第5話

「お前さぁ、前も言ったよな?」

腕を離した先生はいつもの呆れたような顔で言った。

「なんだっけ?」

私の心はまだ、この人に隠そうとする。もう泣きそうになる感覚はない。

「無理にとは言わないが、わざわざ溜め込むなよ。何のために俺はここにいるわけ?」

その言葉を先生の声で聞いた瞬間、私の中の何かが溶けていく気がした。気がついたら声を押し殺しながら泣いていた。先生に触れたくて、泣きながら抱きついていた。先生の真っ白な白衣が私の涙で濡れていくのを感じながら泣いていた。頭にさっきまで私の腕を優しく掴んでいた手があった。ただ、さっきよりうんと優しい先生の手を感じて、恥ずかしさと嬉しさとを混ぜたような感情が生まれた。

声を出さずに泣きながら、でもこの時間が永遠ならと感じながら先生の胸に顔を埋めていた。


「クラスには、この授業は出ないって伝えておいたから。」

そう言いながらコーヒーを渡してくれる先生。いつの間に作ったんだ。しかも連絡も、してる所も見てないぞ。そう思いながらまだ湯気の出ているコーヒーを飲んだ。相変わらず先生のコーヒーは美味しい。

「それ、本当は生徒にやるのはダメなんだけど、特別な。誰にも言うなよ?」

『特別』という言葉に顔が熱くなっているのに気がついて、隠しきれないことに薄々気づきながらも、せめてもの抵抗のように机に伏せた。見なくても先生の目が不敵に笑っているのが分かる。けれど今はそんな先生の顔も見れなくて、そうやって伏せたままでいるしかなかった。

ふっと香る先生の匂いと優しく頭を撫でる大きな手に安心して、私はゆっくりと目を瞑った。

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