第25話 全滅

 マルファ・ロシュコヴァの死体が、深度70mの場所から発見されたのは。翌朝のことであった。同時に、彼女が預かっていた分隊の無残な焼死体が発見されたのも。


 マルファは、右耳横側頭部を、『晶ガス』式の拳銃で打ち抜いて自死していた。

 この国――というより、この国が信奉している宗教の教化圏内――において、自殺とは最大の禁忌である。しかしながら、それを選んでしまったのは、マルファが、自分の犯してしまった失態に耐えられなかったからに他ならない。


 どうしてそうなってしまったのか。

 マルファの分隊の練度については、隊内の誰もが知るところであった。それだけに、その全滅という衝撃的な事態に、僕も、そして昨日の夜任務を盗られたと嘆いていたアドリアンも、言葉を失くして狼狽えた。


 ただし、ニーカについては違う。

 昨晩、マルファを抱いていたはずの彼女。しかし、彼女は、その無残な死を悲しむどころか、犬死とばかりに冷たい視線を、物言わなくなった彼女の亡骸に向けていた。


 いや。また、彼女の表現方法が、歪なだけなのかもしれない。


 なんにせよ、ニーカ、僕、ウリヤーナ、アドリアン、そして――最後の分隊長ダニイルの見守る中で、マルファの亡骸は冷たい凍土の中へと埋葬された。


「まさか、マルファ嬢が死ぬとはな」


「分隊を全滅させてだ。戻って来たとして、責任を取ることは免れない」


「しかしよぉ、誰が想像するかよ、彼女がこんなドジを踏むなんて」


「……少なくとも、俺はこんな結末を想像してはいなかったな」


 それだけが彼女の死の原因ではないだろう。

 言葉にするまでもなく、そんなことは、ここに集まった分隊長格以上の人間たちは把握していた。また。同時に、マルファがその程度のことで、自分を見失って自決するような、軟弱な下士官であるとも思っていなかった。


 作戦失敗の責任を取ったのではない。

 彼女は、自らの愛した部下たちを追って、その命を殉じさせたのだ。


「おおよそ軍人の死に方ではない。がっかりだ、マルファ・ロシュコヴァ」


 そう冷たく言い放ったのはニーカである。

 死人に対して、そんな言い方があるだろうか。僕はいささか、信じられないといった気分で、少女隊長に視線を向けた。


 その顔にはいつもの邪悪が――ない。


「お前も私を、そして国家を裏切るのだな。たった一人でも、生きて帰ってくればよかったものを。馬鹿な女だ」


 そう言って胸の前で十字を切った彼女。

 特務部隊の隊長の合図と共に、町はずれの森の中に、マルファの遺骸は埋葬された。


 やはりこの少女は、自分の感情の表し方が不器用なだけなのだろう。

 マルファに対してどういう思いを、彼女が抱いていたのかは分からないことだ。

 憧憬、あるいは、親愛、ともすると、救い。

 それらの感情を、第三者である僕が知る術はどうしたってない。


 ただ、ニーカはニーカなりに、マルファとその分隊の死を悼んでいる、それは間違いなさそうだった。


 さて、と、ニーカが続ける。


「マルファのおかげで、深度70mまでの安全は確保することができた」


「……後任についての話ですか」


 葬儀の席で俎上にあげるべき話題ではないように思う。

 けれど、ニーカはそれを続ける。


 アドリアンが肩を竦めているのが分かった。自分に再び洞窟攻略の命令が来ると思っているのだろう。事実、僕もそうだと思っていた。


 しかし――。


「ダニイル。貴様もたまには、軍人らしい所を見せてみろ」


「……はっ? 私、が、後任ですか?」


 今の会話の流れで、どうしてそういう結論にならないと思う。そういう感じに、ニーカがダニイルを睨みつけていた。

 すぐにダニイルは背筋を伸ばして、ニーカに向かって敬礼をする。


「ダニイル・モニソフ!! そのお役目、慎んで拝命いたします!! はい!!」


「……大げさな奴だ」


 呆れたように言うニーカ。


 その銀狼の娘の横に立ちながら。

 僕は、アドリアンがまた不満げに、奥歯を噛みしめている姿を眺めていた。またしても、ニーカは彼ではない分隊長に、洞窟の攻略を依頼した。

 このまま、彼は二度と洞窟の攻略を下命されることはないのではないか。


 いや、単に、兵力の回復を考えての命令だろう。

 まだ彼の分隊は、洞窟に再突入できるほどの回復を果たしていない。

 今、再び洞窟の中へと入ったとして、散々な目に合うのは明白だ。


 しかし、よりにもよって、軍人としての器量は最も劣る、ダニイルに対して命令を下すとは。むざむざ、彼に死にに行けと、言っているようなものではないか。


 できるのだろうか、この、僕よりも軍人としての技量に難のある、お調子者に。

 後方任務を期待して彼を雇ったのは外ならないニーカだ。彼女こそ、彼の真価をよく把握しているはずだ。


 それが、行けと言うのだから、何かしらの勝算あるいは目論見があるのだろう。


「ダニイル、励めよ。お前の価値が裏方仕事だけではない、今回の任務はそれを示すチャンスだと考えて務めるように」


「はっ、ははぁっ!! ありがたいお言葉!!」


「それに、マルファのようにむざむざと死ねば、色々と困る人間が居るだろう」


 実に大げさに、恭しく銀狼の少女に頭を下げていた壮年の男。

 その顔色が、蒼く染まっていくのが見て取れた。


 もしかすると。

 ニーカは例の、ダニイルが集めた少女たちと、彼女たちが集まる場のことを知っているのかもしれない。なにせ、僕が村の娘と寝たことを、彼女は知っているのだ。


 懲罰目的の抜擢ではないのか。そう思えば、ダニイルにこの任務が下命されたのも、納得がいった。

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