第9話 蟻地獄
カンテラから発せられる光に群がるタラカーン。
まさしく光に群がる虫である。そんなモンスターを、火炎放射器とサブマシンガンの掃射で一掃し、そこから更に進むこと20m。
少し洞窟が広がった。
小休止するにはちょうどいい塩梅の広さだ。
周りにタラカーンの姿がないことを確認すると、分隊は小休止を取ることにした。
タラカーンは、最初の遭遇の後も、度々カンテラの光に反応して俺たちを襲ってきた。だが、最初に遭遇した時ほどの衝撃はもうなくなっていた。
粛々と、兵たちはこちらに向かって飛んでくる黄金色をした大型昆虫に向かって、『晶ガス』弾、あるいは火炎放射器を浴びせかけてそれを駆除していった。
兵に損失が発生することはなかった。
ただ、装備に対して、群がってやって来るタラカーンは、どうして、多大なる損害を与えてくれていた。
「火炎放射器の『可燃ガス』残留量、残り三割を切っています」
「サブマシンガンの弾倉も残り四割です」
慎重に使えと言っただろう、馬鹿どもめ。
数も計算することもできないのか。
そんな叱責を軽々しく口にするようでは分隊長として失格だろう。
タラカーンの生息及びその光源に向かって飛来してくる性質への対応は、もはや仕方のないことであり、ある程度予想の範疇にあることだった。
俺たちは、そんな異形たちが渦巻く巣窟へとまさしく挑んでいるのだ。
この部隊に所属している上で、それは充分覚悟しておく事案である。
しかし、見通しがいささか甘かった。
「……この装備で更にここから先へと進むのは危険だろう」
まだやれます、などという根性論を無暗に口にする兵が、俺の旗下に居なかったのはまさしく幸いと言っていいだろう。
冷静に俺の部下たちはこの部隊の損耗状況について把握していた。
これ以上、進行するのは無謀でしかない。
自殺行為と言ってしまって差し支えないだろう。
再び、洞窟の外に出て、十分な弾薬の補充と、可燃ガスの補充を行ってから、洞窟には挑みなおすべきである。
問題は。
ここで折り返したとして、あの少女がどういう反応を俺たちにするかだ。
100m先までの露払いをしろと彼女は言った。
ここでの退却は、その下命に対して、明らかに反する行動である。
もっとも、撤退が理にかなった行動であることは疑う余地のないものだ。
これ以上進んでみすみすと全滅する確率を高めるよりは、50mでも折り返して、洞窟内の状況を彼女に知らせることの方が、よっぽど価値があることだろう。
あの少女が、決して理想だけに燃える偏屈な女ではないことは承知している。
戦略的な撤退を理解してくれる余地は十分にある。
そう、少なくとも俺は考えた。
「……止むを得ない。ここは折り返して、装備を整え直そう」
「分隊長、よろしいのですか」
「責任は俺が取る――」
そう、言った時だ。
俺に問うた兵が突然、俺の目の前でふっとその姿を消した。
冷たく混沌とした沈黙が場に満ちた。
そしてその沈黙を吸い込むように、消えた兵が居た足元には――ぽっかりと、人が一人滑り落ちるのにはうってつけの黒い穴が空いていた。
それがなんなのか、と、不用意に兵が覗き込もうとする。
すかさず、俺はそんな彼を蹴り飛ばした。
突き上げるようにして穴の中から飛び出してきたのは、紅色をした細長い胴体を持つ節足動物である。
分厚い外骨格により覆われたその巨体は、さながら、巨木のようだった。
穴の中からその身を乗り出し鎌首をもたげると、複眼をぎらつかせて、それは俺たちを睨みつけてきた。
「ムルァヴィーニ!!」
土中から現れたそれもまた、固体『晶ガス』の影響により、肥大化した節足動物の一種であった。本来であれば、円錐状の巣を張って、落ちてくる蟻を喰らうそれは、肥大化に伴い、より能動的に蟻以外の獲物を狙うようになった。
動物――イノシシや野ウサギはもとより、鹿や熊。
そしてもちろん人間まで、である。
奴らは、獲物の足元に音もなく忍び寄り、突然にそこに大穴を開ける。
そして落ちてきたそれらを容赦なく、その堅い上あごと下あごを使って粉砕し、骨もろともに豪快に捕食するのだ。
飛び出してきたその個体の口元に、消えた兵の血が付いていないのを見る辺り、本来、この大穴を開けたムルァヴィーニではないように見える。
間抜けめ、と、自分を心の中で罵った。
やけに開けた場所だと思ったが、ここはムルァヴィーニの狩場だったか。
おそらく、タラカーンたちをここにおびき寄せては、先ほど兵を狩ったように、不意打ちを食らわせて捕食していたのだろう。
そこにどうだ、久々に食いごたえのある御馳走が現れれば――。
考えうる、最悪の状況を脳裏に思い浮かべれば、すぐに言葉が口を吐いた。
「撤退準備!! これ以上の損失を出す前に、速やかに洞窟を脱出する!!」
兵を一人失った。
命に代えても露払いをする。
そうあの少女に言った手前、この程度のことで撤退するのは、正直なところどうなのだろうかとも思った。
だが、実際問題として、ムルァヴィーニを駆除するのに適切な装備を、現状持っていないというのは事実であった。
土中から襲い来るそれらを、駆除するのは困難を極める。
なにせその動きを察知する手段がないのだ。
更に、分厚く硬い外骨格は戦車装甲並みを誇る。
通常のガス弾では、間違っても貫通させることなどできない。
この害虫を駆除するには、それ相応の道具と、計略が必要になってくる。
撤退、撤退、と、叫ぶ中、また、俺の兵の一人が土中の中へと姿を消した。
これで、計、二兵の損失である。
間抜け目の言葉で済まされる失態ではない。
兵を一割も失えば、作戦行動は失敗の前に大をつけても差し支えない。
だが――この困難な状況から、逃げ出すための方便には持って来いだった。
ふと頭の中を過ったのは、命の使いどころに関しての言葉。
まだ、あの少女のために死ぬ訳にはいかない。
少なくとも、妹が生きている間は、死ぬ気にはなれそうにない。
そんなことを唐突にだが俺は思った。
まだ、生きたい。こんな所では死ねぬ。
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