1ー16

「!ここは、リュウ兄の車の中?」

 意識を取り戻したしおり。地元に帰る道中でのことだった。時刻は夜の8時を越えている。暗く細い道を走っているのだが、まるで蛍のような電灯の明かりが、リュウトカーの行き先を照らしてくれていた。

「しおりちゃん?よかった。気がついたのね。」

 助手席から安堵の声をあげる糸子。

「無理はするなよ。あれだけの『生命エネルギー』を使ったんだ。もう少し休んでろよ。」

 安心したという様子の声で、気遣ってくれるリュウト。

 あたしたち、無事だったの?あの後何があったの?

 しおりは、意識を失う前のことをうっすらと覚えていた。

 確かあたしは・・・7の手下と12を切り刻んだ。

 止めどない罪悪感が胸に押し寄せるしおり。暴走していたとはいえ、手にかけてしまったのだ。『生命エネルギー』もしおりの一部。したがって、その感触ははっきりと覚えていた。あの、人の肉を切り裂く感触・・・そして、そこには情けの感情など一切なかったのだ。・・・あんなの、あたしじゃない!

 首を振り、なんとか忘れようとするが無理だった。

 何か別の事考えなきゃ。必死に記憶を巡らすしおり。

 ・・・ !

 ・・・そう言えば・・・

 はっきり覚えていた事がもう1つあった。それは、心から愛する人に、強く抱き締められた感触。先程までの罪悪感はどこえやら。みるみる顔がトマトの様に赤くなっていくしおり。

 ・・・ああ、もう一度きつく抱き締めてほしいよぉ・・・

 辛抱たまらず、リュウトにおねだりをしようとしたしおりだが、そんな雰囲気でない空気を察する。何か思うところがあるようなリュウトの表情。糸子に至っては、余程ショックな事があったのか、気落ちしている様に見える。訳がわからないしおりは、たまらず声をかける。

「ねぇ、何かあったの?」



 ~数時間前~


 凍りついた空間を、声で溶かしたのは糸子だった。

「ねえ!答えられないの?お兄ちゃん!」

 兄妹・・・

 そうだったのか・・・正直、かなり驚いたが、言われてみれば、何となく似ている。容姿だけじゃなく、その纏っている雰囲気も・・・

「お、おい、キョウ。お前が糸子ちゃんの・・・兄貴だったのか?」

 リュウトの問いに、決まりが悪そうな顔をするキョウは・・・

「ああ、そうだな・・・」

 と、少し答えずらそうに言う。

 ミタマは、口をパクパクさせている。しかし、それも仕方のないこと。ミタマにとっては、今日は驚きの連続だ。

「リュウ坊は統括の元仲間で、糸子嬢ちゃんは統括の妹?何なんじゃ、この関係図は・・・」

 7も気が気ではない。

「こ、これは失礼致しました!ま、まさか、妹君とは知らず。無礼にも『還そう』としてしまい、申し訳ありませんでした。」

 平謝りの7。ここまで恐れおののくとは・・・一体、7とキョウの力の差は、どれ程までに開いているのだろうか。

「いいさ。結果、傷1つつけていないのだからな。いや・・・つけられなかったのかな。」

 ここで、やっと糸子に視線を合わせるキョウ。

「大きく・・・なったな、糸。元気そうで何よりだ。」

 少し、はにかんだように微笑みながら言う。

「なによ・・・それ・・・そんなこと言われたって・・・なんの答えにもなってないよ!」

 懐かしいその顔に、思わず目線を反らしてしまう糸子。

「家を出た理由か。理由は・・・勿論それだけでは無いさ。あの後も、俺は母さんやお前を忘れた事など無い。本当だ。しかしな・・・俺達が家を出た理由、それだけは言えないな。」

 それを聞いた糸子は、睨み付けるように再びキョウに視線を戻す。

「何でよ。なんで言えないの?それじゃ納得出来るわけないじゃ無い!私がどれだけ・・・どれだけ恨んでたかわかる?お母さんが死んだあと、どれだけ苦しかったか。どれだけ・・・寂しかったか・・・」

