第11話 残酷

 ガス田隠しを行っていた村長には、八人の家族が居た。

 時に彼の名代として村の調整役に回る長男とその妻、そして二人の娘。

 嫁ぎ先から子供を連れて戻って来た長女とその息子。

 そして、遊び惚けて、まともに仕事をしないごくつぶしの次男。

 世話役という名で囲っていた愛妾。


 この八名は、村長の処刑のあと、すぐに分隊の手により拘束され、村の土蔵の中へと閉じ込められていた。


 村ぐるみで行われていたガス田の秘匿と利用。

 それを不問とする代わりに、全ての罪をニーカは彼ら村長たち家族に押し付ける事にしたのだ。


 また、同時に自らの活動拠点を確保するという側面もあった。

 秘密裏に私財を蓄えて、田舎の村にしては豪奢な作りだった村長の家を、ニーカはとても気に入ったようだった。


 彼の私室を自分の執務室に。

 息子・娘たちの私室を各分隊長格に与えると、そこを中心にして、村内に特務部隊の駐屯地を構築したのだ。


 さて、そんな村長たち家族の仕置について、ニーカは当然極刑を考えていた。


「日に、何度も見せしめに殺すものではない。せいぜい、事が終わった後で、ゆっくりと、調理してあげようじゃないの」


 そう言って、土蔵に彼らを押し込めて、何人かの見張りで監視していたのだが。

 まさかその処遇が、一日にして覆るとは、僕も、アドリアンも、そして村内の者も、思いもしなかっただろう。


 ウリヤーナが計算して求めた、ムルァヴィーニを致死せしめる、固体『晶ガス』の量はおおよそ2.8kgになった。急ぎ、洞窟内より、固体『晶ガス』を掘り出させると、それを麻袋に詰め込んで、きっちりと2.8kgにして八つ揃えた。


 やろうとしていることは、もう、だいたい察しがつくだろう。


 カンテラを持ち、自ら先頭を歩く銀狼の娘。

 ご機嫌に鼻歌を洞窟の中に響かせて、僕とアドリアンの分隊、そして――縄で繋がれ、背中に麻袋を背負わさせられた、村長一家は、冷え切ったそこを進んでいた。


 これからいったいどうなるの、と、村長の孫娘たちが囁く。

 年子なのだろう、あまり背丈の変わらない二人は、今にも泣き出しそうな表情をしていた。一方で、その母親の血を色濃く受け継いでいるのか、長女の息子は、憮然とした顔を崩さない。ここまで性格が違うかと、少し、不思議な気分に僕はなった。


 大人たちにしても、これから自分たちが何をさせられるのか、どのような目に合わされるのか、漠然としか理解していない様子である。

 子供たちの不安はそれに比して大きいことだろう。


 せめて、少女たちだけでも慈悲をかけてやることはできないだろうか、と、僕はニーカに尋ねてみた。だが、返って来た言葉は想像していた通り。


「国家に反逆した者に与えられるのは鉛弾だけよ。いいえ、こうして、国の礎のためにその身を捧げられるのだから――彼女たちは幸せだわ」


 熱心なる、国家主義の徒である我が主は、そう言って狂気にその黄色い彩光の瞳をきらめかせた。


 アドリアンたちがしっかりと駆除してくれたのだろう。

 途中、肥大アメーバやタラカーンと遭遇することはなかった。


 問題のムルァヴィーニが出たという、深度50mの位置へと到達する。大きく広がった、中間休憩地点として適切であろうその場所は、ちょうど、5m×5mの、25平米程度の広がりがあるように思われた。


「どの辺りで、兵は襲われたの」


「……ちょうど、中央の当たりです。もう、穴が埋まっている辺り、ムルァヴィーニは腹を空かせているのかもしれません」


「そう。じゃぁ、たらふく御馳走してあげようかしら」


 そう言って、彼女は縄に繋がれたままの村長一家に、その広間の中央まで歩くようにと指示を出した。

 縄で手は縛り上げられたままではあったが、自由になった彼らは、すぐさまその場所から逃げ出そうとする。だが、すぐに最後尾を歩いていた村長の次男坊に、銃口が向けられると、その足取りはすぐに止まった。


「言ったはずよ、中央まで歩けと。ここに来て、まだ、国家への奉仕を拒否するというのかしら、貴方たち一家は」


「……何が国家への奉仕だ!!」


 憤慨して、その場で声を荒げたのは、サブマシンガンの銃口を突きつけられた次男坊であった。

 流石に自由人だけあって、こんな時でも考えることは自由なようだ。

 一方で、中央に歩くと言うことの意味が分かっていない、村長の長男たちは、抗弁するのも億劫だとばかりに、言われた通りに歩き出していた。


 それにつられて、次男坊が囀る。


「国家がなんだというのだ!! 自由に生きて何が悪い!! 食べたいものを食べ、着たいものを着て、遊びたいときに遊ぶ!! それの何が悪だというのだ!!」


「なんだ、貴様は自由主義者か」


「そうだ、悪いか」


「なるほど、ならば撃ち殺す躊躇いがなくていい」


 胸ポケットから一発撃ちの拳銃を抜くとニーカが怪しく微笑んだ。

 もはや止める気力も湧いてこない。


 というより、この残酷な事態に陥った時点で、僕はもう彼女が何をしようとも、それを受け入れる覚悟ができていた。


 心臓を正確に撃ち抜かれて、その場に倒れる村長の次男。

 失血死にしてはいささか早い。おそらくショック死だろう。

 自由主義は結構だが、惰弱な自由もあったものである。所詮、村長の威光を傘に着て生きていただけの怠け者ということだろう。


 彼について、そうなることに同情の余地はなかった。


 いやぁ、と、孫娘たちが叫び声をあげる中、地の中を這いずり回る何かの気配を僕は軍靴の裏に感じていた。

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