第24話 業火
アンシオンは都合四匹ほどこちらに向かって飛んで来た。
本能は、タラカーンと同じだ。照射されるカンテラの光に群がって、彼らは一直線にこちらに向かって飛んでくる。
タラカーンと違い、機動力の遅さが救いになった。
縦の隙間から打ち込んだ弾丸は、その巨大な羽虫の体を簡単に打ち崩した。
取りつかれれば、その細い管を体内へと注入され、毒液によりドロドロに肉を溶かされて吸い取られる恐ろしいバケモノも、近づかれさえしなければ、どうということはない。
「……隊長。アンシオンの掃討、完了しました」
「よし!!」
盾より少し離れた後方に位置し、耳栓を外していた私は、サブマシンガンを撃ち放つ部下からの報告に、頷いて応えた。皆に視線を向けると、一様に、ほっとした面持ちで、構えていたサブマシンガンから手を離す。
そうして、彼女たちは、耳につけていた栓を抜いた。
「驚きましたね。まさか、アンシオンが、こんな大挙して押し寄せて来るなんて」
「手前にあった巣の規模と、土中から掘り出した死骸の数を考えると、四匹というのはまぁ妥当な数だろう」
「ここから先、ムルァヴィーニも居るということでしょうか」
「……可能性としては考えられる。ただ、どうだろうな」
ムルァヴィーニは大食漢のバケモノである。故に、洞窟内で最も効率のよい場所――捕食対象を獲得しやすい――に、群生する生態がある。
また、土壌も重要だ。捕食する際に、彼らは地面に対して垂直に土を掘る。
そのため生息地は掘りやすい土壌である必要がある。
それらを計算すると、おそらく、アドリアンの分隊が襲われた場所ここそが、この洞窟内におけるムルァヴィーニの巣だと考えて問題ない。また、ここの土壌は、岩の含有量も多く、掘り出て来るには、なかなか骨が折れることだろう。
20m奥にあるタラカーンの巣から、時々出てくるそれを、あそこで待ち構えて喰らう。それが一番効率がよいはずだ。
「これより奥に、柔らかい土壌の場所があれば気を付けるとして、一旦、ムルァヴィーニについては気にしなくても問題ないだろう」
顔は崩れないが、隊内の面々が明らかに緩んだ気を発した。
誰も死にたくなどない。
いつ、足元から襲い来るかもしれないバケモノが巣食う洞窟を進むことに、抵抗を感じるなと言うのが無理な話だろう。
だが。
私たちはそんな彼女たちの安堵を咎めるように、少し睨みを利かせた。
ムルァヴィーニが居ないからといって、安心していいという話ではない。
「まだ、深度70mだ。先は長い、こんなことで気を緩めるな」
「……はい」
部下たちには全員無事に生き残って貰いたい。
この任務を終えて、全員揃って地上へと帰還する。
それが、隊長として――いや、私個人の願いである。
彼女たちは私の大切な部下であると同時に愛しい子猫たちである。
そんな彼女たちが傷つくのを、どうして任務だからと受け入れられるだろうか。もちろん、そのための特務部隊である、我が身と部下可愛さに、任務を放り投げるほど、分別がついていない訳ではない。だが、根底にある、その願いは揺るがない。
このほの暗く、闇と恐怖に満ちている、洞窟の奥から生きて帰るためには、気を引き締めてかかる必要がある。一瞬たりとも、安穏とした気分に落ちている余裕はない。
「隊長、すみません」
一人の兵が謝って来た。自分たちの気の緩みについて気がついてのことだろう。
分かればいいのだと、あえて、私は彼女の謝罪に言葉を返さなかった。
それよりも、先に進まなくてはならない。
まだ、ここは深度70m。最低でも100mはあるこの洞窟の七割を攻略しただけだ。
この洞窟はまだまだ奥深い。
「盾をしまえ、銃を構えて隊列を組め。すぐに進むぞ」
そう宣言して、私は再び、少し広くなっている、洞窟内――タラカーンの巣があった場所に足を踏み入れた。
その時――。
「分隊長!! 上です!!」
不意に、後ろから声をかけられて、私はその場に振り返った。
銃撃戦の中に紛れて見失っていたのだろう。
背後から、羽音と共に巨大な何かが闇の中を飛び交ってくるのを感じた。
すぐに後方に控えていた兵のカンテラがそれを映し出す。
細かく震えるその薄い羽根の持ち主は――アンシオン。どうやら、すぐに光に向かって来ず、天井に張り付いていたらしい。
すぐさま、サブマシンガンを構える、が、射角がまずい。このままでは、部下たちを撃つ格好になってしまう。どうする、と、逡巡するより早く、私はその身を伏せて、横に全力で転がった。
爆破され、ぐちゃぐちゃになった、タラカーンの巣に体を塗れさせる。それでも、何とか回避することはできた。
すぐに身を起こすとサブマシンガンを手に、膝をついて銃を構える。
だが――。
「掃射準備!!」
「駄目です、弾倉が切れています!!」
「後方部隊、前へ――分隊長をお救いするのだ!!」
その声と共に、後方部隊の兵が駆ける音が聞こえた。嫌な、汗が、体中から噴き出していた。部隊の気は決して緩んではいない、だが、著しく混乱をきたしている。
やめろ、と、叫ぼうとしたその時――ふらり、と、アンシオンが、彼女たちが籠っている洞窟の中へと入って行った。
「来たぞ!! 放て!!」
「――駄目だ!! 忘れたのか、アンシオンの鱗粉には発火性が!!」
言うよりも、火柱が洞窟の中から噴き出てくるのが早かった。続いて、悲鳴が洞窟の中へと木霊する。
私の愛した、可愛い子猫たち。
彼女たちの鳴き声が、無残に、そして、冷たく洞窟の中へと木霊した。
幾重にも重なって、私の心を引き裂くように、私の背中を掻き毟るように。
「……あぁ。あっ、あぁあああぁああああ!!!!」
彼女たちは油断などしていなかった。
それをしていたのは私の方であった。
すべてこうなってしまったのは、私の状況判断ミスである。
絶望に、眩暈がした、吐き気がした、体の芯から熱が抜けていく。
どうしようもない虚脱感。その中、私は、私の可愛い子猫たちが居る洞窟へと、暗中模索、僅かに漏れる赤い炎の光を頼りに向かった。
羽音は聞こえない。
はたして、そこに待っていたのは――。
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