2ー2

 華やいでる表通りの喧騒とは違い、静まり返った薄暗い路地裏。飲食店の勝手口が多数存在し、幾つものゴミ箱が置かれている。そこにはいくつもの道が入り組んでいるが、人通りはまるでない。そこに先程の不良Cの怒号が響き渡る。

「おおっ!これからお前、どうなるかわかってるよな!」

 精一杯虚勢を張る不良C。だが、フードを目深に被った男は余裕の面持ちだ。何の脅威にも感じていないのだろう。何なら、少し口角が上がっている程だ。

「お前ら、相手を良く見るべきだったな。俺がお前らの様なチンピラにやられると思ってるのか?」

 自分の実力に余程の自信があるのだろう。不良たちを挑発し出すフード男。そんなやり取りをしている声が少し離れた所にいるリュウトの耳に入ってきた。・・・こっちか。少し入り組んだ路地裏だった為に、彼らを見失っていたのだ。声のする方へ慎重に足を運ぶリュウト。すると・・・いた。

「ああ?てめえ、調子に乗ったこと言ってっとただじゃ・・・」

 言いながらフード男に掴みかかろうとする不良A。そこへ・・・

「お前ら!早く『そいつ』から離れろ!」

 4人を視界に捕らえるなり声を上げるリュウト。何故なら、『あいつ』の『生命エネルギー』が目視でハッキリとわかるほど濃くなっていたからだ。まずい、やる気だ。

 フードの男が構えをとる。恐らく、格闘技の経験者なのだろう。隙のない、中々良い構えだ。しかし・・・

 フードの男は地面を蹴る。不良Aは急いで構えを取るが、一瞬遅かった。フード男の左フックを防げず、諸に顎に受けてしまう。一撃で意識を飛ばされ、崩れ落ちる不良A。

 次いでフード男は、不良Cに向かって颯爽と間合いを詰めると、右拳をみぞおちに捩じ込む。

「ぐはぁ!!」

 不良Cは苦しみの声を上げ、前のめりに倒れていく。

 残りは不良Bだ。構えもとらずにいる不良Bの顔面真正面を右ストレートで撃ち抜く。

「うぎゃっ!」

 痛みを伴う叫びが辺りに響く。叫びの主は・・・フード男だった。

「ぐへへ、痛そうだなぁ。どうかしたかぁ?」

 余裕の様子の不良B。見るとフード男の右手は血まみれだ。おそらく、骨まで深刻なダメージを受けているだろう。

 力を振り絞り、一歩二歩と後退りするフード男。筋肉質な他二人の不良達に比べ、不良Bは小太りで、どう見ても運動が得意そうな体型ではない。なので、簡単に倒せると思ってフード男は不良Bを最後に攻撃したのだが・・・まさか、こんな輩にこんな防御力があるなんて・・・思いもしていなかっただろう。

 くっ、言わんこっちゃない。リュウトはフード男を背に隠すように不良Bの前に歩み寄る。

「ここは俺に任せて早く逃げろ。そんで早く病院に行け。」

 不良Bから目を逸らさず、フード男に告げるリュウト。顔を歪め、痛みに耐えていたフード男は、これはありがたいとばかりに後退りし、その場から足早に立ち去る。

 ふう、取り敢えずは良しとするか・・・さて・・・この後どうするかな。

「ぐひ?・・・お前は確か、あの時の・・・」

 思い出した様に言う不良B。フード男を追う気配もない。

「ぐへへへへ・・・ここであったがなんとやら、だなぁ。」

 完全に興味がリュウトに向けられていた。そして下劣な笑いをした後、突如少し真顔になり・・・

「・・・『しおり様』は元気か?」

 と、口調を和らげリュウトに問いかけた。そう、『パープルクロウ』の上層部から末端まで、しおりの存在は正に『特別』だったのだ。今だに『様』をつけるところを見ると、彼等のしおりに対するその存在性は変わらないものなのだろう。

 !・・・こいつ!

