2ー1
今の時刻は夜の9時。
週末はこの時間でも、街の明かりは落ちることはない。いや、一層に、昼間よりきらびやかに見える。そんな街から少し離れたところに、閑静な住宅街がある。色々な形の屋根が連なるように存在するが、本当に繋がっている訳ではない。それほどに寄り添って見えるのだ。
しかし、その中でも、異質を放っている家が一軒、町外れに建っていた。
そして、その建家の中では、今まさに危機を向かえている男女数名の姿があった。
「ちょっと!どういう事よ!」
怒鳴る少女。いや、恐怖のあまりつい大きい声が出てしまったという感じだ。
「いや、こんなはずじゃ・・・とにかく、ここから出ないと!」
眼鏡を掛けた、か細い青年も慌てた様子を隠しきれない。
彼らはいわゆる『幽霊屋敷』を調査する、テレビ関係の人間たちだ。ゴールデンタイムに2時間の特番を組む予定で、そのリハーサルの為この屋敷を訪れたのだ。カメラマン、音声、ディレクター各1人ずつと、話題性を出すための清純派アイドルが1人、そしてそのマネージャー、合計5人でこの屋敷に立ち入ったのだが・・・まさか、本物の『幽霊屋敷』だったとは・・・
玄関から入ってきたのに、出口がない。というのも、玄関も勝手口も窓も『鍵が掛かっていないのに開かない』のだ。扉を試しに蹴破ろうとも窓を割ろうともしたのだが、どちらも無理だった。まるで見えない、薄く硬い壁に遮られている様だ。しかし、恐怖はそこではない。5名いたはずのメンバーは今や、アイドルの『トキエ』とマネージャーの『ヘイタ』しか残っていない。他は1人また1人と『消えて」しまったのだ。
「もう嫌だよぉ・・・早く家に、帰りたいよぉ・・・」
泣き出しそうなトキエ。そして、そのままその場に座り込んでしまう。
屋敷と言うだけあって、平屋であってもこの建家の敷地は広い。5つの部屋が有り、襖で仕切られているが、全ての襖を開いた状態にすると奥の部屋まで繋がるようになっている。そして、その奥の部屋の隣にはもう一室有り、そこが台所なのだが・・・そこから物音、いや、声が聞こえてくる。
「おおおおおおおおおおおおお・・・」
「いや!またあの声だ!」
怯えるトキエ。ヘイタも目を丸め、声のする方を見る。あの声が聞こえた時、誰かが居なくなる。先の3人もそうだった。1人また1人と、『黒い手』に捕まりどこかに連れ去られてしまった。もしかすると、もう命を奪われているかもしれない。はたまた、もっとひどい目にあっているかもしれない。
その声はどんどん近づいてくる。もう腰が抜けて動くことも出来ないトキエ。何とか近くの窓を開けようと努力するヘイタ。しかし、無情にもその声は2人のすぐ側まで来ていた。
黒い影のようなものがユラユラと動いている。
逃げられ・・・ない。
「助・・・けて・・・助けて・・・」
消え入りそうな声で懇願するトキエ。
その時だった。
パリーン!ドタタタ!
外から窓を割り、誰かが飛び込んできた。
~約4時間前~
キーンコーンカーンコーン
定時を知らせるチャイムが工場内に鳴り響く。リュウトは周りにいる先輩たちに挨拶を済ませると、疲れた身体を押し、更衣室へ向かう。手早く帰り仕度を済ませ、タイムカードを機械に通そうとしたとき、1人の先輩が声をかけてきた。
「おい、リュウト。また来てるぞ。」
半ば嫌そうな感じで言う先輩。何故だかはリュウトには分かっていた。玄関を通して、門の方に目をやると・・・やっぱり。2m越えの、岩の塊の様な男の姿が確認できる。ショウリだ。この前の日曜日のあの日以来、ショウリは毎日リュウトを迎えに来ていた。目的は、ミタマ達の元に連れていくためだ。まあリュウト的には誰が迎えに来ても構わないのだが。先輩は違った。
「おい、今日もあのマッチョかよ。目の保養になんねえよ!」
と、急に切れられた。・・・そんなこと言われても・・・どうやら先輩は、しおりを如何わしい目で見ていたらしい。
兎に角、リュウトはショウリと合流する。
「待たせたな。」
と、軽く挨拶をし、共に糸子のマンションに向かう。
到着すると、マンションの入口に糸子の助手の『麗子』が立っていた。
「お待ちしておりました。どうぞお入り下さい。」
