2ー3

「・・・遅い。」

 しおりは憤っていた。何故なら、リュウトが買い物に行って、もう30分が経つからだ。しおりは不安でしかたがない。もしかして、ナンパでもされて、どこかの茂みであんなことやこんなこと・・・はたまた、誘拐でもされてどこかの倉庫であんなことやこんなこと・・・リュウトに限ってそんなことはあり得ないのだが、万が一ということがある。

「あたし、探してくるね。」

 座っていたフカフカのソファーから立ち上がり、玄関に向かおうとするしおり。

「えっ、ちょっ、しおりちゃん?」

 突然の行動に驚く糸子。確かに、近くのコンビニなら10分程度で帰ってこれるだろう。でも、もしかしたら少し離れたスーパーマーケットに行ったのかもしれないし。

「待つのじゃえ。妾が行こう。しおり嬢ちゃんは修行の続きをするのじゃ。」

 しおりを制止し、リュウト捜索を変わろうとするミタマ。しかし・・・その格好で行くのか?糸子に用意してもらった下着の上に、ピンク色の、生地の薄い寝巻き用のワンピースを着ているだけの姿。これでは、警察に補導されるか、変態に襲われるかだろう。そのどちらも、ミタマなら難なく回避出来るだろうが、どうせなら余計な面倒事は起こしたくない。

「俺が、行って、くる。先生は、待って、て。」

 ショウリが、かって出てくれる。まあこの時間、女子が出歩くより安心だろう。ショウリがリビングから出ようとしたその時・・・

 ピンポーン・・・

 呼び鈴の鳴る音。リュウトが帰ってきたのか?糸子はモニターを確認する。

「あっ、麗子さん。ちょっと待っててください。」

 遠隔操作の解錠は使わず、糸子は小走りに玄関へ向かい、扉を開ける。

「どうなさったんですか?」

 普段通りのクールビューティー、だが少し困った顔をしている麗子。とりあえず糸子は麗子をリビングに通す。

「お戻りになると言った時間が過ぎても、リュウトさんが帰っていらっしゃらないので、お知らせに参りました。」

 麗子の声色は、明らかに心配の色を纏っていた。それを聞いたしおりは、またしてもソファーからバッと立ち上がる。

「やっぱり、何かあったんだよ。きっと。」

 いてもたってもいられないと言った様子のしおり。精神の乱れからか、少し『生命エネルギー』が溢れだしてきている。真っ先にそれを察した糸子。

「なら、やっぱりショウリさんに行ってもらいましょう。」

 この状態でしおりを行かせるわけにはいかない。それは明らかだ。しかし、予想通りしおりは不満を漏らす。

「何で?じゃあ、あたしとショウリさん2人で手分けして探せばいいじゃない!」

 もちろん、的外れなことを言っているわけではない。人数が多い方が効率がいいに決まっているからだ。しかし・・・

「しおりちゃん!駄目よ。今のあなたは行かせられない。」

 糸子はしおりの全体を見ながら言う。その目線を察したしおりは、自分の、自分を包む『生命エネルギー』の状態に気付く。押さえられていない・・・すごすごとソファーに腰を落とすしおり。また暴走を起こすわけにはいかないから・・・

「まあ肩を落とすなえ。ショウリに任せておけば大丈夫じゃえ。・・・そうじゃろ?。」

 しおりを励ましつつ、ショウリに、改めてリュウト捜索を命じるミタマ。

「まか、せて。先、生。」

 ミタマの期待に応えたいショウリ。表情には表さないが、何としてもリュウトを見つけ出そうと、躍起になっていた。この2人の間には、師弟関係以外の、何か特別な感情があるのかもしれない。

 とにかく、リュウト捜索に出ることになったショウリは、麗子と共にマンション出入口へ向う。エレベーターで1階まで下り、ドアが開くと強化ガラスと『糸子の技術』が施された、特製の自動ドアが目の前に飛び込んできた。

「ショウリさん、こちらをお持ち下さい。」

 出入口に着くや否や、麗子はショウリに円形の平たい機械を手渡す。

「?これ、は?」

 見たこともないものを渡され、首をひねりながら問うショウリ。

「リュウトさんの居場所がわかる物です。」

 そう言うと麗子は、機械の使い方をショウリに教える。話し方はたどたどしいが、理解力はかなり優れているショウリ。一度聞いた説明で操作を覚えてしまった。

「どうか・・・どうかリュウトさんをお願い致します。」

 両手を胸の前で組み、上目遣いでショウリを見つめながら言う麗子。麗子はわかっていたのだ。リュウトは糸子にとって、とても大切な人なのだと。好きとか嫌いとかいう次元の話ではなく、これからの糸子の人生の中で、間違いなく必要な人なのだと。そんなリュウトに何かあったら・・・尊敬をしても止まない博士を悲しませたくない。それが麗子の本音なのだ。

 ショウリは、そういった麗子の感情を動物的な感覚で嗅ぎとっていた。

「任せ、て、おけ。必ず、連れ、帰って、やる。」

 マンションから出たショウリは、夜の闇に溶けることなく、真っ直ぐリュウトの居場所へ向かっていった。


 

「助けて・・・助けて!」

 リュウトに駆け寄りたいトキエだが、腰が抜けていて立ち上がることすら出来ないでいた。

「あいつが来る!またあの黒いあいつが!」

 取り乱すトキエ。何か、余程恐ろしい目にあったのだろう。

「なんか知らないけど、時間がない。君たち2人とも、早くこの屋敷から出てくれ。あと、その押し入れにいる何人かも連れてな。」

 スラスラと、2人に退室を命じるリュウト。?何を言っているの?押し入れにいる?ハッとするトキエとヘイタ。みんな、生きているの?ヘイタは玄関から見て2部屋目にある押し入れへと駆け寄る。そして、引き戸を開けると・・・いた。3人とも気を失ってはいるが、命には別状無さそうだ。

