第23話 跳
深度七十mまで進んだ。
その間、襲ってきたバケモノたちは、タラカーン十四匹。
肥大アメーバが数匹である。
アドリアン分隊の報告を聞いていた私は、襲ってきた数こそ少ないもの、それらが同時に襲ってくるということがなかったことに安堵していた。
また、アンシオンと肥大アメーバが時を同じくして現れなかったことも幸いに思っている。おかげで、隊列後部に配置した火炎放射器を遠慮なく使うことができた。
さて、ここで一つ、小休止となったのは、他でもない。
またしても少し広くなった間の中央、黄土色をした粘質な土が、こんもりとうず高く積みあがっていたからだ。
その周囲には、撃ち殺したタラカーンの死骸がある。
「……ここが巣か」
タラカーンの巣であった。
彼ら、タラカーンは元となった生物とは異なり、自分たちの糞――黄土色をした土――を使って、巣を造成する。ただ、巣と言っても、その中で生活するモノは少ない。
多くはその巣を中心にして単独で活動している。
では何のために巣を作るのかと言われれば、その主な用途は、生み出した卵の保全である。なにせタラカーンは固体『晶ガス』により肥大化したとは言っても、生態系の最下層に位置する生き物である。
その卵を狙う、上位のバケモノは多い。
生み出した卵を安全に貯蔵して、その総個体数を増やす。
それはタラカーンの基本的な生存戦略であった。
巣の周辺にたむろしていた黄金色の虫は全て駆除した。その巣を前にして何を警戒しているのかといえば、他でもない。
巣の中の卵の処分についてだ。
タラカーンの卵は非常に硬い保護膜に覆われている。もちろん、捕食する生物からしたら、それをかみ砕くことは容易ではあるが――なかなか、これを簡単に駆除することは人の手には煩わしい。
そしてタラカーンの巣事態も、そこそこの硬さを持っている。
雑食性のタラカーンは、時に砂や土さえも喰らう。
さらに言えば、好んで固体『晶ガス』を喰らい――致死量には至らないよう量を本能的にセーブするというのがまたいやらしい――それを糞の中に織り交ぜる。
固体『晶ガス』が練り込まれた巣の硬度は跳ね上がる。
研究結果によれば、タラカーンの巣の外面的な強度は、ダイヤモンド並みである。
以前ウリヤーナからそんな話を聞いたことがあった。
ではどうするか。
決まっている。
固体『晶ガス』の熱エネルギーへの変換効率の高さを利用するのだ。
内部に、爆薬を仕込んで発破。固体『晶ガス』の気化エネルギーを利用して、巣ごと粉みじんにしてしまう。これが最も効果的な、タラカーンの巣の破壊方法であった。
なんということはない方法ではあるが、躊躇するのには理由がある。
規模と、巣の中に蓄積されている固体『晶ガス』の量によって、爆発の規模が大きく変わって来るからだ。飛来する巣の破片や、巻き起こった爆風あるいは炎で、隊員が無暗に傷つくのはごめん被る。
故に、慎重に慎重を重ねて、私は部下たちにタラカーンの巣の規模と、その内部の『晶ガス』蓄積量を確認させていた。
任務に当たっていた兵の一人がこちらに戻ってくる。
彼女は敬礼して、私が与えた任務についての調査結果を報告した。
極東地域にある大学を出ている学のある娘だ。『晶ガス』の研究者であるウリヤーナには地頭は遠く及ばないが、地質学を専攻していたらしく、この手の測量の能力については私は信頼している。
あばた顔の彼女は私の前でその小ぶりな口をめいっぱいに開く。
「蓄積量、おおよそ巣の組成物質の三割程度と考えられます」
「よし。ダイナマイトを巣の内部に仕込んで5m後退。防護盾を展開して発破する」
その程度の量であれば、十分に爆破してもこちらが被害を被ることはないだろう。
安心した。
すぐに兵の一人に命じて、ダイナマイトを巣の中へと仕掛けさせると、我々は後ろへと後退した。全員に、耳栓をするように指示を出し、同時に、念のためにと持ってきておいた、組み立て式の盾を展開させる。
隊員の全員が、盾の後ろに隠れたのを確認すると、導火線に火をつける。
あっという間もなく、巣の中に向かって伸びていく炎。
すぐに、点火した兵が盾の中へと隠れて――それと同時に、耳栓をしていても頭が揺らぐような轟音が洞窟内に響き渡った。
はらはら、と、土煙が前方には舞っている。
どうやら、発破は成功したようだ。
しかし――。
ふと、その巻き立つ煙が、予想外の動きをしたのに私は気が付いた。何者かの手により、かき混ぜられたそれが、地面に向かってたたきつけられる。
予想外。というよりも、想定が甘かったとしか言いようがない。
生態系の最下層に位置する、タラカーン、その巣である。
それを食い物にしない生き物が存在しない訳がないではないか。
黄土色をした土煙の中に、忙しくその羽をばたつかせて飛ぶのは――アンシオン。
ムルァヴィーニの成虫体である彼らは、どうして、その元になった昆虫と違って、その状態になっても捕食器官を保持している。
細い、管のような口を揺らめかせながら、その巨大な昆虫はこちらに向かって、揺らめくように粉塵の中を飛んでくるのだった。
餌場を荒らされたことを怒っているのか。
それとも、捕食者としての本能だろうか。
なんにしても、やることは決まっている。
「全員、銃を構えろ。こちらに近づく前に仕留める。的は大きい、よく狙え。そして必ず命中させろ」
相変わらず耳栓をしたままである。
爆音の余韻もある。
しかし、私の言葉にすぐに兵たちは反応した。
たとえ耳が聞こえなくとも、心が通じ合っていれば意思疎通は出来る。
本当に、よい部下たちに恵まれたと今更ではあるが思う。
甘い『晶ガス』弾の匂いが洞窟内に立ち込める。すぐに、アンシオンの薄い羽根は破られて、残酷なる捕食者の成体は、再び地を這いずり回った。
しかし――羽音は止まない。
どうやら、まだまだ、これより奥に、アンシオンは数多くいるらしい。
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