丁寧にそう言うと、セキュリティを解除し、入口の自動ドアを開ける。麗子とはミタマ達がこのマンションに住むようになった翌日に会った。その日もショウリと2人でこのマンションに訪れたのだが、見たことのない女性が入口で待ち構えていた。年の頃は20代前半。腰まである長い髪。ふくよかな体型。しかし、決して太っているという意味ではなく、出てるところが立派に出ているということだ。服装は少し露出が多いが、清楚な感じ。良く言う『美人』というやつだ。自分よりもかなり年下の糸子に敬語を使ったり、『博士』と呼んだりしているところを見ると、研究所内での上下関係が良くわかる。
「麗子さんはとても頼りになるお姉さんです。このマンションの事といい、色々助けてもらってます。なので、皆さんも信頼して下さい。」
自信満々といった様子で糸子は言っていた。余程の信頼を寄せているようだ。
麗子に促されるまま中に入る2人。そしてそのままエレベーターに乗り、糸子の住まうフロアまで上がる。エレベーターから降りると、迷いなく糸子の住まいのドアのまで行き、インターホンを押す。
「はーい。今開けますね。」
備え付けのカメラで2人のことが分かったのだろう。カチャリと鍵の開く音が聞こえた。ショウリは扉を開け中に入り、リュウトもその後に続く。玄関には誰も居ない。どうやら遠隔操作で鍵を開けたらしい。リビングに辿り着くと、3人の少女が2人の到着を待っていた。
「リュウ兄お疲れ様ぁ!あたしの隣空いてるよ。」
「リュウトさん。お待ちしてましたよ。」
部屋に入るなり声をかけてくるしおりと糸子。
「リュウ坊、今日も来てくれたのかえ。嬉しいのう。」
そして、あどけない笑顔でリュウトに声をかけてくるミタマ。とてもじゃないが、ショウリが居なければ来れないだろう。何せ、こんな破壊力のある、いわゆる『美少女』が3人もいては、いかにリュウトとは言え、目の前がくらくらしてしまう。
「今日のトレーニングも順調か?」
「まあねえ。」
リュウトはしおりに聞く。この数日間、しおりはミタマの指導を受けていた。どうもあの『暴走』の後、しおりの『生命エネルギー』は不安定になっていた。学校に行っている間は、何とか安定させている様なのだが、いざ家に帰るとエネルギーが溢れだしてしまうのだ。量は暴走時に比べれば僅かなのだが、問題はコントロールが出来ないということだ。なので、この数日間は糸子のところに泊まりがけでミタマの指導を受けに来ている。努力の買いもあり、コントロールのコツを掴みつつあるようだが、このままではそう遠くない未来、『覚醒』してしまうだろう。本人もその事に気づいている。
「リュウ兄、あたし今日も頑張ってるよ!褒めて褒めて!」
笑顔でリュウトに言い寄ってくるしおり。不安を隠しながら明るく振る舞うしおりを見て、少し痛々しく感じてしまうリュウト。
「ああ、良くやってるな。偉いぞ。」
「えへへ~。」
とろけるような顔をするしおり。その様子を見ていたミタマはニヤリと笑う。
「ほほう。前から思っておったのじゃが、しおり嬢ちゃんはリュウ坊の事を好いておるのかえ?」
ドキンッと胸が鳴るしおり。何てどストレートなことを言うのか。顔を真っ赤にし蒸気まで上げるしおりだが、リュウトは平然としていた。何故なら、リュウトはしおりの自分に対する感情を、兄妹愛の様なものだと思っていたからだ。
「とととととにかく・・・く、訓練の続きしよ!ミタマちゃん!」
あからさまに話を反らすしおり。自分の気持ちを知ってもらいたいのは山々なのだが、何よりリュウトの反応が怖いのだ。
「そうじゃな。では、また目を閉じ、深く呼吸するのじゃ。」
言われるまま、しおりは特訓に集中する。
5分程たった頃、ミタマは次の指示を出す。
「いつものように、己の中の獣に語りかけるのじゃ。まずは其奴の正体を見極めよ。」
そう、未だにしおりの中の『獣』が掴めずにいたのだ。あれだけの殺傷能力に特化した獣の特性。その正体が掴めなくては、この訓練の目的である『内なる獣との共存共鳴』は果たせない。そして、それがイコール『生命エネルギー』のコントロールに繋がるのだ。しかし、一朝一夕で出来る程簡単なことではないだろう。
ふとショウリの方を見ると、彼もあぐらをかき、目を閉じている。おそらく、ショウリもまた、自分の中の『獣』に語りかけているのだろう。更なる力を手にする為に。
