第30話 最奥

 村民四人を銃殺し、その死骸を焼き尽くしてから、すぐに俺は周囲を確認させた。

 肥大アメーバが生息していないかを確認するためだ。


 幸いにも、肥大アメーバが落下してくるよりも早く、それの存在に気が付くことができ、合計にして、三体のそれを焼き殺すことができた。

 しかしそれらは、どれも俺たちが通って来た通路に生息していたものだった。

 うち一体は、ちょうど兵の頭上の上に息をひそめており、今にも降りかからんとしているところだった。


 四人。

 被害がたった四人で済んで助かった。

 もし肥大アメーバたちが一斉に襲ってきたりしていたら。我々は、この洞窟の最奥で、全滅という事態もあり得ただろう。


 マルファの二の舞にならなかったことを心の底から嬉しく思った。


 幸運である、俺はついている。

 ぎりぎりの所で命を拾った。


 天が俺に生きろと言っているのかもしれない、などと、馬鹿げたことを真顔で考えてしまうくらいに、俺は思いがけず受けたこの幸運に感謝した。


 さて――。


「残り5mだ。慎重に進むぞ」


 再び隊列を組みなおす。

 カンテラを持った爺さんはそのままに、今度は、天井を哨戒する兵を前に立たせた。


 同じ轍は二度と踏まない。

 二度と、上からの奇襲は受けまい、そう決意して俺は分隊を前進させた。


 深度100m。


 まだ、奥に洞窟は続いているようだった。

 だがしかし、少し気になる光景が俺たちの目には広がっていた。


「……分隊長」


「……あぁ」


 前方から、微かに、ほんの微かにではあるが、光が差し込んできているのだ。

 どういうことだろうか。


 カンテラが発しているのとはまた違う、明らかな太陽の光に、ふと、俺はもちろん分隊の兵たち、そして生き残った村人たちも、一様にして首を傾げた。


 よもやこの洞窟、外に繋がっているのだろうか。

 それもこの様子だと、案外に近いぞ――。


 行くべきか、それとも引き返すべきか。悩んだ。

 あの少女から俺が受けているのは、あくまで深度100mまで探索と言う下命である。深部100mの位置に到着したこの時点で、引き返しても、何も問題にはならない。


 しかし――。


「手土産があった方が、俺の部隊内での評価も上がるだろうか」


 そんな助平心が働いた。

 もし、外とこの洞窟が繋がっているというのなら、わざわざこの洞窟を通らなくても、その場所から洞窟内を探索することができる。


 既に、バケモノどもを駆除した後ではたいした意味がないかもしれない。

 だが、その先も洞窟が続いているのだとすれば、中継点として利用することができる。


 行かない手はない。

 マルファにも、アドリアンにもできない手柄になる。

 俺の中に渦巻いている、山師としての本能が、そう俺の心をそそのかしてきた。


「どうしますか、分隊長?」


「……進む。とりあえず、光の出所だけは、はっきりとさせよう」


 尋ねる分隊の兵にそう答えて、俺は更に洞窟を奥へと進むことにした。

 大丈夫だ、運はこちらに巡ってきている。天は俺に味方している。


◇ ◇ ◇ ◇


「……なんということだ」


 果たして、洞窟の奥に見えた光は、まさしく外から差し込んだ太陽光だった。

 しかし、嘆息が漏れたのは、その正体が太陽光だったからではない。

 問題は、その差し込み方の方にあった。


 風穴。

 ぽっかりと、丸く開いた天井から覗けるのは森の姿だ。


 なんということだろうか、ここまで苦労して探索してきた洞窟の最奥は、陥落により外界と繋がっていた。木を見て森を見ずではないが、洞穴を見てその奥を見ず。

 こんなことになるより早く、森を探索しておけば――マルファの死も、アドリアンの分隊の兵の死も、回避できたことだった。


 そう考えると、何か、体の芯から力が抜けていくのが分かった。


 俺は。

 俺たちは。

 いったい何のために、こんなことをしていたのだろうか。


 そんな、落胆と同時に――部下の一人が俺の肩を叩いた。


「分隊長、あれを」


「……なんだ?」


 兵士が指さしているのは、太陽光が差し込む陥没地の真ん中。ちょうど、太陽光が一番よく差し込む場所であった。


 そこにどうしてだろうか、木の枝で作られた皿のようなものが見えた。

 そしてその皿の中には薄茶色に汚れた、斑模様の卵上のモノが三個転がっている。

 人の頭よりも大きいそれが――何かの卵であるということに気が付いたのは、暫くの時間を要した。


 そう、具体的には、空からそれが飛来してくるまでの時間が。


 金切り声が、空から降って来た。

 なんの、と、思って見上げればそこには、羽毛を持たない、青色をした尾長の鳥の姿が見えた。


 幸運を運んでくれる鳥にはとても見えはしない。

 それは一直線に、広間の中央に立っていた、先頭を歩かせていた老人に向かって喰らいかかると、頭から、それに食らいついた。


 血飛沫が、洞窟灰褐色をした壁に飛ぶ。太陽の光を浴びて、それは残酷に、そしてとても冷たく輝いていた。

 続いて、骨を砕いてむさぼり喰らう、音が洞窟の中に木霊する。


 背筋を刺すような寒気が走った。

 その光景を前に、言葉を失くして立ち尽くしてしまったことを、恥とは俺は思わない。これは、誰でもそうなるだろう。


 なんなのだあの異形は。

 鳥でもない、トカゲでもない、そして、人を頭から喰らう、あの生き物は。いったいぜんたいナニモノなのか。

 バケモノであることは違いない。しかし、固体『晶ガス』による放射線により、突然変異した生命体として、あんなものは見たことも聞いたこともない。


 ぎょろり、と、こちらを、乾いた血のような色をした目が見ていた。

 まだ、足りぬ、と、訴えかけるようにこちらを見る、青いその異形は、地面を踏みしめてこちらに向かって突進してきた。


 すかさず、隣に立っていた兵を、その異形の前へと突き飛ばす。


「撤退!! 撤退だ!! すぐに洞窟の中へと駆け込むんだ!!」


 天は俺に味方しているはずではなかったのか。

 だというのに、なんでこんな厄介なものを、空から送り付けるのか。

 畜生、と、ごちる間も惜しんで、俺は兵たちと一緒に、再び洞窟の奥へと逃げ込んだのだった。


 助平心など、出すべきではなかったのだ。

 これで俺の分隊も損害1だ。くそっ。

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