2ー4

「ぐひひひっ。なんだぁ?それはぁ。」

 リュウトの容姿を見て、思わず笑ってしまう25。それもそのはず。左手には直径30cm程の鍋蓋を盾のように持ち、右手には円形の、直径26cm位のフライパンを持って立っているからだ。正に、張りぼての武器とでも言うべきか。この装備でどれ程の事ができるというのだろう。

「ああ・・・もう・・・だめだぁ。」

 リュウトが自棄になったのだと思ったのだろう。僅かな希望すら失われた気がしたトキエ。しかし、この装備にはそれなりの理由があった。おそらくこれなら、今の25と、互角程度に闘えるとリュウトは考えていたのだ。

 ニヤニヤしながら斬撃をリュウトに向かって飛ばす25。それをリュウトは、左手に持った鍋蓋で難なく飛んできた方向へと弾き返す。まさか自分に返ってくるとは思わなかった25。まともに左肩に受けてしまう。

「ぐへぇ!」

 初めて苦痛の声を上げた25。今までのリュウトの攻撃は、やはりあまり効いていなかったのだ。そう、リュウトの狙いはここにあった。手応えのない攻撃をいくら浴びせても倒すことはできない。だから相手の力を使うことにしたのだ。

「ぐぐひぃ、やってくれたなぁ。」

 久しぶりに感じた確かな痛み。そしてそれは徐々に怒りへと変わっていく。明らかに生命エネルギーが膨れ上がっている。まだそこまで力を残していたか。しかし、それも計算の内だった。元々体力を減らせたことの方が計算外と言えるからだ。そしてこの場所。こいつの特性は分かっている。ここなら25の動きを封じ込めないまでも、動きを読むことは出来ると考えていた。事実、リュウトの読みは当たっていた。25お得意の横移動も制限され、斬撃も直線上にしか繰り出せないこの空間(まあ壁や窓を壊されなければの話だが)。後はどうにか近づき、エネルギーを込める時間が取れれば、渾身の一撃を25の頭かみぞおちに喰らわせ倒すことが出来る。そして、その算段もリュウトの頭の中には出来上がっていた。だが、その前に・・・

「やられる前に一つ聞かせてもらえないか?あんたをスカウトした組織ってのは一体、何者なんだ?」

 そう、情報収集だ。恐らく25をスカウトしたのはキョウの組織だろう。しかし、キョウが直接、こんな奴に声をかけたとは考えにくい。ならば、一体誰が。それをリュウトは知りたいのだ。あくまでもこれはリュウトの勝手な想像だが、組織は頂点から下に枝分かれしている、いわゆるツリー状だと考えていた。ミタマよりも上位ナンバーがいるであろう頂点からその真下を叩くのは難しい。だからリュウトは下の方から敵の戦力を削いでいこうと思っていた。実際、糸子ともそう言う話はしている。どうしたらそれが出来るか、色々と思考していた最中、丁度いいタイミングでこの25が現れたのだ。ただ、何の準備もなく、リュウト一人でこの状況になってしまったのは予想だにしていなかったのだが。

「ぐひひっ、いいだろう。冥土の土産に教えてやる。」

 正に悪党のやられる前の台詞を口に出し、自ら死亡フラグを立ててくれる25。リュウトにとっては願ったり叶ったりだ。

「俺を誘ってくれたのは、『ナンバー18』の刻印を持つ男だ。彼はY市のマンションの地下に拠点を持っている。ぐひひっ、彼は怖いぞぉ。」

 ご丁寧に潜伏先まで教えてくれる25。取り敢えず、リュウトの知りたい情報は得ることができた。

 ・・・やるか・・・

 リュウトは構えをとる。それを見た25は警戒してしまう。先程、リュウトに攻撃を跳ね返されてしまったからだ。不用意に斬撃を飛ばすことは出来ない。これもリュウトの計算の内だった。攻撃に迷いを生じさせる。こと戦闘において、その時間は命取りになるのだ。

「いくぞ。」

 リュウトは25に向かって、一気に駆け寄る。と思いきや、畳二枚程前で急停止し、思い切り畳を踏みつける。すると、畳の端が少し浮き、それをリュウトは25目掛けて蹴り飛ばす。目掛けてといっても真正面ではない。少し正面から左側にだ。本能的に右にかわす25。しかし、そのまま壁にドンッとぶつかってしまう。狙い通り。リュウトはわかっていた。確かに25の横移動は素早いが、動きが大きいのだ。

 リュウトは更に間合いを詰める。焦ってすかさず斬撃を繰り出す25だが、リュウトは難なく鍋蓋で弾き飛ばす。行く宛てのない斬撃は、弧を描き、天井の一部を破壊した。リュウトは、右手に持つフライパンを下から上に思いっきり振り上げ、25の顎に食らわせる。

 ガキッ

 鈍い音をたて、顔が上向きになる25。手応え的に、あまりダメージを与えられていないが、この場合はそれでもいい。25が顔を正面に戻すまでの、この僅かな時間さえ稼げれば・・・

 リュウトは25のみぞおち1cm手前に拳を置き、足、腰、背中、肩の回転エネルギーを集約する。

 沈め・・・

 リュウトは渾身の一撃を撃ち込む。

 ドンッ!!

 鈍い音が辺りに響く。と同時に

「ぐひはぁ!」

 口から血を吐き、苦しみの声を吐き出す25。

 端から見れば決まったと思われる一撃だったが、リュウトの意見は違っていた。この手応え・・・

「なん・・・だと!」

 まずい!

 リュウトは咄嗟に腕をクロスさせ、防御の構えをとる。決めきれなかった。案の定、苦痛の顔の25だったが、左手で斬撃を繰り出してくる。思ったよりも重い攻撃が飛んできた為、リュウトは出来る限りの生命エネルギーを使わざるを得なかった。

 ガキンッ!