2人の訓練の邪魔にならないよう、リュウトは糸子と今後について話始める。この数日間、糸子の住まいに通っているのはこれが目的であった。『ナンバーホルダー』達の組織が、今後どの様な形で世界を転覆させるつもりなのか。どうやって彼らに立ち向かうか。2人は想像を巡らせる。
しかし、どんなに様々な想像をしても、所詮は机上の空論。話はまとまらなかった。
そんなこんなのうちに、時刻はもう夜の8時を回っていた。
「もうこんな時間か。飲み物もないし。どれ、そこのコンビニで飲み物とちょとした食べ物買ってくるよ。」
リュウトはすくッと立ち上がり、玄関に向かう。
「あたしもいくぅ〜。」
どさくさに紛れ、腕を組にかかるしおり。
「駄目だ。お前はしっかりミタマ嬢の訓練を受けてなさい。」
ピシャリとたしなめるリュウト。
「は〜い。」
肩を落とし、ガッカリするしおり。リュウトはいそいそと部屋を出、エレベーターに乗り、一階の出入口の前まで来ると、麗子が立っていた。
「どうぞ、お気を付けて。」
丁寧な話口調だ。
「ありがとう。30分位で戻るよ。」
リュウト1人ではこのマンションに入ることはできない。したがって、セキュリティを解除できる誰かが居ないといけないのだ。
「あっ、そうだ。リュウトさん。これをお持ちになって下さい。」
麗子はリュウトに小さな『巾着』を渡す。
「?これは?」
リュウトは中を確認する。巾着のなかには小さな板が入っていた。
「まあ、一種のお守りみたいなものです。外出するときは今後、これを持ち歩いて下さい。それでは、いってらっしゃいませ。」
深々と頭を下げる麗子。糸子の信頼している麗子からのものでは、受け取らないわけにはいかない。
「大事にするよ。じゃあいってきます。」
そう言いながらマンションを後にするリュウト。このおよそ一時間後、リュウトはこの巾着を持っていて良かったと思うことになるのだった。
マンションから歩いて5分程のところにあるコンビニエンスストアで、リュウトは1人考えていた。自分が飲むのなら炭酸飲料でいいのだが、若い女子にはそれでいいのだろうか。若くはないがミタマは何を好むのか。ショウリは筋肉にいい飲料がいいのだろうか。
・・・筋肉にいい飲料って・・・
とりあえず、一通りの飲料水をかごに入れ、惣菜の方へ目を向ける。時間帯のせいなのか、殆どのものが売り切れていた。おにぎりが数個残っていたので、それを全部、といっても5個だけだが、かごに入れる。しかし、ショウリはこの程度では足りないだろう。リュウトは思い立ったように冷凍食品のコーナーに行くと、レンジで温めてすぐに食べられる麺類を数点手に取り、かごに入れていく。後は、女子が好きそうなチョコ系のお菓子とチップスを選びレジに向かう。
「ありがとうございました。またお越しください。」
丁寧な態度と口調のお兄さんが、リュウトにお釣りを渡しながら朗らかに言う。
そこそこの金額だったが、まあいい。
「どれ、戻るか。」
リュウトが足早に 外に出た直後だった。目の端に何かのいざこざを捉えた。パーカーのフードを目深に被った男が3人の不良に囲まれている。
「おいおいおいおい!どぉこに目ぇ付けてんだよコラ!ぶつかっといて謝りも無しか?ああ?」
精一杯凄む不良A。
「ぐひひっ、これゃお仕置きが必要だなぁ。」
気持ちの悪い笑い声をたてながら言う不良B。
「おお、ちょっと面貸せや。」
ぐいっと男の肩の辺りを掴み、路地裏に引っ張っていく不良C。他2人もその後に付いていく。
・・・?あの不良3人、確か・・・『パープルクロウ』の末端の構成員だったような・・・
リュウトはあの『空白の1ヶ月』の記憶を辿る。うん、やつぱりそうだ。
いや、それよりも何よりも・・・『あいつ』は・・・危険だ。
「やれやれ『飛んで逃げいるウォンバット』とは良くいったものだな。・・・はぁ、やるしかない・・・か。」
ちょっと買いすぎた飲料水がずしりと重いが、まあ仕方がない。心優しいリュウトは、『あいつ』から『彼等』を守るため、後を付ける事にした。今の時刻は夜の8時20分を少し回ったところだ。
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