第3話 アンドロイド

「ありがとう、ユーリ。それでは次にいきましょう。

 判定対象四番。

 アリスちゃん。

 生誕からちょうど二年が経過」


 二年? これで?


 映し出されたのはブロンドの髪、サファイアブルーの瞳の可愛らしい女の子だったが、強烈な違和感を抑えきれなかった。二歳というとまだ身体がしっかり育っていなくて、三頭身か四頭身、そのくらいじゃなかっただろうか。しかし目の前にいるのは六から七頭身くらいにまで身体が大きくなっている。十歳とか言われればすんなり信じられるのだけれど……。


 「彼女はホワイト家に滞在していますがマリア・ホワイトの直接の子供ではなく、グリーン・アイランド社によって製造販売され、二年前にマリアが購入、同時に意識AIのインストールが行われています。

 製造番号はALC〇〇二五六。

 主な身体構成要素はセラミック八十四パーセント、金属十パーセント」


 なんてこった。つまり彼女はロボットなのだ。いや、アンドロイドといったほうが適切なのだろうか。はっきり言って、外見だけで生身の人間とまったく区別ができそうにない。製造がどうたらと言われない限り全くわからなかっただろう。すごい技術だ。


「どうでしょう、ユーリ。彼女は人間でしょうか?」


「え……と、ちょっと待ってください」


 人間じゃありません、そう言おうと思ったのだけれど、説明の後で無言のまま彼女を見つめていると、どうしても人間にしか見えなくなってくる。


「そうだ、彼女も話し声を聞かせてもらうことができますか」


「はい、できますよ。良かったら彼女と会話してみますか?」


「え? できるんですか?」


「はい。彼女は直接の音声でのコミュニケーションだけでなく、ネットワークに接続しての対話も可能です。お繋ぎします」


 このメトロポリス・アルファの技術力に驚かされながら、息をつく暇なくアリスちゃんとの対話が始まった。


「こんにちは! わたし、アリスちゃんだよ!」


 元気いっぱいに飛び込んできたその挨拶は完全に僕の予想外だった。喋り方を聴いても生身の人間と区別がまるでつかない。他の人が聴いたってきっとそうだろう。単語と単語の合間に生じる不自然な間や電子的雑音が全くないのだ。むしろ、この生き生きとした喋り方、抑揚は下手をしたらそこらの人よりもよっぽど人間らしいかもしれない。


 そんな風に圧倒されて二の句を継げずにいたら、すっかり向こうを戸惑わせてしまったようだ。


「あのー、何かご用でしょうか? 繋がっているのはどなたですかー?」


「あ、ごめんなさい。僕はユーリといいます。その……はじめまして、アリスちゃん」


「うわーい、はじめまして! 今日はどうしたのかな?」


「えっと、実はアルファさんに頼まれて、人間かどうかの判定を手伝っているんです。それで今回アリスちゃんが対象に選ばれていて……」


「あ、知ってる! それ人間判定でしょ!」


 深く考えずに判定のことを伝えてしまい、アルファさんに怒られないかと一瞬心配になったけど、彼女はすでにこの判定のことを知っていたようだった。アルファさんも特に何も言ってこないようだし、この判定は住民にとってはある種の一般常識のようなものなのかもしれない。


「わたしは初めてだからすごくドキドキする! それで、どうかな? わたしは人間っぽいかな?」


「うん、今の話し方とか、すごく人間っぽいと思うよ」


「うわーい、ありがとー!」


 天真爛漫、無邪気に喜ぶ様子はそう表現するしかない。元気な子供の理想像、その一つがここにある。僕はそんな彼女の声を聞きながら、どこか人間らしくないところはないのかと、もう少し色々と尋ねてみたくなった。


「ねえアリスちゃん、君は普段は何をしているの?」


「えーとね、だいたいメグやライアンと遊んでるかなー」


 メグ、ライアン……確かこのホワイト家の子供さんだったっけ。


「どんな遊び?」


「色々だよ! トランプとか、ボール遊びとかっ!」


「へえ、楽しそうだね」


「うん! 楽しいよ! ユーリもいつか一緒に遊ぼっ!」


「はは、ありがとう。あとは……そうだ、食事とかはどうしてるの?」


「うーん……食事は一緒じゃないんだ。わたしは食事はしないの。夜に電気を充電して、それだけ」


 アリスちゃんは少し元気がなくなって、答えにくそうにしている。やはり、その違いを人間らしくない部分として意識しているのだろうか。僕にとってもこれは決定的だったかもしれない。思い切って核心を尋ねてみることにする。


「アリスちゃん……君は、自分を人間だと思うかい?」


「うーん、どうかなあ……。私と同じような子も人間と判定されたりされなかったりでバラバラだったりして……。

 あ、でもやっぱり人間になれたらうれしいかな! 人間になれたらメグとライアンと一緒だもんね!」


「うん……なるほどね」


「あ、ごめん、ママが呼んでる。もう行かないと」


「うん、わかった。ありがとうアリスちゃん」


「じゃーね! またおしゃべりしようね!」


「――通信が終了しました」


 アルファさんの声がやり取りの終了を告げる。


「どうでしょうか、ユーリ。彼女は人間でしょうか?」


 正直悩んだけれど、僕の中でもう答えは決まっていた。一つ息を大きく吸って吐いた後、それを口にする。


「アリスちゃんは人間ではありません」


 見た目や話し方はまさに人間以上に人間味を感じられたものの、いやむしろそれだからこそ、機械で造られた電気で動く身体という人間でない部分が際立って感じられたような気がした。モノとして造られて、プログラムで会話する……僕はそれを人間とはみなせそうになかった。


「アリスちゃんは人間ではない。間違いありませんか?」


 一瞬、アリスちゃんの悲しそうな顔が脳裏に浮かんだ。僕だけの回答が考慮されるわけではないということが救いだなと思う。


「はい、間違いありません」


「ありがとう、ユーリ。それでは次に進みますね」


 アルファさんはそんな僕を咎めることもなく、やはり淡々とこの判定を進めていく。思うに、このアルファさんも人工知能かその類の存在なのだろう。高度に発展した人工知能が統治する社会、それがここメトロポリス・アルファの正体に違いない。

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