 リュウトは『あの時』のことを思い出し、怒りの炎が灯った目で鋭く不良Bを睨むと・・・

「お前が・・・お前達がしおりの名を発するな!」

 と、殺意にも近い、憎悪に満ちた感情で声を上げていた。どうしても消すことの出来ない、あの時の記憶。しおりの・・・うっすらと金色に輝くあの瞳・・・

 あの頃のしおりは・・・しばらくの間声も出せなかった。自分の両手を見つめる度に、いつも泣いていた。それもこれも、こいつらが・・・

 わなわなと、怒りで身体を震わすリュウト。しかし、感情のまま殴りかかるほどリュウトは冷静さを欠いているわけでも、無鉄砲で無謀でもなかった。

「それは兎も角。いつ・・・からだ?お前が『そう』なったのは。」

 単刀直入に聞くリュウト。とりあえず乱れた心を建て直すため、少し時間を稼ぐ。心の乱れ、精神の乱れがそのまま『生命エネルギーのコントロール』に直結するからだ。

「ぐへへっ、お前が組織を潰したすぐ後だ。新しい組織にスカウトされてな。それにしても・・・俺が『どうなってるのか』わかるのか?どこで知ったか知らんが、話が早いなぁ。」

 顎に親指を当て、じっとリュウトを見定める不良B。

「丁度いい。あの時はお前らにあっさりやられてしまったからな。仕返しと腕試しをさせてもらうぞぉ。」

 そう言うと、不良Bは両腕を前に伸ばす。そして、横に広げたと思うと、直ぐ様閉じるように両腕を交差させる。

 なにかが来る・・・

 察したリュウトは慌ててかわす。その僅か後に後ろにあった鉄製のゴミ箱が『ドゴンッ』と音をたててへこむ。あろうことか、不良Bは手刀で衝撃波を生み出したのだ。次いで2回、手刀の衝撃斬を繰り出す不良B。うっすら確認できるエネルギーの斬撃を、これまた身体を捻ってかわすリュウト。目標を外した斬撃は、そのまま壁に衝突し、亀裂をつける。こいつ、強いぞ。それに、ここまで『特性』を引き出しているってことは・・・

「お前は・・・『覚醒』しているのか?」

 不良Bは、またしてもニタニタと笑う。

「ぐひはひ、『覚醒』に関しても知ってるみたいだな。そうだぁ。俺は『覚醒者』だぁ。『ナンバー25』のぉ、覚醒者だぁぁ!!」

 雄叫びをあげると、25は狂ったように四方八方にエネルギーの斬劇を飛ばす。自分の力を誇示する為だけの行為。その程度の攻撃、リュウトは難なくかわすが、かわすことの出来ない辺りの壁は悲鳴をあげる。このままでは騒ぎを嗅ぎ付け、人が集まってきてしまう。リュウトは意を決し、25の間合いに踏み込むと、エネルギーを込めた拳を繰り出す。こちらもダメージを受けるだろうが、25にも多少のダメージは与えられるはず。しかし・・・

 25はカサカサカサっと素早く真横にかわす。なんて速さだ・・・だがリュウトの攻撃は止まない。拳を振り切った後、そのまま体を回転させ、回し蹴りを繰り出す。25は後ろにかわすが横移動よりも断然反応は悪く、まともに顔面に受ける。ビリビリと足に衝撃を受けるリュウト。やはり・・・硬い。

 しかし、ダメージを受けたのはリュウトだけではなかった。25の右鼻から、ツーっと赤い液体が流れる。

 この防御力とあの動き、もしかしてこいつの『獣の特性』は・・・

「ぐへ?お前『生命エネルギー』を操れるのか?これは油断したなぁ。」

 右手の甲で血を拭いながら、さらにニタニタする25。駄目だ。正攻法では、ダメージは与えられても倒すことは出来ない。ミタマやショウリなら大して苦戦もしないような相手だろうが、リュウトにとっては十分難敵だ。『かぶり改札カモノハシ』ということか・・・

 とりあえず、この『場所』は都合が悪そうだ。もっと狭い場所・・・そして、他の人間を巻き込まなくて済みそうな場所はないものか・・・

 ・・・

 !そうだ。あそこなら・・・

 リュウトの頭の中に真っ先に現れたイメージ。狭い空間で人の居ないところ。リュウトの住んでいる街の、その外れにある、あの『屋敷』なら・・・絶好だ。

 リュウトは決めた。あそこが25との決戦の場だ。ともあれ、どうやって誘導するか。あまり考えている時間は無さそうだ。リュウトはある一人の『女性』を思い出す。

「・・・こんなとき、『アサミ』ならどうする?」

 ピクッ

 25は動きを止める。

「お前・・・『あの女』のことを言ってるのか?」

 さっきまでのふざけた口調ではなく、殺気の混じった声色でリュウトに問いかける。

 そう、25にとって『アサミ』は因縁のある相手だった。何故なら・・・『パープルクロウ』の殆どのメンバーは、その『アサミ』によって散々懲らしめられたからだ。当時の25も、その例外ではなかった。

