第2話 生まれる不安

「判定対象一番。

 マリア・ホワイト。

 生誕から四十二年と五ヶ月が経過。

 夫、ジョージ・ホワイトと結婚して六年目。

 彼との間にメグ、ライアンという子供が二人います」


 見えてきたのは四十二歳にしては、とても若々しい女性だった。白い肌に栗色の長い髪が太陽の光に輝いて、とても幸せそうな表情だ。二つの青い目、そばかすの残る頬、赤い唇とそこから覗く白い歯。快活で優しいお母さんなんだろうな、すぐさまそんな印象が浮かんだ。


「このマリアさんは人間です」


 疑いようもない。迷わずに僕はそう答えた。


「すぐに回答いただけましたね。マリア・ホワイトは人間である。間違いないでしょうか?」


「はい、間違いありません」


「ありがとう、ユーリ。それではその調子で次もお願いしますね」


 あっさりと一人目が終了してしまった。確かに、これなら特に苦労することなく進められそうに思えた。


 一瞬映像が消えて、すぐまた次の映像が浮かび上がる。ただ、今度は自分の目を疑った。同じ栗毛でもその毛は全身を覆い、四角い耳は大きくハムのように垂れ下がり、突き出た口からはベロンと長い舌が出ていた。四つの脚がしっかりと地面を踏み、しまいにはお尻から箒のような尻尾がフリフリと左右に動いている。


「判定対象二番。

 ジョン・ホワイト。

 生誕から四年三ヶ月が経過。

 好物は鶏ササミのジャーキー」


 犬だった。さらに言えば立派な毛並みのゴールデンリトリバーだった。


 正直言って僕は面食らっていた。これをわざわざ人間かどうか判定しなければいけないのはどうしてだろうか。しかもその判定に協力すら求めているというのだ。


 ……いや、あるいはこの犬にはどこか人間らしい要素があるのかもしれない。例えば、人の言語をしゃべったりするのかも。


「あの、アルファさん。この……ジョンさんの話す声とか、聴けたりしますか?」


「ええ、いいですよ。それでは再生します」


 ワンオンオンオンオォォン!!


 ……犬だった。聞こえてきたのはどう考えても犬の鳴き声だった。なんだろう、何かの冗談なのだろうか。とりあえず判定の答えとしてはこの一択しかなかった。


「ジョンは……人間じゃないです」


「ありがとう、ユーリ。ジョン・ホワイトは人間ではない。間違いないでしょうか?」


「はい……」


 アルファさんの声の調子はずっと一定で変わらない。それを聞いていると、言われた通り、本当に深刻に考えない方がいいようにも思えてくる。だけど――


「あ、あの、アルファさん。質問……いいですか?」


「はい、ユーリ。もちろんですよ」


「今、絶対に犬なんじゃないかっていうのが出てきましたけど、今回の判定対象って結構広いんでしょうか?」


「戸惑ってしまうのも無理はないかもしれません。ここメトロポリス・アルファでは人々の生き方は年を追うごとに多種多様さを増しており、この判定を実施する意義も考慮して、一定の体積を持ち、自律した活動ができるもの全てを対象にしています」


 それってかなり広いんじゃないだろうか。次は熊かゴリラでも出てくるのかもしれないな。頭の中で独りおどけていると、すでに画面は次の対象者に移っているようだった。


「回答に不足はないでしょうか。それでは次の判定をお願いします。

 判定対象三番。

 ジャック・ホワイト。

 生誕から八十八年十ヶ月が経過」


 今度は打って変わって外見ですぐ人間だと判別できそうだった。ただ、今度は一番目のマリアさんと違って元気がない。すべて抜け落ちた頭髪、皺だらけになって、ところどころ黒く染みになった肌、閉じたままの瞳……。


「先ほどのマリア・ホワイトの祖父にあたります。以前は音楽演奏者として活動していましたが、疾病のため、ここ五年ほど昏睡状態が続いています。最先端の治療を受けることを拒絶しており、現在も口頭でのコミュニケーションは不可、身体的な動作もほぼ行われていません。

 心拍数は一分間に約六十で安定、点滴による最低限の延命措置のみが行われています。なお、身体構成は水分七十パーセント、タンパク質十五パーセント、脂質十二パーセント……生物学上のホモサピエンスの典型的な構成比と一致します」


 なるほど、意思疎通はできないし、心臓は動いているけれど、身体は動かせない状態か。いや、それでも彼は人間として生まれてきたんだし、その後、身体が動かなくなったからといって人間じゃないなんてことにはならないはずだ。


「ジャックさんは人間です。間違いありません」


 そう自信を持って答えた。しかし同時に僕の心の奥底で、何か黒い不安のようなものが蠢いたような気がした。深刻に考えなくていい、そう言われてはみたものの、この判定は場合によってはかなり自分の考えを試されるような気がしてきた。


 それを知ってか知らずか、アルファさんは相変わらず明瞭な声で、優しく、しかし淡々と進行していく。

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