第4話 サイボーグ
「判定対象五番。
ショーン・ホワイト。
生誕から二百五十一年と八ヶ月が経過」
もはや何が出てきても驚かないと思ってはいたが、さすがに二百五十一年という異次元の数字を聞いた時は思わず吹き出しそうになった。
映し出されたその姿も同じくらいインパクト十分で、全身が鉛色の鋼体で構成されたゴツゴツしたフォルム、二つ並んだ目は黄色いランプになっているようだった。頭が一つあり、そこに顔があって、手足が二本ずつ胴体から生えていることにかろうじて人間らしさを見いだせるというレベルだ。
「彼は生誕から約五十年後の時点でほぼ全ての体組織を人工組織に交換しています。その後も頻繁に体組織のアップグレードを続け、現在は全身の九割以上が特殊合金で構成されています。大気圏内は時速二百kmでの自由飛行が可能です。さらに、彼の身体は大気圏離脱、突入の熱にも耐え、宇宙空間での活動も可能。このため普段は地球外資源の探索活動の任についてもらっています。この社会で彼のように何かの役割を担っている住民はごく僅かしかいません」
いやはや、これは人間かどうかの判定というより、人間卒業判定とでも言っていいんじゃないだろうか。まったく、どうしたものだろう。
「なお、彼もネットワークに接続しての会話も可能ですが、今回は残念ながらできません。現在彼は宇宙空間での活動に出ており、音声を届けるのに一時間程度タイムラグが発生してしまうためです」
「うーん……この情報だけで判定しなければいけない、ということですね」
「補足になりますが、彼は先ほどの判定対象であったマリア・ホワイトの十世代前の祖先となり、身体を機械のパーツに交換を始める前は生殖能力があることが確認されています。すでに脳を含めて機械化が行われていますが、全ての交換前後のアイデンティティ・チェックでほぼ完全な回答一致率をマークして同一人物判定をクリアしています」
今言われたことは、あまり細かいことはわからなかったけれど、元々は生身の人間で身体を全部機械に置き換えたけれど、ちゃんと意識は元のもの同じだということなのだろう。
ここまで突拍子もない条件では、もう人間じゃないと判定することも十分にあり得そうな気がしてくるが、同時に僕は先ほどのご老人、ジャックさんのことも思い出していた。もう身体も動かせず、意識もない彼を僕は人間と判定するのに一切迷いはなかった。その時は生身の人間として生まれたから、身体がどうなっても人間だということは変わりがないだろうと思ったからだ。それに基づいて言えば、このショーンさんも全く同じなのだ。
それに、ここまで極端じゃなくても、義手、義足など、身体の一部を人工物に置き換えている人も世の中にはたくさんいる。その人たちが人間じゃなくなることはない。じゃあこれは程度の問題なのか。身体の三割、五割、七割……何割を置き換えると人間じゃなくなると言えるのだろう。いや、きっとそんな数値での基準は無理だ。
あるいは脳か。人間の思考を司る脳がそのまま残っているかを基準にするか。いや、そうだとすると脳死して身体だけが生きている人は人間じゃなくなってしまうけど、それでいいのか? それは何か違う気がする。それに思考を基準にしてしまうと、さっき人間じゃないと判定したアリスちゃんとの区別が難しくなってくる……。
「悩んでいますね、ユーリ」
見かねてアルファさんが声をかけてくる。
「はい……このショーンさんは難しいです。判定保留ってわけにはいかないんでしょうか?」
「いいえ、ユーリ。判定は必ず行っていただかなくてはなりません。……とはいえ、確かにこの対象者は毎回他の判定者もかなり悩んでいますね」
「そうか、この人はもう何度かこの人間判定をクリアしているんですね」
「はい、その判定者の回答情報内訳は教えられませんが、これまでも多くの判定者が彼を人間だと判定しています」
「ちなみにメトロポリス・アルファでは、こういったショーンさんのように身体を機械化している人はどれくらいいるんでしょうか?」
「ショーン・ホワイトのように完全に機械化している住民はあまり多くはないですが全体の十パーセント程度います。部分的に機械化している住民を含めると七十五パーセント以上になります」
そんなに……。全体が一千万と言っていたから完全機械化した住民だけでも百万はいるわけだ。なんというか、僕の中の人間の像がぐにゃりと滲んで消えていくようだった。
「ショーン・ホワイトさんは人間……だと思います」
僕は答えていた。心からそうだと思ったわけではない。ただ、この社会でこういう人がこれだけたくさんいるわけなのだから、なんとなく人間と判定したほうがよいような気がした、というひどく消極的な結論でしかなかった。仮に一千万人全体の中で、この人だけがこういう存在だったとしたら、同じ結論を出す自信はこれっぽっちもなかった。
「ショーン・ホワイトは人間である、で間違いないでしょうか?」
「はい……」
「ありがとう、ユーリ。さあ、次がいよいよ最後です。もうひと頑張り、お願いしますね」
相変わらずアルファさんの声の調子に変化は感じない。一方で、僕はもうすっかり疲れてしまって、それこそ僕の脳を機械化したいくらいな気分だった。ただ、判定もうあと一つを残すだけだ。ここまで来たらあと一つしっかりやろう、そう決意した。
しかし、最後に映し出されたものは、固まったばかりのその決意を簡単に挫いてしまうほど衝撃的なものだった。
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