第28話 金と命
明朝。
洞窟の前には明らかに、多すぎる人数が集まっていた。
これはどういうことだと眉を顰めたのはアドリアン。興味もなさそうに、素知らぬ顔をするウリヤーナ。後悔の念からそれを正視することが出来ない僕。
そして――。
「ほう!! 考えたではないか、ダニイル!!」
嬉々とした狂気の表情で、その参集した人々を眺める、特務部隊の隊長にして我が主のニーカ。先日、ダニイルが去り際に言った通りである、彼女は今、この場の状況をして、よくやったと戦闘下手の伍長の機転を褒めたたえた。
集められたのは、老若男女を問わない村人たち。
共通しているのは誰も彼も汚い身なりをした者たちだ。おそらく、村内でも収入源となる畑を持たない者、あるいは、色々な理由があって家族から鼻つまみに合っている者たちに違いない。
そんな彼ら――カナリアを十名ほど集めて、得意げにダニイルは顔をほころばせた。
「隊長殿におかれましては、きっとそう言って褒めてくださるだろうと、このダニイル信じておりました」
「面白い。実に面白いことをする奴よ。ふはは、そうかそうか、ダニイル。カナリアとはよく考えた。それも一晩でこれだけの人数を集めるとは、流石の裏方上手」
「この上、お褒めに預かり、恐悦至極」
ふざけるな、と、叫び出しそうな剣幕で、アドリアンがダニイルを睨みつけていた。
しかし、これまた上官が認めたことである。叫んでしまえば、また、彼は、冷や飯を食わされることになる。
ぐっと堪えて、奥歯を噛みしめ、拳を握りしめているのが分かった。
一方で、彼の代わりに僕の方が叫んでいた。
「ニーカ隊長――いや、『偉大なる同志』の第十三女殿に謹言をさせていただく。幾ら『晶ガス』のガス田探索が、国家の大事であるとはいえ、人もまた国家の財産。悪戯に消費するのは愚かの極みである」
うむ、と、僕の言葉に対して訝し気な声と共に振り返るニーカ。
その目つきが鋭くなるのを見て、僕は、背筋を凍らせた。
しかし――黙っていることはできない。
ここに集まった、罪なき村民たちのためにも。はっきりと、この残酷な隊長殿を思いとどまらさせなければいけない。
そして、ダニイルのやろうとしていることを止めさせなければならない。
この行いは、人間の尊厳を軽視した暴挙である。
朱国の人間ではないとはいえ、この行いを見逃すことはできない。
「ニーカ隊長。我が身可愛さに、国民を犠牲にするなど軍人のすることではありません。ダニイルよ恥を知れ。このような行いは決して許されるものではない」
「何を言っているのです。彼らは志願してここに集まっているのですよ、キリエ軍曹」
「詭弁だ!!」
「そんなことはありません。交渉の結果です。彼らは、この国の発展のために、その身を捧げても構わないと、そういう心意気で志願してくれた勇気ある協力者です」
ならばどうして彼らの目は、一様に死んでいるのか。
おかしいではないか。そのような強い意志を持って志願した者たちが、どうして気炎も上げずに、ただ黙ってそこに立ち尽くしているのか。
金を積んで集めてきたのだろう。
あるいは、家族から売り飛ばされた者もいるだろう。
そんな者たちを勇気ある者とは言えない。
アドリアンが同調して何かを言おうとしたのを、僕は後ろ手で制した。
これは、僕とニーカ、そして、ダニイルとの問題である。
この現状をして、武人の鏡のような彼が言わんとすることは分かる。だが、ただでさえ、任務の失敗で脛に瑕を追っているアドリアンだ、ここは黙っておいた方がいい。
任せて欲しい、と、振り返らず背中だけで彼を説得する。
彼は、大人しく、一歩さがってくれた。
ダニイルとやりあっていても埒があかない。
ここは問う先を変えるべきだ。
僕は目に光のない村民たちに向かって視線を向けた。
「では君たちに問おう。諸君らは皆、志願して今回の作戦に協力を申し出たのだな」
その問いに対して、返って来たのは沈黙であった。
当然だろう。実際、彼らは、来たくてこの場所に来ていない者たちばかりなのだ。
慌てて、何か口を挟もうとするダニイルに先んじて、僕は更に言葉を重ねる。
「正直に申せ。この男に幾ら積まれた。ダニイル、人の命を金で買おうなど、浅はかな行いである。恥を知るがいい」
「……そんなことは」
村民たちからの返事はなかった。
だが、その反応こそ、まさしく、問いに対する答えであった。
真にやましいことがないのなら、ここまで言われて黙ることなどないはずだ。
その行動に誇りと、矜持を持っているのならば、彼らは声高らかに違うと叫ぶだろう。
なぜ、そうしない。国のために身を捧げることを誇らない。
彼らが本心からそれを望んでいないからだ。
そんな風に、周りから強要されて命を散らした人間たちを、僕は、彩国と朱国の争いで何人と見てきた。
滅びゆこうとしている彩国を守る為に、仕方のないことだとその時は割り切った。
けれども、死んだ目をして敵兵の中へと飛び込んでいく彼らの背中に、申し訳なさを感じない訳にはいかなかった。何度も何度も、戦時中も、戦争が終わってからも、捕虜になってからも、彼らのその瞳を夢に見て、僕はうなされた。敵陣に飛び込んでいく、震える背中を何度も見た。
そんなことはあってはならないのだ。
命を、人の尊厳を、金に換えて散らすなどあってはならない。
何者かの思惑によって散らすことなどあってはならない。
それは――命は何者にも脅かされない、その人の意志によって使われるものである。
「同志ニーカ。彼らは罪なき者、村長一家とは違います。どうか冷静なご判断を」
「なるほど。キリエ、お前の言わんとすることはよく分かった」
「――ニーカ隊長」
「確かに、全量なる人民の命もまた、『晶ガス』のガス田と等しきこの国の財産に違いない。それを悪戯に消費することなど、あってはならない愚行である」
僕の意見が通じた――。
唯我独尊。誰に何を言われようと、己の信じた道――国家の代弁者としての責務を果たすべく行動をする、ニーカである。彼女が僕の言うことを聞くなど、とてもではないが思っていなかった。
きっと、ただ面白いという理由だけで、彼女はダニイルの策を飲み込むに違いない。
たまらず、こうして止めようと意見してはみたが、結局無意味なのではないか。
そう思ってい部分がなかった訳ではないのだ。
それがすんなりと受け入れられた。
思わず黙ってしまった。
彼女にも、人の話を聞く、また、道理を解する気持ちが残っているのだ――。
そう油断したのがいけなかった。
「しかしキリエ。君はよくない、質問の仕方を間違っている」
「……なに」
「正しく、彼らに聞くならばこうだ」
そう言って、ニーカは僕の前に立って、集まった村民たちに向かって声を張り上げた。
「この中にこの国のために命を捧げることが惜しいものが居るならば名乗りを上げよ!! 恥ずかしがることはない、臆病であることも、命を惜しむことも、人の自由である!! 諸君らは軍人ではない、故に国のために命を散らす義務はない!!」
きっぱりとニーカはそう言い切った。
卑怯な言い方である。
これが意志ある自由民であったならば、その提案に乗って歩み出る者も居ただろう。
しかし――。
「見ろ、キリエ。彼らは勇敢な者たちのようだ。誰一人として、歩み出る者はいない」
意志薄き者たちに、この質問は卑怯である。
歩み出せる訳がなかろう。
邪悪が、銀狼の少女の顔の中で踊っていた。
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