「何でわかったんですか?」

 ヘイタはおそるおそるリュウトを見る。今入ってきたばかりで、屋敷の中の状況などわかっていなかったはず。なのに何故わかったのか。もしや、あの女霊の仲間なのではないのか、とリュウトを疑ってしまうヘイタ。

「それは・・・」

 リュウトはトキエ等に会った直後、屋敷の中の気配を探っていた。今のリュウトには、この屋敷程度の広さなら、『生命エネルギー』を探り、どこに誰がいるか位のことは、ざっくりだがわかるようになっていた。それほどまでに、先日の戦闘は、強者とのぶつかりは、経験値が高かったのだ。

「『マムシの痛み、三里をかける』って事だよ。」

 出た!

 リュウト的には分かりやすく言ったつもりなのだが、しかし・・・例の如く、頭に?をつけるトキエとヘイタ。それよりも・・・

 リュウトは台所を探す。奥か?何やらそこに、もう1つ気配を感じるが、まあいい。とにかく準備をし、25を倒すことが先決だ。急ぎ台所を目指すリュウト。しかし、思ってたほど時間が足りなかった。先ほどリュウトが入ってきた窓の外に、影が見えたのだ。・・・くそっ、準備が間に合わなかったか・・・

「ぐひひひっ、待たせたなぁ。ここを自分の『還る』場所に選んだって訳かぁ?」

 追い付いた25。心なしか、少し息が上がっている。狙ってはいないが、どうやら予想以上に体力を削ることが出来たらしい。

「待て!この子達は見逃してもらえないか?その代わり、お前の相手は俺がしっかりしてやるから。」

 25にとっては、何のメリットもない交渉だが、一応言ってみる。

「ぐひへへっ、どのみち『古の血動』以外の人間はみんな『還る』んだ。なら今ここで引導を渡してやっても構わんだろう。」

 じわりじわりと迫り来る25。その時だった・・・

「オオオオオオオ・・・」

 低い声とともに黒い霧が1ヶ所に集まってきた。そしてそれは間も無く、人の形へと変わっていく。

「うわあああ、来たぁ・・・」

 悲鳴をあげるトキエ。ヘイタも口を半開きにし、ガタガタと震えている。しかし、リュウトと25はいたって平然としていた。何故なら、リュウトにとっての一番の脅威は25。25にとって一番興味があるのは、リュウトのもつ『アサミ』に関する情報だからだ。もはや、この程度の霊ではびくともしない。

「ぐひっ、邪魔だ。」

 右腕を突きだし、『生命エネルギー』の圧をかけ、怨霊を壁に張り付けにする25。つい数分前まで、散々自分達に恐怖を与えてきた怨霊を、全く異にも返さず圧倒する25を見て、トキエとヘイタは自分の未来を失いかける。

「なんなの~・・・なんなのよぉ・・・」

 トキエの消え入りそうな声。ヘイタもトキエの隣に座り込んでしまう。2人とも顔面蒼白、もはや叫びを上げる気力もない。この後、自分達がどんな目に遭わされるのか。想像も出来ない。いや、想像もしたくないというのが本音だろう。

 そんな2人を尻目に、25は怨霊に興味を持つ。

「ぐへへ、面白いのがいるなぁ。『生命エネルギー』の塊かぁ。」

 そう、結局『霊』とは器を無くしたエネルギーの塊そのものなのだ。1つの念に固執するあまり、片寄ったエネルギーが増幅し、残ってしまう。普通の人間にとってはかなりの脅威だろうが、『生命エネルギー』を操る者であれば対処ができる。特に『ナンバーホルダー』ともなれば、如何様にもできるだろう。

 今のうちに準備を進めるか・・・いや、助けるか・・・

 優しすぎるリュウト。正直、敵か味方かもわからない怨霊を助ける義理などない思うのだが・・・しかし、怨霊とはいえ女性が苦しんでいる姿を見ているのは、リュウトにとっては辛いことだったのだ。

 少し派手だが、狙いを定められないよう、側転とバック宙で25に接近するリュウト。そして、そのバック宙の最中足を伸ばし、上空からエネルギーを込めた蹴りを25の頭部に振り下ろす。まともに食らう25。痺れるリュウトの足。やはり・・・固い。しかし狙い通り、女霊の拘束は解かれた。驚いた様子の女霊。まさか助けられるとは思ってもいなかったのだろう。身動きがとれるようになった女霊は、直ぐ様身体を霧状にし姿を隠す。

「ぐひぃ・・・やってくれたなぁ。」

 25は右手を突き出す。衝撃波だ。しかし、あろうことかリュウトは避けられるのに避けもせずまともに正面から受ける。腕をクロスさせ、防御はしているものの、後ろに吹き飛ばされ、玄関から向かって一番の奥の部屋の襖に激突するリュウト。だが、これはリュウトの計算通りだった。何故なら、この部屋の隣は・・・目的の場所、台所だ。

 25は、追い討ちの衝撃斬を繰り出す。それを交わしながら台所に転がり着くリュウト。ざっと見渡し・・・有った。

 リュウトはそれらを持ち出し、悠然と25の前に現れる。

「さて、反撃開始といきますか。」

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