 胸が張り裂けそう、そういった面持ちの糸子。余程辛い思いをしてきたのだろう。

「糸子ちゃん・・・」

 リュウトはわかってしまった。糸子の憎しみの根源。それは、地の底に着くほどの、どうしようもない寂しさであったことに。

 そして、おそらくキョウも気付いたのだろう。糸子に向ける眼差しが、妹を思う兄のものになっていた。

「・・・わかった。ならば一つだけ教えてやる。聞いたら後悔すると思って言わなかったが・・・いいか?そもそもの始まりは・・・お前なんだよ、糸。お前から始まったんだ。」

 !

 何だ?一体・・・どういうことだ?・・・

「どういう・・・こと?私の・・・せい?違うでしょ!人のせいにしないで!私が・・・私が何したっていうのよ!」

 混乱する糸子。それもそのはず、突然自分のせいにされてしまったのだ。当然、自分には何のことだか分からない。

「もう一度だけ言う。お前たちは隠れているんだ。糸、お前の研究所には有事の際のシェルターが備わっているだろう。あそこなら、恐らく手は回らない。必要なもの約二年分揃えてあそこにいろ。わかったな。」

 少し強い口調になるキョウ。妹を思う兄心なのだろう。なんとか巻き込みたく無いのだ。しかし、今の糸子にはその気持ちが届かない。

「『やっぱり』・・・。私の研究所に来てたのね・・・何よ!お兄ちゃんなんかに命令される覚えはないわ!私は・・・私は・・・」

 糸子は発明品の銃口をキョウに向ける。

「あなたたちに歯向かうわ!」

 強い決意と怯まない眼光。それをみたキョウは半ば諦めを感じる。そして、目線を糸子からリュウトに変えた。その眼差しは、『糸子を頼む』と言っているようにリュウトには感じられた。

「・・・そうか。忠告はしたぞ。」

 そう言うと、キョウは踵を返し、7に近づく。

「待って!お父さんは?お父さんも一緒なんでしょ?」

 必死に詰め寄ろうとする糸子。しかしその声は、キョウには届かなかった。

「いくぞ。」

 キョウは7の肩に手を当てる。すると・・・

 ギュン!

 一気に空高く舞い上がった。そして、そのまま直角に曲がり、あっという間に遠ざかっていく。

「??!飛んだ?」

 キョウの特性は何なのか。神社を消滅させた力といい、空を飛ぶ力といい・・・どんな獣の特性が備わっているのか。検討がつかない。

 二人の姿は、完全に見えなくなってしまった。その直後・・・

 !

 リュウト達は、周りの様子の変化に気づく。

 操り主だった7がいなくなった為か、操られていた死者達の身体が、ボロボロと崩れ落ちていっているのだ。それを見たミタマは、急いで自分の兄の元へ駆け寄る。

「兄様!」

 ミタマ兄も他の死者達同様、身体が崩れ落ちていく。まだかろうじて形があるうちに何とか駆けつけられた。

「ミタマ・・・か?」

 声を発するミタマ兄。どうやら7の術が解かれたようだ。

「兄様!兄様!」

 まるで、見た目のまま、子供の様に、顔をクシャクシャにして泣きじゃくるミタマ。

「今まで・・・すまなかったな・・・ミタマ・・・強く・・・生きろよ・・・」

 そう言うとミタマの頬に手を添え、そのまま風に消えていく。

「兄・・・様・・・」

 塵となり消えたミタマ兄。しかし頬には、確かに残る手の感触。ミタマは座り込んだまま、暫く動くことができなかった。



「そっか。キョウさん来てたんだ・・・ミタマちゃんも、大変だったんだね。」

 キョウは糸子同様、しおりからすれば従兄妹にあたる。従って、もちろんキョウの存在をしおりは知っていた。しかし、しおりがリュウトの会社に迎えに来るようになったのはしおりが高校生になってからである。故に、キョウがリュウトと一緒に働いていたという事実を知るよしはなかった。

