭を下げた。人々の異様な気配を感じ、オリヴァも顔を上げる。二人組の女性がこちらに向かって歩いてくるではないか。途端、彼の表情は曇り、皆と同じように椅子から立ち上がり、片膝を付いて、頭を下げた。
「おりんりんじゃーん。めっずらしー!」
垂れた顔のしたでは苦虫を潰したような顔がある。声の主は、ひまわりの花が咲いたよう。という表現が似合う天真爛漫な女性がいる。丸顔に金髪のショートヘアー。茶色の円な瞳はすべてを見つめる。小柄で、「利発そう」という言葉がシックリとくる。
「仕事さぼりー? 」
「サボりではございません。仕事です」
「あれ? でも、キルク様は執政室にいるんでしょ? おりんりんはいなくていいの?」
すると、小柄の女性の背後に立つ背の高いスレンダーな女性が困ったような面持ちで耳打ちをする。小柄な女性は何度も何度も首を振り、
「へぇ。おりんりん。筆頭侍従から筆頭侍従補佐に降格したんだ」
と自分の質問に答えた。
「ちょっとベル」
背後の女性は慌てて「ベル」と呼ぶ女性の口元をふさいだ。
図剣館のベル。王宮内の有名人だ。愛らしい外見ではない。「悪名高い」司剣としてだ。若手司剣ではあるが、この図剣館の蔵剣をほぼ把握している。上司から、司剣としての評価は高く、信頼は最低。他部署からの嫌がらせには文字通り「殴る」ようにして依頼された星の剣の情報をぶつける。アコギなやり方で目の上のタンコブ達をぶちのめし、邪魔者は情報で沈める。そのような悪評が立っている。それをすべて聞き、オリヴァはさら「アイツは、権限という引き出しで人の頭をフルスイングするタイプ」と付け加える。
オリヴァとベルの出会いを彼は覚えていない。気づけば、ベルはオリヴァの事を「おりんりん」と呼ぶようになっていた。オリヴァにとってベルは、波長も合わず。会えば何を言われるか分からない。彼は彼女を意識して避ける様になっていた。
「ぐ、グッツェーさん。そ、それに皆様。顔を上げてもらえませんか?」
ベルの背後にいた女性はたまらず、前に出て、オリヴァの肩に手を添えた。見上げると、そこにはとても困った顔の薄い唇と透き通るような白い肌を持った女性がいる。中でも目を引くのは彼女の瞳だ。キラキラと星を散りばめたようなみずみずしい大きな瞳。オリヴァが彼女を初めて見たとき、その美しさに息を飲んだ。それだけではない。動けば、サラサラとゆれるも腰まで伸ばした薄水色の細い髪。
フィオレンティーナ・ペイトン
ハシム・ペイトンの妻にして、次期王妃と目される人物の一人。
「皆様も顔を上げてください。此処は星の剣が集う図剣館です。謁見の間ではございません。星々の英知の前で、私達は平等ではありませんか」
そして、もう一度、フィオレンティーナはオリヴァの肩を叩いた。彼女の言葉に皆、顔を挙げ、椅子に座りなおした。ハシムやキルクであれば、こうはならない。人々は顔は上げるも、二人が「動け」というまで動かない。
彼女には、発言力・影響力は無い。だが、その一方で人々の評価は高い。
ベルのような若い役人には「親しみやすい」「垣根を感じない」などの理由で支持を受け、コロネールなどの重役は「軽い神輿」という事で評価を受ける。薬にもならないが毒にもならない。それがフィオレンティーナである。
「おりんりん。フィオ様もそう言ってるんだから顔をあげなよー」
ベルは再び、オリヴァの前に立った。彼の頭を何度も「痛い子が頭の可哀想な子になった」などと言い、肩をポンポンと叩く。
「フィオレンティーナ様。それではお言葉に甘えさせていただきます」
かすかな声だ。礼儀も形ぐらいは成しただろう。腐っても彼はキルク王の筆頭侍従補佐なのだ。
彼は勢いよく 垂直に 音を立てずに立ち上がった。オリヴァの声が聞こえなかったベルには急な動作と見えた。ベルの細い顎にオリヴァの頭が勢いよくゴツンと音を立ててぶつかった。下からの突き上げる衝撃に声は出ず、グラリとベルの細い体が後ろへ倒れる。そのまま倒れれば、フィオレンティーナの胸元へ。というタイミングでオリヴァは彼女の手をグイッと引き寄せた。
「大丈夫か? ベル。立ちくらみか?」
ベルは自分の顎を抑え、恨めしそうに頭上に顔を睨みつけた。声色は心配そうなそぶりであるが、その顔は「ザマァみろ」と書かれていた。
「あ、あのぉ……」
カウンターからもう一つ弱々しい声がした。先ほどの司剣がおそるおそるカウンターから顔を出し、オリヴァを手招きしている。
「何さ。あの子に何かしたの?」
「仕事を頼んだだけだ」
「ちょっと。あの子新人よ。いじめないでくれる?」
「悪いな。仕事をしていない先輩より、新人の方が信用できるんでね」
もう一度ベルはオリヴァを睨みつけると、オリヴァのつま先に自分の体重の全てをかけた。ギリギリと悲鳴をあげるつま先に思わずベルを突き放す。
そういうと司剣の元へ戻るその後ろを頬を膨らませたベルとフィオレンティーナがついていく。3人の錚々たるメンツに新人司剣は目を白黒に変える。どこに焦点を合わせていいか悩んでいる。「えっとぉ えっとぉ」と言いながら、結局依頼人であるオリヴァに視線を合わせた。
