14:カレン
ミカルを連れてユウリが逃げ込んだのは、建設途中のショッピングモールだった。山間の新興住宅地は開発途中で計画が頓挫し、同時に建設友だったこの建物も放置されていた。
誰も住むことがなかったまっさらな街は、古く因縁のある建物とはまた違う不気味さで佇んでいる。
内装工事は途中で放り出され、ところどころ建材が露出していたり、床材が敷かれていない部分があった。
ユウリは店舗フロアの最上階に上がった。と言っても田舎のショッピングモールは平べったい造りで、五、六階は駐車場、店舗フロアは四階までだ。中央は吹き抜けになっており、開放的だ。しかし一部手すりが完成しておらず、ミカルは階下を怖々と見下ろした。
ここで待機するのは、どうやらCEUとかいう連中からの指示らしい。ユウリは時折、襟元の小さなボタンに向かって喋っていた。恐らく、通信機なのだろう。
途中、ユウリは落ちていたバールを拾い、手当たり次第にガラスを割って歩いた。追手が近づいた際に少しでも早く足音を察知するためらしい。
ユウリは三方を壁に囲まれた喫煙コーナーを隠れ場所に決め、ミカルをカウンターの下に座るように指示した。それから、ユウリはミカルから視線を逸らし、早口で何か言った。
「何……? ユウリ、なんて言ったの?」
不安に思い問いかけると、ユウリは襟元の小さなバッチを指差し、それで仲間と交信しているのだと教えてくれた。
「もうすぐに迎えがくる」
短くそう言い、ユウリは通路に置かれていたダストボックスを横倒しにして台にし、膝射姿勢でスナイパー・ライフルを構えた。
お互いの呼吸の音さえ聞こえてきそうに、静かだった。その、どれくらい続いたかわからない静寂をガラス片を踏む微かな音が破る。追手が……もうきているんだ。
スコープを覗き込むユウリの背が緊張に強張る。パスンと軽い音がしてその直後、遠くでどさりと重い物が落ちるような音がした。それが何度か続く。
怖くて、ミカルは膝を抱いて小さく身を屈めた。また一つ、足音が聞こえる。少しずつ近づいてくる。しかしその主は大声でこちらに話し掛けてきた。
「ミカル……どこ? どこにいるの? 出てきてちょうだい……」
高く澄んだ若い女の声……反響してわかりにくいけれど、この声は。
「姉さん……? どうしてここに……」
「お願い……ミカルを返して……!」
訴えかけるように、カレンの声が響く。ミカルが誘拐されたと知り、追いかけてきたのだろうか? ミカルは混乱し、カウンターの下から這い出てきた。
「顔を出すな」
「だって、姉さん……こんなところにいたら危ない。待ってて、連れてくるから」
「あれはお前の姉ではないと言っただろう」
ユウリは小さな声で諭し……スコープでカレンに狙いを定めた。彼のその態度にカッとなり、恐怖心が消し飛ぶ。
「酷いよ! もし本当に僕の姉さんじゃないとしても、銃口を向けるなんて……!」
たとえ血の繋がりがなくても、何かの事情で嘘をついていたとしても……カレンは、ただ勝気なだけのごく普通の女の子だ。
「姉さん!」
ユウリの制止も聞かず、ミカルは飛び出して叫んだ。
「よかった、ミカル……無事だったのね」
やはり、声の主はカレンだった。
だがその身を包んでいるのは、いつもの少女らしい格好ではない。
身体の線に沿う黒のパンツと長袖のシャツ、その上に着た防弾ジャケットは胸元がきつそうだ。腰には拳銃のホルスターが下がる。
小柄なカレンにその出で立ちはコスプレにしか見えなかったが、銃を構える様は堂に入っていた。そして銃口は、まっすぐにミカルに向けられている。
カレンは今まで見たことないような艶かしい表情でミカルに笑いかける。
「迎えが遅くなってごめんなさい。車の運転なんて久しぶりで、勘を取り戻せなくて」
「……姉さん?」
「さぁ、いらっしゃい。あなたはこれから手術を受けるのよ」
澄んだ少女の声……だが、威圧的な雰囲気にミカルは怯む。
カレンはゆったりとした歩調で近づいてくる。ちょうどミカルが邪魔で自分を狙撃できない位置をキープしながら。後ろでユウリが舌打ちするのが聞こえた。
「動かないで!」
カレンはミカルに飛びかかり、ユウリに向けて鋭く叫んだ。後ろから羽交い締めにされ、こめかみに銃を突きつけられた。硬い感触にぞくりとする。
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