第14話 苦役
匹夫十名が洞窟の前へと集められた。
彼らは村長一家が一夜にして洞窟の中に消えたことについて、不気味に思っているようだった。だが、それだけに、特務部隊からの招集に逆らえなかったようだ。
年齢は、二十にもなっていないだろうという塩梅の者から、六十という老境に至った者までさまざまである。
その中には、昨日、村を訪れた僕に対して、公然と斧を振り上げてきた男も含まれていた。彼は、特務部隊を率いる隊長の横に立つ僕の姿を確認するなり、バツが悪そうに顔色を青く染めて、視線を新雪の積もった川の畔へと向けた。
「貴殿らを集めたのは他でもない。洞窟内の掘削作業を手伝って貰いたいからだ」
集まった匹夫たちに向かって、ニーカは澄んだ声を浴びせかけた。
過日、この村の小さな領主の罪を暴き立てて、銃殺に処した銀狼の娘の言葉に、戦々恐々とした様子で、彼らはたちまちに肩を竦め上げた。
ニーカは、これ以上先に進むのに慎重論を唱えた。
残酷な仕置と興を終えて、彼女の中で何かが落ち着いたのだろう。これ以上の損害を被ることを由としないと断言すると、彼女はムルァヴィーニの死骸と巣をあらためるということを言い出した。
一応、一晩を越えてムルァヴィーニが姿を現していないことは、アドリアンたち分隊の証言から明らかとなっていた。
ウリヤーナが求めた致死量の固体『晶ガス』は、確実に効果を発揮したようだ。
しかし、それで確かに彼らが死んだかどうかは不明のままである。
あくまで、彼らは人を襲わなくなった、その事実があるだけだ。
「ムルァヴィーニの巣は、だいたい地表から二~三メートルの位置にある。掘り返せば、すぐにその死骸を見つけることはできるでしょう」
ウリヤーナの助言により、ニーカはそれを行うことを決定した。
かくして、彼女はすぐに分隊に指示を出し、村内の男たちをかき集めさせると、彼らの手により村長一家が眠る洞窟の中間点――その地面を掘り起こすことにした。
「貴殿らには、この洞窟の奥に入ってもらい、土を掘り出して貰う。知っての通り、この洞窟は、高濃度の『晶ガス』鉱石が埋蔵されたガス田である。洞窟の奥には、ガスの瘴気に当てられた、バケモノたちが満ちている。だが、案ずることはない、それは我が特務部隊と、勇敢なる協力者の手によって駆除された」
勇敢なる協力者、の指す意味がなんであるかを、彼らは分かりかねているようだった。
そんな存在が果たしてこの村にあったのか、とでも考えているのか。あるいは、特務部隊が目に見える数だけではなく、他にも兵を抱えているのではないか、とでもか。
その顔色は、さまざまな憶測によって、多様に歪んでいた。
一夜のうちにして洞窟の中に消えた、村長一家のことであると、気が付いた人間は何人居ただろう。
断れぬ軍命である。
彼らはそれを知らぬ方が――気が付かない方が、幸せだったかもしれない。
とにもかくにも、再び、ニーカと僕は匹夫とアドリアンたちを引き連れると、洞窟の中へと入った。
「アドリアン、掘削作業にはどれくらいの時間がかかる」
「二日もあれば」
「よし。それだけ終えれば、一旦お前たちの部隊は後方へと回れ。後はマルファの分隊に任せることにする」
マルファに、と、アドリアンはその引継ぎ命令に対して難色を示した。
しかしながら軍隊において隊長の命令は絶対である。意見を求められていないのであれば、腹に一物を持っていたとしてもそれを口にすることはできない。
そしてなにより、兵を二人失っているアドリアンの部隊は、大きく士気が低下していた。
もちろん、仲間の死程度で、大きく彼らの中で国に対する忠誠心が下がるということはないだろう。彼らは、なんといっても、この目の前の銀狼の娘が、手ずから選んで見せた誠忠無比な朱国の同志たちである。
しかし、疲れと信仰は別である。
信仰はしばし、人の心と体を麻痺させて動かすことを可能にするが、それでも疲れには抗うことはできない。
彼らは、ここ数日の作戦行動により身体的にも、精神的にも大いに疲れている。
ここいらで休ませるのが適当だろう。
「休息もまた命令である。諦めるがいい」
「はい」
「この洞窟は思ったよりも深く長い。長丁場になることは間違いないだろう。ゆめゆめ、次の機会に備えることを怠るな」
ニーカが口にした通りである。
ムルァヴィーニの脅威は当面去ったが、この先にどのような苦難が待ち構えているかは分からない。洞窟の探索を請け負ったマルファの部隊が、アドリアンたちの部隊のように、思わぬバケモノの襲撃を受けないとも限らない。
回復可能な兵力は回復させ、次の困難に備えさせなければならない。
決して、アドリアンの失策に対する仕打ちでは、これはなかった。
結局アドリアンは、ニーカの言葉を受け入れた。
そんなやり取りをしているうちに、匹夫の一人が悲鳴を上げた。
どうやら、ムルァヴィーニの死骸を発見したらしかった。
その人を丸のみにするバケモノの姿に、匹夫たちが息を呑むのが伝わって来た。
その姿を眺めて、また、ニーカが邪悪に笑う。
この行い――匹夫たちに申し付けられた苦役もまた、彼女にとっては一つの興にあたるのだろう。
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