「どこにいるんだぁ、あの女は。あの女にはたぁっぷりお返ししないとなぁ。今の俺の『力』ならそれも出来そうだしなぁ。」

 またしても下劣な声に戻り、下劣なことをいい始める。まあ、その力があったとしても『アサミ』をどうにか出来るとは思えないが・・・正に『アサミ』の戦闘力は『人外』だった。一瞬でやられた25にはわからないと思うが・・・

 しかし、これは使える。

「あ、アサミの居場所を教えるわけにはいかない。俺が殺されちまうからな。」

 焦った様子を敢えて見せるリュウト。本当はアサミが今どこにいるかなんて検討もつかないが・・・

「ぐひひっ、なら力ずくで聞くしかないなぁ。」

 ・・・乗ってきた。

「くそっ!」

 わざと背中を見せ、敵前逃亡を図ろうとするリュウト。・・・追ってこい・・・

「ぐひひっ、逃がすかぁ。」

 斬撃を飛ばしながら、リュウトを追い始める25。ここまではリュウトの計算通り。しかし、まさか・・・ここまで足が遅いとは・・・側動はかなり速いが、直進に至ってはもう目も当てられない。このままでは簡単に逃げてしまえる。

 なのでリュウトは、わざと転びそうになったり、靴紐を結ぶふりをしたり、はたまた疲れたふりをして壁にもたれたりと、来る斬撃をかわしながら距離を取りすぎない様に工夫していた。

 リュウトは後で後悔した。この時これだけの余裕があるのならしおりに連絡をとっておけばよかったと・・・

 そんなこんなの道中だったが、今や例の『屋敷』まで後少しというところまできていた。これまで、エネルギーを飛ばし続けながら追ってきた25。幸運なことに、リュウトは余力を残しつつ、25の体力を削ることが出来た。これならいけるかもしれない。

 『屋敷』が見えてきた。しかし・・・

 !!?

『屋敷』の前にマイクロバスが1台停まっている。誰かいるのか?いや、この住宅街には大きい車の駐車エリアが無いため、仕方なくここに路上駐車しているだけだろう。全く迷惑な話だ。

 リュウトは後ろを振り返る。よし、付いてきてるな。25との距離を確認する。そして追って来やすい様に、分かりやすく『屋敷』の庭に入る。何故庭に入るか。それは空き家とはいえ、玄関のドアは間違いなく鍵が掛かっているだろうからである。そして足を踏み入れた庭先はというと、暫くの間手入れがされていなかったためか、雑草が生い茂っている。しかし、砕石の敷いてある歩道には人の歩ける道ができていた。その歩道は、ベランダの窓まで続いている。リュウトは走りながら砕石を1つ拾うと、そのまま眼前に見えている窓ガラスへ放り投げる。割るつもりだった。だが・・・

 バイーン・・・

 石が弾き飛ばされる。まるで、ガラスの前に何か薄い膜でもあるかのように・・・

「??なに?」

 割れない・・・ヒビ一つ付かない。まさか、特殊な強化ガラスを使っているのか?仕方ない。リュウトは正拳突きの構えをとり、『生命エネルギー』を右拳に集める。

「ハッ!」

 バリーン!

 リュウトの突きが鍵のある辺りのガラスをピンポイントで打ち抜く・・・つもりだったのだが、勢い余って窓ガラスの8割を粉々に粉砕してしまった。鍵を開けて中に入るつもりだったのだが、もうここまで壊してしまっては、残りを取り除いて入った方が早い。リュウトは足で残りを蹴破り、中に入る。

 25の到着には後1分程かかるだろう。今のうちに準備をしなくては・・・

 おそらくキッチンがあるであろう方に足を向けるリュウト。しかし、何かがおかしい。もしかして・・・まさか・・・

「誰か・・・いるのか?」

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