7:赤い光はどこへ
ユウリは店をヘルプの女……CEU《セウ》の構成員に任せ、四階の住居で息をひそめるようにして小さな液晶画面を見つめていた。
部屋の中は暗い。その必要はなくても照明を落とす習慣が染みついて、いつしか暗闇のほうが心安らぐとさえ思うようになっていた。
ユウリの手の中にあるのは、携帯電話ほどの大きさの機械だ。レーダーの画面は方眼に区切られ、緑の線でこの土地の地形、それから主要道路が黄色で示されている。
その中に一つ、赤く光っている点は送信機の位置だ。……ここに、ミカルがいる。
超小型の送信機は人の肌に近い合成樹脂で覆われていて、直径二ミリ程度だ。
ただし、あまり長持ちはしない。せいぜい七日間程度で入浴などの刺激で皮膚からはがれ、樹脂は分解されてしまう。精度と持続性の脆弱さという欠陥はあるが、短期間の追跡には向いている。証拠も残りにくい。
数日前、ミカルの耳に送信機を取りつけた。……あの子を慰める振りをして。
大きな目を潤ませて精一杯強がる姿に心が痛んだ。急な入院と手術という言葉に思わず声を荒げてしまったが、その動揺が反って彼の信頼を得ることに繋がったようだ。
髪を撫でながら送信機を取りつけるとき、手が震えた。
ミカルを救うため、ホリーが遺したあの子を取り戻すため……そう言い聞かせても、罪悪感は拭えない。理由はどうあれ、彼の信頼を裏切っているのは事実だ。
「俺は、あの子に嫌われたくないんだな…」
呟いて苦笑する。子供じみた感傷に揺らぐ己の脆弱さが憎かった。
悔恨に沈むユウリをあざ笑うように、その頬を青白い光が照らす。
窓から射すのは月明かりではなく、近隣のビルのネオンサインだった。その人工的な光は明滅しながら闇に吸い込まれるように淡く消える。
その無機的な光の中、手のひらの赤い光だけがミカルの鼓動のように息づいていた。
拡大すると彼がマンションにいることがわかる。入院の日まで外出を禁じられているのか、自主的にそうしているのか……それとも体調が優れないのか、理由は不明だった。
盗聴器からも有益な情報は入ってこない。しばらく学校を休むからと、鞄をどこかにしまい込んでいるのかも知れない。
一時間ほど前までは僅かにマンション内を移動していたようだが、赤い点は今はじっと動かなくなっている。
時刻は二十三時だ。今時の中学生が就寝するには早い時刻だが、明日の入院に備えて床についたのだろう。
ユウリはテーブルにレーダーを立てかけ、着替えを始めた。制服を脱ぐと繊細な面立ちからは想像できないほど鍛え上げられた肉体が現れる。
しかし、ユウリの身体には大きな傷があった。それは脇腹から胸、そして肩を通り背中へと続いている。縫合は完璧だったが、それでも皮膚の境目ははっきりとわかった。
毒虫が這ったような痕は、ユウリの運命を分けた刻印でもある。
傷を目にする度、忌々しい記憶に埋没しそうになる。そんな自分を叱咤するように、ユウリはぴしゃりと頬を叩く。
身体に添う薄い防弾仕様のアンダースーツを着込み、革手袋をしてコートを羽織ると、少し気分は落ち着いた。
着替えを終え、もう一度銃器の確認をした。スナイパー・ライフルは掃除と点検をした後、車に積むためにガンケースにしまった。
九ミリ口径の消音機つきマシン・ピストル、装弾は三十四。銃身はポリマーフレームで拍子抜けするほど軽い。レッグホルスターを装着し、そこにマシン・ピストルを挿す。
そしてもう一つ、傷だらけの古いリボルバー。
これを使うことはなさそうだが、装填の状態を確かめ、コートの内ポケットに入れた。
レーダーを女に預けてこのまま少し仮眠を取り、日の出には彼らが向かうはずの布引方面を張る。そこで、ミカルを確保する予定だ。なるべく刺激を与えず遂行したかった。
あの子を……傷つけたくはなかった。本当はもっと穏便にことを済ませられたら……そう思っていた。だが、事態は予想していたよりも進行が早いらしい。
逸る気持ちを宥め、ミカルの存在を示す赤い光を確かめようとレーダーに目をやった。
眠っている……朝まで動かないはずだった。なのに赤い点はよろよろと揺れ始める。
「眠れない…のか? ミカル……」
あんなに不安がっていた。入院前夜なら尚更辛いだろう。可哀想に……。
ユウリはそこにミカルがいるかのように、レーダーの上を指先で撫でた。
ポイントは点滅しながらしばし細かく動き、その後一旦動きを止め、それから急速に動き出した。
「入院は明日じゃないのか? なんだ、こんな夜中に……」
赤い点はマンションを出たようだ。どんどん、遠離っていく。
「ミカル? どうしたんだ、一体……!」
思惑が外れ、ユウリは動揺して一人叫ぶ。
奴らに連れ去られたのか? だが、明日には治療の名の下に監禁できるのに、何故?
「目標が動いた、追跡する」
襟元の小型マイクに向かって短く言い、慌ただしくガンケースを抱え車のキーを手にし、ユウリは部屋を飛び出した。
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