昔話を探して

その日は久しぶりに、A山さんが言う所の下界である東京にA山さんが下りてきていた。

先日、ニアピン?で会えなかった悔しさもあり(図書館迷走奇譚参照)、私はA山さんが登壇すると言う講演に赴いたのだ。


講演と言っても、A山さんが何故昔話や物語などの伝承を収集して研究する仕事に就くことになったのか?と言う経緯や、今住んでいる秘境の様な所の説明や、あとは普段の暮らしなどを話すと言うので、これは一A山ファンとしては聞かない理由は無いだろう。


カレンダーでは秋に向かって進んでいたが、東京は10月の下旬にならないと涼しさを感じないので、まだまだ暑さが現役だ。

私も、高校生なのに中学生か?と言った服装ね?と母に言われてやって来たのだが、講演をするホテルに入って思ったのが、もう一枚上着を着て来るべきだったと言う事だった。


母「もう高校生も終盤なんだから、上着の一枚も羽織って行きなさいよ?」


と言う言葉の意味を会場に入ってから気付いた。


A山「あれ?環ちゃん、何かまだまだ夏っぽい格好だね?」


私を見つけたA山さんの第一声がコレだった。


私「あ、いや、今日はなんだか暑かったので~つい、夏の装いを・・・・」


と言いながら鼻水をすする私を憐れに思ったのか、


A山「あ、ちょっと待ってて、千歌から預かってたものがあったんだ!」


と言って、ホテルの自室に戻って行く。

その数分後、何やら少しふんわりしたモノが入って居そうな紙袋を持ってA山さんが戻って来た。


A山「何か、千歌って予知能力があるのかな?環ちゃんに会ったら、一番最初にコレ渡して!ってすごい勢いで言われたんだよ。」


と言いながら、袋を私に渡した。

私は、一体何だろうと思いながら袋に手を入れると、思いがけないものが入っていた。


私「凄い!手編みのストール!」


秋深まろうと言う季節なのに夏のような服装をしていた私には、ドンピシャ!と言うか、実は物陰から見守っていたでしょ千歌さん!!と問い詰めたくなる様な、そんな気分になったのは言うまでもない。


A山「僕が東京で公演するのが決まる前から編んでいたからね、何かしらの予兆とか予感がしていたんじゃないかな~」


と言ってA山さんは笑っていた。


私「ありがとうございます!大切に使わせて頂きますよ!まず貰った当日から早速使いましょう!!」


私は言いながらストールを肩から羽織った。

うーーーむ!!

暖かい!


身に染みると言う事は、こう言う事を言うのだろう?と悟った17歳のある日であった。



私「所で、今回A山さんの生態を暴露する会と言う事ですが、講演はA山さんだけなんですか?」


と、ぶしつけすぎる質問を私は投げかける。

すると、


A山「とんでもない!僕だけじゃないよ!と言うか、僕なんて最初の方だから大トリを務める凄い人が控えているに決まっているじゃない。僕はまだまだ研究者としては若輩者だし、それにこの講演も元々多々良井先生のゼミに居た先輩からのお誘いだったので、僕一人の力でこの場に立てると言う訳じゃないんだよ。」