 後方に飛ばされるリュウト。そのまま背中で奥の部屋の壁に激突する。今回はわざと飛んだわけではないため、しっかりとダメージを受けてしまった。

「ぐひぃ、危なかったぞぉ。心臓を潰されているところだ。」

 そう、25はシャツの下に防弾チョッキを着込んでいたのだ。リュウトの攻撃は内部破壊の技。従って今回の場合は、防弾チョッキの内側、身体の表面から少し入ったところにしかダメージを与えられなかったのだ。心臓まで届いていない。あまりにも計算外のことだった。ここまで防御力が高い特性を持っているのにも関わらず、まさか更にこんな用心までしているとは。

 このままではやられる。今やリュウトの生命エネルギーは底を着きかけていた。

 を使わなければ・・・

 そう思っていたときだった。

 ドガンッ!

 玄関が勢いよく蹴破られる音が聞こえた。この建物にはエネルギーの膜が張り巡らせてあったはず。ということは、生命エネルギーを操れる誰かの仕業だろう。新手でも来たのか?もしそうだとしたら、いよいよまずい。

 ギシギシと床を軋ませながら迫り来る大きな岩のような影。

「こんな、ところ、で、何、してる?」

 聞いたことのある、独特な話し方。そう、リュウトの知っているあの人物だった。

 よかった・・・正に『汽笛の向こうに猿渡し』だ。

「何?何なの?嫌だよぉ。また凄いのが来たよぉ・・・」

 しかし、彼が何者か分からないトキエとヘイタは震えが止まらない。それも仕方のないことだろう。こんな場所で、こんなゴリゴリの筋肉を纏った大男が現れたのだ。初見であれば、普通の人間なら恐怖を感じずにはいられないだろう。

「ぐふぅ?誰だ?貴様は。」

 そう言いながら普通の人間とはいえない25は、挨拶代わりと言わんばかりに斬撃をその人物に飛ばした。しかし・・・

 バィィィン

 斬撃は命中するも、生命エネルギーの防御に阻まれ、かすり傷一つ付けられない。

「!?んはぁ?何だと?」

 あからさまに焦りの表情を見せる25。いくら体力が減っているとはいえ、こうもあっさり受け止められるとは思ってもいなかったようだ。それもそのはず。25では9に生命エネルギーで勝るはずがないのだ。そう、ショウリにとって今の攻撃は微風と何ら変わりはなかった。

「ん?お前、ナンバー、ホルダー、か。ナンバー、は、何だ?俺、は、9だ。」

 それを聞いたとたん、25は恐怖し、混乱する。それはそうだ。自分よりも圧倒的に小さい数字の持ち主、しかも一桁ナンバーホルダーが目の前にいて、未だ敵か味方かも分からないのだから。

「グヒッ、俺は・・・25だ。あんた、何しにここに来た?」

 恐る恐る、というよりまだ信じられないといった感じでショウリに聞く25。

「俺、は、そいつ、を、迎え、に、来た。お前、は、何し、てる?」

 まずい・・・

 25は焦る。たった今『還そう』としていた相手の仲間だと分かったからだ。タンクトップで隠れているため、25からショウリの数字は確認できないが、自分の攻撃を異にも介さず受け止められたのは事実。闘えば返り討ちに合うのは必至だった。

 逃げるか・・・

 しかし、それが許されるとは思えない。ならば・・・

 25はリュウトに向き帰り、斬撃を飛ばす。どうせやられるなら、せめてリュウトを道連れにするつもりだった。そして、あわよくばこれで隙を作り・・・

 飛んでくる斬撃を前に、リュウトは奥の手の構えをとる。

 その時だった。

「オオオオオオオ・・・」

 彼女が現れ、リュウトの前に両手を広げ立つ。

「あんた!何してんだ!」

 その直後、無惨に切り裂かれる霊。身を呈して、リュウトを・・・守ったのだ。

 彼女は嬉しかった。リュウトは自分を、怨霊であるのにも関わらず助けてくれた。しばらく感じたことのなかった、人の優しさをこの男性は与えてくれた。そんな人の為に、自分が盾になることができたのだ。怨霊になる前、元々は心優しかった彼女。そんなかつての自分を思い出すことが出来て、本当に嬉しかったのだ・・・

 真っ二つになり、床に転がる霊。それを見て、リュウトは罪悪感に襲われる。早く奥の手を使っていれば助けられることはなかったかもしれないのに・・・何を躊躇してたんだ俺は!

「・・・ありがとう。」

 霊にそう声をかけると、リュウトはスッと立ち上がる。

「おい、お前。何し、てる!」

 まず怒りを露にしたのはショウリだった。無事にリュウトを連れ帰らなければ、ミタマが怒る・・・いや、悲しむからだ。

「ぐひっ!いや・・・これは・・・」

 25の焦りがピークを迎えた。リュウトを道連れにすることが出来ず、且逃げることも出来ない。

 こうなれば玉砕覚悟でショウリに挑むしかない。25はショウリに向かい、構えをとる。

「待てよ・・・お前の相手は俺だろ?」

 静かな怒りと共に、25に近づいていくリュウト。・・・守りたかった・・・守れなかった・・・

 責任感?いや、リュウトにとっては義務に近い。せめて自分の周りにいる者は守る。そう誓っていたはずなのに・・・正直、12にやられた怪我も治っているわけではなく、今のダメージも軽くはない。

 しかし、リュウトの奥の手は一時的ではあるが、痛みを緩和させることが出来る。

「覚悟しろ。お前はこれから俺に、手も足も出ないからな。」

 

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