第35話 断つ
僕は、アドリアンと昨晩話し合った作戦について、兵たちに説明した。
囮を使って、竜を洞窟の方へとおびき寄せる。そして、洞窟内に深入りし、身動きの取れなくなった所を抑え込み、この刀にて、その首と頭を切り離す。
できるのか、非現実的ではないのか、そんな細い鉄の棒で、そんなことが本当に可能なのか、と、隊員たちは口々に作戦に対して、不満の言葉を上げた。
それに対して僕は。
「できる」
そう自信を持って答えた。
旭国に伝わる刀術については、多少、近隣諸国に伝わっている。
塹壕戦と銃・戦車による戦争が主体となった現代戦。だが、そんな昨今においても、塹壕に飛び込み、兵を撫で切りにして壊滅させる、旭国の兵が少なからず居たのだ。
彼らは神風と呼ばれて、しばしば周辺国から恐れられた。
その神風が使う刀だと説明して、鞘からそれを抜いて刃を兵たちに見せる。
一振り、空をそれで切り裂いてみせると、おぉ、と、どこからともなく、感嘆の声が漏れ洞窟内へと響いた。
どうやら、兵たちの不安は、それにより払拭することができたらしい。
「囮は、どうなさるつもりですか」
「私が自ら行う」
「キリエ軍曹が死なれては、隊長が悲しまれるのでは?」
「私が死ねば、彼女はまた違う走狗を見つけるだろうさ」
そういう女だ、あれは。
言ってから、今更、彼女の本質に気が付いた。
結局、彼女は他者が苦しむ姿を見て喜ぶ、根っからのサディストなのである。
そして底知れない破滅願望――他者に向けられるそれを抱えている。
それだけの話なのだ。
銀狼の娘は、『偉大なる同志』の第十三女は、そういう性格的な欠陥を持った少女なのである。そんな女に、いいように操られて、振り回されてたまるものか。
男の死に場所は、自分で決めるものだ。
今、ここに、人間の尊厳のために死ぬるならば、それは本望というものである。
心の底から、僕はそう思った。
「皆、私の作戦に賛同してくれるか」
しばし、無言の時が流れた。
熱心なるこの国と、この国を支配するシステムへの奉仕者である彼らは、旭国の上官の命令違反に対して戸惑いを感じているようだった。
それでも、分かってくれると信じて、僕は彼らの次の言葉を待った。
最初に口を開いたのは、ダニイルを追いかけ、殺そうとした兵だった。
「俺は嫌だった。生き残るためとはいえ、村民を犠牲にしてまで、誰かを囮にしてまで、任務を遂行しなくてはいけない。そんなものは間違っていると思っていた」
「……君」
「キリエ軍曹の作戦に賛成します。私たちは、国への奉仕者である前に、まず人間です。駒のように人を扱うのも、扱われるのも、そんなものは間違っています」
それを皮切りに、私も、私も、と、賛成の声が次々に上がった。
気が付くと、全ての兵が、僕の作戦に賛成してくれていた。
「しかし、一人では難しいでしょう。軍曹。竜の首を刎ね飛ばせるのは貴方しかいないのです」
「だが、これは俺がわがままでやろうとしていること」
「我々も軍人です。戦うためにここに来ました」
どうか、軍曹の作戦を手伝わせてください。
思いがけない、その申し出に、目頭が熱くなるのを僕は堪えられなかった。
異国の地に来て、旭国の奴隷上りと侮られて、『偉大なる同志』の第十三女の威光を傘に着ただけの、能無しと思われているのではないか。
そう自分のことを思っていた僕だったが、兵隊たちから向けられる視線と言葉に、確かに畏敬の念が籠められているのを僕は感じた。
そうだ、国が違えど、肌の色が違えど、根底の部分にあるのは変わらない。
人間の尊厳について、その思いは、誰しも変わらないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
金切り音が響いたかと思うと、竜が、空から洞窟内に飛来した。
口には鹿を咥えている。どうやらそれが奴の主食らしい。
首に鋭い牙を突き立てられて、喰い込ませている鹿。
既に絶命している様子である。
それを一旦地面に置くと、竜は、少し辺りを確認して、それから、再び絶命した獲物にその歯を突き立てた。骨が浮かんで見える、強靭な上あごと下あごで、鹿の肉を粉砕して胃の中へと収めていく竜。
その首は長い。
馬よりも、もう少し長いだろうか。そして、強大な頭を持つ頭と違って、十分に細かった。
人間の胴ほどの太さはない。
行ける、いよいよ、確信へとそれは変わった。
「作戦開始」
静かに、そう告げると、洞窟の入り口に立った兵が、竜に向かいマシンガンの銃口を向けた。
パタタ、パタタ、と、銃声が鳴り響き、甘い香りが漂う。
飛んだ小口径の銃は、的確に竜の横っ面に命中したが、その強靭な頭を、傷つけるほどの効果は与えられなかった。
だが、食べている鹿からこちらに、視線を向けさせるだけの効果はあったようだ。
咆哮と共に、竜が、こちらに向かって駆け寄ってくる。
すぐに、僕は銃を持っている兵に撤退を命じた。
体の大きさから言って、入り口すぐで、その体はつっかえることになるだろう。洞窟を崩してまで、身をこちらにねじ込んでくる――それほどの力があるようにも見えない。
「煙幕!!」
竜が、洞窟の中へと入ったのを確認して、煙幕を入り口に入り込む。カンテラの光も落とし、竜の視界を奪った。その間に、僕は、煙の中を竜に向かって疾駆する。
その足音を察知したのか、竜の頭がこちらを向いた。
しかし。
パタタ。
と、軽快な機銃の音がする。
横面に、打撃を感じた竜は、すぐさま、俺への警戒を無視して、銃弾が飛んで来た洞窟の奥へとその視線の向きを変えた。
それが、命とりである。
「カンテラ、投光!!」
一斉に、竜に向かって光が浴びせかけられる。
煙幕の中に蠢く竜の首が見えた。既に、その瞳の死角に僕は入り込んでいる。
「破ァっ!!」
気合の一声と共に、踏み込んで、竜の首に向かって刃を振り下ろす。
よく鍛えられた無銘の刀は――僕の渾身の一振りの力を、いかんなく伝えて、竜の首の肉にめり込んだ。
ごつり、と、固いものが刃先に当たる。
骨だ。
それと同時に、異変に気付いた竜が慌てて、首を起こそうとする。
逆に、その力を利用して、僕は刀の峰に手を添えると、上へと向かう竜の首と逆方向、下の方に力を込めて押し込んだのだった。
ぼきり、と、鈍く、何かが断たれるような音がした。
刀ではない。それは、既に、竜の首を抜けていた。
赤い色をした竜の血が、煙幕の中に滴り落ちる。同時に、ごとり、と、重たい音が、洞窟の奥へと響いたのだった。
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