と、100%の謙遜でニヤニヤしながら返答していた。


私「A山さんって、黙っていればイケメンなのに、話すとちょっとキモいお兄さんって感じになりますよね。」


私は、今感じた印書をそっくりそのまま述べる。


A山「環ちゃんて、実は僕の事嫌いでしょ?」


と、少し悲しそうな顔で訴えてきたので、


私「冗談ですよ。A山さんと私との付き合いは一体何年に及ぶと思っているんですか?しかも遠からず血縁者ですよ?そんじょそこいらの輩とは違いますって。」


と言う感じに、A山さんを慰めた。

一体・・・・どっちが大人なんだか・・・・

いや、両方ともずっと子供か。


私も今日は子供服装な訳だし。

A山さんはずっと、昔話を探しているしね。


そんな感じで雑談しているうちに、講演のイベントの開始時間が来た。

講演を見る人は、すでに用意されていた座席に座って、お目当ての登壇者が話すのを待っていた。


私もそれにならって、適当な座席に座ろうとすると、先日お世話になったあの五月雨堂の店長の貫井治(ぬくい おさむ)が手招きをしているのが見えたので、その隣に座る。


私「貫井さんも来ていたんですね。」


貫井「(小声で)当然だろう!!なんてったってワタシは、A山君のファン第一号だからな!(偉そうに)」


私「・・・・・・あ、そうなんですね。」


私は、貫井さんのテンションに付いて行けず、薄ら笑いと薄い返事をするのが精いっぱいだった。


貫井さんは前回のA山さんの仕込みで会った時は、フツーな店主?といったイメージだったが、その後個人的に古書のラインナップが気になってまた五月雨堂に行ってみた時は、この妙なテンションのオジさんになっていたので、多分妙なテンションの時が素の貫井さんなのだろう。


私「あ、何か、最初の人の講演始まりますよ。ええ~と、この人は水たまりに棲む生き物の研究・・・・って、水たまりに生き物って棲んでるんですね~?」


私はさっきA山さんから貰った講演プログラムを読みながら貫井さんに話を振ると、貫井さんは既に眠り?に入っていた。


オイオイオイオイ!?

A山さん以外の講演はシカトかよ!?



私は、この変なオジさんとは他人のフリをして、最初の講演を聞く事にした。

意外と、この講演は面白く楽しめそうだった。


水たまりに棲む生き物の研究をしている人の次は、方言の研究をしている人の話だった。

生まれてこの方江戸っ子?の私は、ほぼ訛りの無い標準語と呼ばれる言葉遣いをしていたので、方言の研究の話は興味を持って聞くことが出来た。


日本語って奥が深いですよね~。


3番目がA山さんだった。

A山さんは、普段かなりラフな格好をして過ごしているので、リクルートスーツ?新入社員?とも形容したくなるようなスーツ姿があまりにも似合わなくて、終始笑いがこみ上げてくるのを抑えるのに苦労したとは、口が裂けても言えなかった。


隣で、寝たふり?または本当に寝ていた?貫井さんは、手に旗でも持っていたら確実に振りまくっていただろうな?と言う程の様相で、ガッチガチに緊張しているA山さんにくぎ付けになっていた。


オイオイ・・・・

アイドルの追っかけじゃないんだから、そんなの前のめりで見なくてもイイのに。


私は内心そう思いながら、A山さんの話に耳を傾けた。


A山「あ、ああ~、スミマセン。普段マイクをよく使うのに、こう言った場に慣れていなくて。昔話や口伝の収集と研究をしているA山と言います。ペンネームでは別の名前を名乗っているので、そちらの方が有名かも知れませんが。」


私(ペンネーム?)


初耳だった。

ペンネームで活動していたとは。


A山「普段の著書では多々良井晴臣(たたらい はるおみ)を名乗らせて頂いておりますので、そちらで僕の事を知ったと言う人も居る事でしょう。」


私(ナヌ?!多々良井?!どんだけ多々良井先生リスペクトだったんだ!)


貫井「あれ?もしかしてお嬢さん、A山さんがこのペンネーム使ってるの知らなかったクチでしょ?ワタシは知って居たよ?と言うか、多々良井先生のお弟子さんは皆、多々良井姓のペンネームを使う習わしになってるみたい。」


隣で、私の驚きなど一喜一憂を見ていた貫井さんが、そう解説して来た。

むむむ、伊達にA山ファン第一号を名乗っている訳では無いな?と、ちょっと感心してしまったのは言うまでもない。


A山さんの講演の内容は、大学時代から研究していて方言のキツい民話の内容を解読するのに手こずった話や、方言が今とは違った解釈で使われていた所為で別の意味に訳してしまって変な話になって困った話など、マニアックかつ高度な内容で私には少々難し目だった事は間違い無かった。


隣でファンクラブ活動全開の貫井氏はどうしていたのか?と言うと、目を輝かせて何度も「うんうん」と言いながら、首を赤べこ顔負けな位に振っていたので、さぞかし楽しかったと言うかご満悦だったのだろうと。


また、今はとある昔話を探しているのだけど、その昔話を口伝していたお婆さんが昨年亡くなってしまったとかで、収集が困難になっていると言う話で締めくくっていた。


そうしてA山さんの持ち時間が終わり、A山さんの講演が終了した。


次は、キノコの研究をしている人?だったが、ここで15分間の休憩に入った。



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困った時の、A山さん 梢瓏 @syaoruu

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