第5話 風車

「判定対象六番。

 ジョージ・ホワイト。

 生誕から四十三年と一ヶ月が経過」


 映し出されたのは一本長くそびえ立つ白い円柱で、てっぺんのところに三枚の長い羽根が均等な角度で同心円状にくっついていた。


「これは……風車じゃないか……」


 生命の痕跡すら感じられないそれに、思わず嘆きの声を漏らす僕だったが、アルファさんは構わず続ける。


「彼は先ほどのマリア・ホワイトの夫で、二年前に今のような姿になりました。それより前に生まれた子のメグとライアンの二人は生物学的には間違いなく彼とマリアの間の子供です。彼は自身の意識の完全データ化を実施。アイデンティティ・チェックもクリアし、この風車にインストールされました。

 全長八十メートル、ブレードの長さは四十メートルで最高到達点は百二十メートル、発電量は昨月実績で一日当たり平均約七十万kWh。

 ここメトロポリス・アルファでは他にも同様の風車が十万本設置されており、それらの風車同様、このメトロポリス・アルファで消費する大量の電気を生み出す役割を担っています」


「もう勘弁してくれよお……」


 次々と繰り出される人間の概念を飛び越えた説明内容に僕はもう泣き言を漏らすしかなかった。


「どうでしょう、ユーリ。彼は人間でしょうか」


「いや、本当に……なんなんでしょう、その意識のデータ化って。ということはひょっとするとジョージさんは複数作ることもできるっていうことですか?」


「技術的には、はい、その通りです。ただし、現在このメトロポリス・アルファでのルールでは意識データの複製は厳しく禁じられています。バックアップを取ることもです。彼の今の身体に重大な損壊が発生し、意識が復元できなくなった時、彼は死を迎えることになります」


「もうよくわかりません……。いったいどうして彼は風車になったのでしょうか?」


 匙を投げるようなつもりでそう言ったのだけれど、アルファさんは何事もないように提案してくる。


「それでは、彼と直接話してみますか?」


「彼もできるんですか!?」


「はい、彼の身体にはスピーカーに準ずる機能はなく音声での対話はできませんが、ネットワークを通しての対話は可能です。それではお繋ぎします」


 ここの技術には驚かされるばかりだが、まさか風車と話をすることになるとは思っていなかった。さながら未来のドン・キホーテか。周りに言ったら、こんな状況じゃなきゃ頭がおかしくなったとでも思われるに違いない。


 そして、あっけにとられている僕のもとへジョージさんの声が届いた。


「やあ、こんにちは。アルファのネットワークということは、いよいよ人間判定に選ばれてしまったのかな?」


「どうも、ユーリといいます。その通りです。僕が今回あなたを判定させていただくことになりました」


「ユーリ君か、よろしく頼むよ」


 聞こえたのは物腰の柔らかそうな落ち着いた声だった。どんな破天荒な人なのだろうかと身構えていたが、実際は思慮深そうな、知的でとても自然な話し声だった。先ほどの風車の映像を見せられてさえいなければ、マリアさんと二人の子供と笑う幸せそうな一家がありありと想像できたのに。それだけに何故彼が風車になどなってしまったのか、僕はますます理解ができなかった。


「ジョージさん、早速ですが質問させてください。あなたは今、風車という身体になっているようなのですが、どうしてそうなったのでしょうか?」


「いや、人間判定の制度もある中で、こんな紛らわしいことをして自分でも申し訳ないとは思っているよ。ただ、こうなりたいという思いが抑えきれなかったんだ」


「つまり、自ら望んで……風車に?」


「ああそうだ。……何と言うかね、生身の身体で生きることに嫌気が差したんだ」


「そんな……家庭はどうするんです? マリアさんは何も言わなかったんですか?」


「そりゃ最初はマリアにも反対されたさ。けどね、今は理解してくれていると思っている。子供達ともちゃんと毎日会話しているよ、ちょうど今君としているようにね」


 ジョージさんの話は、どこか人間とか、人生とか、そういうものを達観しているようにも聞こえた。


「ユーリ君といったね、君にはまだわからないかもしれないが、四十年以上ただひたすら生かされるというのはなかなかに辛いものだ。ここメトロポリス・アルファでは食料の生産、居住環境の整備、電力、通信、教育……社会におけるありとあらゆる仕組みが機械により自動化されている。つまり、私たち住民は基本的には何をする必要もなく、何の義務もない。やるとしたらもっぱら芸術、スポーツ、娯楽の類だ。その分野で才能に秀でた者は尊敬を集め、きっとそれに存在意義を見出せるのだろう」


 ただね、と一泊置いてジョージさんは続ける。


「残念ながら私にはそういった才能がないようだ。絵画も音楽も、身体を動かすこともどうにもうまくいかない。もちろん、だからと言ってそれだけで居場所を追い出されるようなことにはならないが、私にも何かレゾンデートルがほしい、この社会に帰属するに足る結びつきが欲しい、そういう思いは日に日に強くなっていったのさ。

 子供も二人もうけて次世代へのバトンはすでに渡した。そして四十歳を超えてからは身体の衰えを感じる一方だ。

 それならば私はこの身体を捨て、もっと社会に貢献できるものとして存在したい、そう思って……私は自らお願いして風車に組み入れてもらったのさ」


 僕は何も言えず、ただジョージさんの真摯な思いの吐露に聞き入っていた。最初は風車になるだなんて気の迷いとしか思えなかったが、その理由を聞いていくうちに痛いくらいに共感できるようになってしまった。この社会のために何かをしたい、それはとても人間らしい欲求のように思えた。


「……ああ、今は人間判定だったな。余計なことまで話してしまったかもしれないが……君はマリアも割り当てられたのかな? 彼女のことは人間として判定してくれたかい?」


 一瞬、そんな情報を彼に漏らしても大丈夫なものかと逡巡したが、僕は自然と答えていた。


「はい、マリアさんも僕の判定対象に入っていました。人間として判定しています」


「ありがとう、私にとってはそれでもう十分だ。私が人間かそうでないか、それはもう私自身にもよくわからない。だから、もう後は君の好きなようにしてくれたまえ」


「……わかりました」


 そう返答したのを聞いてジョージさんは満足げに相槌をうち、別れの言葉を口にした。


「それではユーリ君、またいつかどこかで。機会があれば、僕が作った電気を有効に活用してくれることを願っているよ」


「はい、ジョージさんもお元気で……」


「――通信が終了しました」


 アルファさんがジョージさんとの対話の終わりを告げる。不思議と、今までの判定では感じていなかった充実感のようなものが僕の中に満たされていた。


「それではユーリ、改めてお尋ねします。ジョージ・ホワイトは人間でしょうか」


「はい、人間です。間違いありません」


 きっぱりと僕は答えた。僕の回答だけで決まるわけではないのだけれど、なんとなく、他の判定者も彼のことを人間として判定してくれるような気がしていた。


「ありがとう、ユーリ。これであなたにお願いする判定はすべて終了となりました。これであなたの役目も終了です。お疲れ様でした」


 アルファさんがお礼を言ってくれる。それはとても嬉しかったけれど、あなたの役目も終了、その言葉に僕は引っ掛かりを覚えた。

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