15:もう一人の子供
「武器を置いて下がって……両手を頭の後ろで組んで。愛しいホリーの忘れ形見を失いたくはないでしょう?」
「……お前だって、その子に何かあったら困るんだろう」
「そうね。でも、敵対する組織に情報が渡るのはもっと厄介だわ。そんなことになるくらいなら、処分したほうがいいかもね」
冷やかに笑い、カレンはそう告げる。
ユウリは静かに目を閉じ、身につけていた銃器を床に置いた。すると、ミカルに向けられていた銃口はゆっくりと向きを変え、ユウリに狙いを定めた。
「ごめん、ユウリ……僕……」
「お前が謝ることはない」
ユウリは微笑んでいた。どうしてそんな顔ができるのか、わからない。今にも、自分が撃たれるかも知れないのに。
「姉さん……どうして、こんなこと……」
身を捩り、ミカルはカレンの顔を見上げる。そこにはもう、見慣れた少女の姿はなかった。面立ちは同じなのに、唇を歪めて笑うさまは酷薄で悪意に満ちていた。
「あら、あの男からまだ聞いてないの? 私、あなたの姉さんなんかじゃないわ。あなたが父さんと呼んでる男の愛人なの」
愛人……。あまりに想像し難いその言葉を、ミカルは受け止め切れずに繰り返す。
「こう見えても私、本当の年齢はバートとそう変わらないのよ。志願して老化を抑止する薬の被験者になったの。ミカルと同じ、組織の実験体ね。そういう意味では私たち、やっぱり姉弟なのかしら」
ふふ、と鼻に抜ける声でカレンは笑い、ミカルを拘束する腕の力を強める。
「ホリーは意地悪ね。あなたに危害を加えると情報が書き換えられるように細工をするなんて」
「それは、ミカルを守るための処置だ」
「黙りなさいユウリ。私はミカルと話してるのよ」
引き金にかかったカレンの指に力が籠る。ユウリは動かない。ミカルはなんとかカレンの意識を殺ごうと、震える声で話し掛けた。
「どうして……ずっと姉さんの……ふりをしてくれてたの?」
「ミカルを監視するためよ。本当はもっと優しいお姉さんを演じるように命令されたけど……難しいわ。私、女優じゃないもの」
ミカルは蒼白な顔でカレンを見つめた。確かに、カレンは優しい姉ではなかった。それでも彼女が口うるさいのは、きつく当たるのは、心配してくれているからだと信じていた。
でも……違うのか。彼女が心配していたのはミカル自身ではなく、その中にあるという情報なのか。
信じられない……信じたくない。
カレンは、芝居がかった声音でミカルの耳元に囁く。
「大人しく手術を受けていたら、こんな怖い思いしなくて済んだのに……バカな子」
「どうして、そんなに僕の……中にある情報が必要なの?」
「ええ——私には……子供がいるの。研究所で生まれたの。ちょうど、ミカルが生まれたのと同じ頃かしら……」
その柔らかい声音とは裏腹に、カレンは恨みの籠った瞳でミカルを見下ろす。
カレンの気が逸れた瞬間、銃声が響いた。
ユウリも武器を拾い上げ構えていたが、それよりも早く、カレンの斜め後方から彼女の銃を撃ち落とした者がいた。
「バート……」
低く呟くユウリの視線の先、吹き抜けを挟んだ向こう側の通路に、父の姿があった。
「カレン、ミカルを放せ」
「……父さん?」
昨夜見たのと同じ黒いスーツ姿で、父が立っていた。髪を乱し射るような目でこちらを見ている。銃口はカレンに向いていた。
「何故、私の指示を待たず勝手に動いた」
「バート……私ミカルを確保したのよ。なのにどうして私を撃つの? どうして……そんなに怖い顔で私を見るの?」
動揺するカレンの腕が緩む。と、同時にユウリは低い体勢で駆け出し、ミカルの身体を引きはがした。そのままミカルは床に転げ、膝を強か打った。
痛みを耐えつつミカルが顔を上げたときには、すでにユウリはカレンの首に腕を回し、絞め上げていた。くぐもった声を漏らし、カレンはもがいている。
「……ユウリ! やめて…っ」
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