第4話

「全く、今日も来たのか。」

「先生のいる日は毎日来るっていったでしょ?」

いつものように先生は私に対して面倒くさそうな口ぶりで話す。それでもちゃんと私用の席をとっておいてくれる。そんな先生との幸せな時間が訪れる。私の学校生活の大切な時間だ。

「そうねぇ、聞いて!昨日ね…」

面倒くさそうに、それでも私の話に耳を傾けてくれる。そんなあなたにだけ、私は嘘をついても幸せでいられる。だから、私はあなたといるこの時間が一番幸せだと感じられる。

でもそんな時間はとても早く過ぎていく。気がつけば廊下も騒がしくなり、朝のSHRの時間まであと10分というところだ。

「おい、そろそろ戻る時間だぞ?」

先生からの一言で私は重たい腰を上げ、クラスへと向かっていった。


「ねぇ、ぶっちゃけさ、遠月さんいっつもクラス来ないで何してんの?」


扉を開ける前、クラスの中から聞こえたその言葉に私は固まってしまった。


「えー、知らないよ。私あの人興味無いし。」

「それなー。どうでもいい。」

「てかウチ、あの人苦手なんだよねー。

何考えてるかわかんないってか、全部嘘っぽくて。」

「あ!それめっちゃわかる!だってさ…」


最後まで聞く前に私は走り出していた。どこへ向かうかも分からず、ひたすら走っていた。

興味を持たれようと持たれまいとどうでもよかった。噂されるのもどうでもよかった。


ただ、『嘘っぽい』その一言が怖かった。

その一言から、私は逃げ出したのだ。


気がつくと保健室の前まで戻っていた。今自分が、どんな顔をしているのか分からなかったけど、泣くのをギリギリ堪えているのだけは分かった。

先生…。

扉は開くことはないとわかっていて、それでも開ける勇気が無かった。それなのに。


ガラガラガラ―


突然開いて私の顔を確認する見慣れた顔に私は驚くしかなかった。

「お前、教室に戻ったんじゃないの?」

「あ、うん、そうなんだけど〜…。ちょっと忘れ物しちゃった気がしたんだけど、大丈夫だったみたい。ポケットに入れてたの、うっかり忘れてた。」

意外そうにこちらを見つめるその顔に、私はとっさに嘘をついた。いつも通りの明るい声で、いつも通りの笑顔で、私はなんとかその場を去ろうとした。弱いところをこの人にだけは見せたくなかった。なのに私の体は、この人に腕を掴まれ進むことが出来なくなった。

「な、何?先生どうしたの?」

「お前…。」

私の言葉を聞かず私の目をじっと見つめる先生の目に、私の足は再び固まってしまった。でも、今日の朝感じたような嫌な感覚はまるでなかった。むしろ、腕を掴む先生の手のように、優しく包み込まれるような感覚だった。今足を動かないようにしているのは、他でもない自分自身だということを、全身で感じていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る