第31話 竜
「それは竜という奴ですね。興味深い話よ、人類史の始まりより前に滅んだとされているそれがこの地で生きていただなんて。これも固体『晶ガス』の恩恵という奴かしら」
「随分と呑気なことを言う。最後の最後に、とんでもないモノが出てきたというのに」
「落ち着きなさいキリエ。ウリヤーナに突っかかった所で、どうなる話でもないわ。というか、実際彼女の言う通りよ」
我が隊内で一・二の地位を持つ女史二人は、揃いも揃って、洞窟の最奥に潜んでいたバケモノの報に、邪悪な表情を浮かべてみせた。
まったくもってどうかしている。その存在を面白いの一言で片づけてしまうなんて。
青ざめた顔をして、洞窟を引き返してきたダニイル。
彼はその表情のまま、にわかに信じられない報告をニーカと僕たちに向かって放った。
洞窟の最奥は陥没して外界と接していること。
そして、その中央には青色をした羽根のない鳥が生息しており、空から舞い降りて村民と隊員を襲ったということ。
彼一人の戯言ではない。
一緒に戻って来た彼の分隊の兵、そして村民が、それを目撃したと証言していた。
そして、同時に、その空から飛来した思わぬバケモノから逃れる為に、ダニイルが行った鬼畜の所業も、彼らは僕たちに訴えかけてきた。
何をしているのか、というのが、僕の率直な感想だった。
あまりにむごい。そして、兵を率いるものとして軽率な行動である。
普通、擁護する兵までもが、ダニイルの所業に怒りを抱いている。自分が助かる為に、村民はおろか仲間まで売るような奴に、ついていけないと、彼らはダニイルの処断を求めた――しかし。
「ダニイルは最善を尽くした。兵も、村民も、命を懸けて任務に当たった。その中での死は悼むに値することだが、同時に仕方のないことである」
ニーカはダニイルの更迭・処断を由としなかった。
また、声を荒げる兵たちに対して、逆に、私の決定に従うことができないのか、と、脅迫するように笑顔で言い放った。
特務部隊を率いている、トップがそれを許すと言っているのだ。
それに逆らうということは組織に歯向かうと言うこと。兵たちは拳を収めて、彼女の決定に唯々諾々と従うことになった。
村民たちも、さめざめと泣きはしたが、結局、彼女の要求を飲み込んだ。
その瞬間、狂ったようにダニイルが笑い声をあげた。
「ははっ、はっは、あははは、やった、やったぞ、生き残った!! 生き残ってみせたぞ、ざまーみろ!! ふひっ、ひはははっ!!」
精神の均衡を崩したらしい彼は、そのまま洞窟を離脱すると村の方へと向かう。
いろいろな説明責任があるだろうに、それすらも果たさないまま、彼は我々の前から姿を消した。
その後を追おうとした、ダニイルの兵に対して、ニーカは制止をかけた。
「後ろから撃つなら戦場でだ。ここは戦場ではない、貴様の気持ちは痛いほど分かるが、それを流れ弾に当たったと見過ごしてやることはできない」
仲間を突き飛ばされて殺された、と、憤る兵に、ニーカはそう諭した。
いや、唆したのだろう。いずれまた、思わぬ不幸が起こるように、と。
どうしてそんなことをするのか。
ダニイルに対して、彼女は何か恨みでも抱いているのだろうか。
それともやはり、彼女の内に巣食っている、筆舌に尽きる残虐性がそうさせるのだろうか。銀狼の少女が、黄金色をした瞳の奥に抱え込んでいる狂気に、僕は戦慄した。
さて、いよいよ、洞窟の探索は完了した訳だが……。
「その竜について、放置することはできないな」
「ガス田として、ここを開発するにしても、竜の存在は邪魔になります。駆除する方法について、検討をしなくてはいけない。そして隊長」
「分かっているウリヤーナ」
「ダニイルの話が本当であれば、竜の卵が三個あります。これをなんとかして、極東軍の研究所へと持ち帰りたいと私は考えています」
無茶苦茶なことをウリヤーナが言い出した。
成す術もなく、村民と、兵を食い殺された竜を相手に、それを駆除し、挙句、その卵を持ち帰ろうなどと、正気の沙汰とは思えない。
しかし――。
「そうだな、そうするべきだろう。竜、は、もし上手く躾けることができたならば、我が国の軍事力になるかもしれない。きっと『偉大なる同志』も、その発見を喜んでくれるだろう」
ニーカは、あろうことかウリヤーナの言葉をあっさりと受け入れた。
正気の沙汰ではない。
一緒に彼女たちの話を聞いていた僕とアドリアンは、知らぬ間に顔を見合わせていた。
お互い戦々恐々とした顔をしていたのだろう。
それはそうだ。その討伐と捕獲作戦が巡って来るのは――。
「キリエ、そして、アドリアン。聞いての通りだ」
「極東軍研究所としては、その固体『晶ガス』進化生命体――通称『竜』の捕獲を討伐と卵の捕獲を要請します。なるべく、成体の竜についても、殺さぬ方向で処理していただきたい」
その実働部隊を率いることになるのは、僕か、彼、の、どちらかになるのだから。
そして、そんな僕の予想の通りに、話は進むようだった。
「キリエ軍曹。ダニイルはあの通り、もう使い物になりそうにないわ。彼の部隊は、軍曹である貴方がそのまま引き継ぎなさい」
「……分かりました」
「アドリアン、汚名返上のチャンスを与えてあげましょう。明日になれば、貴方の兵たちの疲れも取れているでしょう。キリエ軍曹と協力して、事にあたりなさい」
「はっ、命に代えましても、その下命、果たしてみせます!!」
そう、実に軍人の鑑のような返事をしてみせたアドリアンだったが、その敬礼姿は微妙に震えていた。
大変な任務を引き受けてしまったものである。
そして――果たして、この僕に、朱国の兵たちはついて来てくれるのだろうか。
不安に胃が軋んだ。
この不穏なる銀狼の少女が率いる軍隊の中にあっては、僕の精神と胃が休まる時間は一刻としてない。それが、ますますと酷くなった。
「案ずるな。何も無策で、事に当たれと言っている訳ではない。なぁ、ウリヤーナ」
「竜の末と考えられる、鳥類、また、トカゲなどの爬虫類に対しても、固体『晶ガス』の致死量については分かっています。また、ムルァヴィーニの時と同じように、固体『晶ガス』を食らわせれば――」
どうやって。
また、人身御供を立てるというのか。
冗談じゃない。
今度は頭が痛んで、たまらず僕は米神を押さえた。
人の命を、弾丸のように使ってくれるな。
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