「あ、あのですね。獣の聖剣についてですがぁ、結構種類があってですねけ。私がおすすめしたいのはぁ」
ボソボソと彼女セレクトの資料を提示する。彼女なりにこだわりがあるようで、その理由をたどたどしい口調で説明した。その大半が獣の聖剣についての歴史やら小説には一切興味がない。ただ、適当に相槌を打ちながら「ふん」とか「へー」でお茶を濁す。オリヴァが知りたかったんは、獣の聖剣ないし、上位眷属剣、剣が引き越した事件・事故についての記録集。「歴史」は何かしらのヒントになるな。とは思うも、バカの知恵はなんとやらで、彼女の説明を聞き、バカなことをしたと自分を詰るほかはない。
「よく頑張ったね。自分で、蔵剣リストから調べたの?」
「えっ。えぇ。まぁ」
新人ははにかんだような笑いを浮かべ、顔を伏せた。後輩の愛らしい仕草に、ベルは彼女の頭を「えらいえらい」と言いながら何度もなでていた。その様子をフィオレンティーナは目を細めて微笑ましそうに眺めていた。
「じゃぁ、おりんりん。彼女の言っていた剣の場所に私が案内するよ」
ベルはオリヴァの方をみつめるも、既に彼女の頭と手は指を折り、最短ルートの算段へと移っていた。
「お前、仕事は―――」
「わ、私がベルに仕事を依頼しています」
オリヴァにとっては意外な人物だ。何故、フィオレンティーナとベル。身分も格も違う人物が共に並んでいるのかと疑問で仕方なかった。仕事と請負人という関係だったのだ。しかも、かなりの回数、フィオレンティーナはベルに仕事を依頼しているようだった。
フィオレンティーナはおもむろにドレスの裾を捲り上げる。突然の行為にオリヴァは咄嗟に目を背け、人々も同じだが。白く細いからだのフィオレンティーナのドレスの下に隠れている肢体。想像するだけで男性陣からはゴクリと生唾を飲み込む音がした。
ガチャガチャと金属が鳴る音をする。チラリと視線をフィオレンティーナへ移す。彼女の手には複数の小刀があった。
「この小説、とても面白くて。続きが気になってしまって……。ベルに、図剣館で続きを読ませて欲しい。他にもオススメがあったら教えて欲しいって頼んだんです」
「そうそう。だから、私も仕事をしているんだよ。」
ベルはエヘンと胸を張り、フィオレンティーナを見つめた。彼女の細い手をためらい無く握り、図剣館の奥へ奥へと進んでいく。
オリヴァを振り返っては、ベルは「早く」と手を振る。些細な出来事ではあるが、意思が弱いと思っていたフィオレンティーナの意外な一面が見れ、言いようの無い胸騒ぎを覚えるのであった。
その日の夜、オリヴァは自室で図剣館で借りてきた星の剣を読んでいた。タイトルは「獣の願い」 獣の聖剣使いが世界のお悩み事を解決するお話だ。スケールが広く、話の終着点が見えない。おまけに他の人よりマナ回路が乏しいオリヴァには、星の剣一つ読むだけでもかなりの時間がかかる。話の見えない物語と削られゆく時間にオリヴァの苛立ちは募るばかり。その剣を読み出してもうどれぐらい経過しただろうか。話を読む手を休め、椅子にもたれ懸かり、目頭に人差し指と親指で押さえ、天井を見上げた。
「無理」
ポツリと漏らした一言の後、浮かんだ顔はベルとフィオレンティーナだった。この剣を手にした際、ベルとフィオレンティーナは互いの顔を見合わせ、口元に手をやった。フィオレンティーナは「グッツェーさんって、噂に違わず我慢強い人なんですね」と言い、ベルは「ごめん。これは私の始動不足」と言い出す始末。一体全体何のことかと思っていたが、読み続けて二人の主張を理解した。
「なんなんだよ。あの新人。こんな小説勧めやがって」
今度は机の上に上半身を放り出し、うつ伏せのまま「無理だ」と呟いた。
疲弊する頭と肉体。このまま微睡みの中に落ちてもいいなと思いかけてた時である。
コン ココン
と奇妙なリズムで部屋の扉をノックをする音がある。弛緩しきっていた体に電撃でも走ったかのように、オリヴァの体は立ち上がる。死にそうな表情は緊張感で引き締まる。背筋を正し、足音を押し殺しながらドアの前に立つ。
すると、今度は ココン ココン ドンコンと先ほどとは違うリズムでノックがされた。オリヴァは信じられないといった表情で扉の後ろに隠れるように、ドアを引き、来訪者を招き入れる。
彼の部屋に入ったのは、オリヴァと犬猿の仲 首席大臣 コルネールだった。
「オリヴァ・グッツェー。貴君に仕事だ。あぁ。貴君の筆頭侍従に戻れる仕事だよ」
コルネールは挨拶もせず、たっぷりと蓄えた口の顔の脂肪を震わせチュシャネコのいやらしい笑顔を振りまいた。
オリヴァは表情一つ変えず心の中で悪態をついた。背筋に走る悪寒は確信へ至るだろう。
「キミなら、やれるさ」
オリヴァはゆっくりと瞬きをすると、何も言わず、コルネールの顔を見続けるのであった。
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