「?そう言えば、ミタマちゃんとショウリさんは?」

 リュウトは左手親指で後方を指す。そこには、寝泊まりできる程の大きさの車、いわゆるキャンピングカーが、リュウトカーの後ろを拳60個分離れて走っている。そしてその運転席側、フロントライトの眩しさで見辛くはあるが、うっすらと運転手の姿が確認できた。

「ショウリさん、免許と車・・・持ってたんだ。」

 まあ、驚きはするよな。免許はともかく、車はどこに置いてあったのか。神社の周りには、リュウトカーの他に、車は無かったはず・・・まあ、タネを明かせば、実は、あの廃遊園地の建屋の中に隠しておいたのだ。『敵』に見つからないように・・・

 運転しているショウリ。ではミタマは何処にいるのだろうか。おそらくミタマは後ろに居るのだろう。助手席に姿は見えない。

「ミタマさん達には私のマンションに来てもらうことにしたの。しおりちゃん、意識ない時にあの神社壊されちゃたから。」

 そう、実は驚いたことに、あのマンションは一棟丸ごと糸子の所有物件だったのだ。しかし、年齢的に所有者の名義人になるのは難しいため、助手に手続き等をお願いしたそうだが・・・兎も角、空いている部屋を好きに使える権利を糸子は有している。

「そっか。住むとこ無くなっちゃたんなら仕方ないね。っという事は、糸ちゃんの住んでる階の、あの部屋?」

 しおりは糸子のマンションに頻繁に出入りしている。なので、どの部屋が空いているかの情報もわかっていたのだ。そして、その部屋がどんな部屋かも・・・

 ・・・あの部屋、リュウ兄とあたしの愛の巣にしようとしたのに・・・でも、いっか。あたしミタマちゃん好きだし、困ってるんなら仕方ないよね。それに、リュウ兄と一緒ならどこに住んでも、そこが愛の巣になるんだから・・・

 などと、勝手な妄想をするしおり。

 外の風景が見慣れた町並みになってきた。もう後20分も走れば糸子のマンションに着く。

「もうここまで帰ってきたんだ。・・・帰りにあの定食屋で『あんかけ』食べたかったな。」

 それを聞いたリュウトと糸子は口を紡ぐ。

「?どうしたの?」

 何やら不穏な空気を察したしおり。

「あのお店ね・・・無くなってたの。文字通り消滅してた・・・」

 目が点になるしおり。えっ、どういうこと?

「あんなこと出来るのは・・・きっとお兄ちゃんだ・・・ミタマさん達の棲みかを消しただけじゃ飽き足らず、あんないいお店まで・・・改めて・・・許せない!」

 憎悪にも近い感情の声色で言う糸子。きっと、中に居る人間も只では済まなかっただろう。あのお姉さんと店の主は無事だっただろうか。

 暫くして、糸子のマンションに到着した。リュウト達5人は車を降りると、入り口のセキュリティを通り、エレベーターで糸子の住む階へとたどり着いた。

「この奥が私の住まいです。ミタマさんとショウリさんはこちらになります。」

 エレベーターを降りて数歩程にある扉の前で糸子は言う。そして、おもむろにバックからカードキーを取り出し、扉に設置されているスキャナーに通す。

 ガチャ

 鍵の開いた音が聞こえた。

「ささっ、どうぞ中にお入りください。」

 みんなを中に通す糸子。しおり、ミタマ、ショウリの順に入る。リュウトは、少し間をおいてから後に続いた。

 ここの間取りは・・・かなり立派だ。広々としたリビング、開放的なダイニングキッチン、更には8畳程の部屋が3つも備わっている。ここ、糸子ちゃんの住まいより広くないか?まあ、1人で住むにはここは広すぎるのであろう。今の住まいででも、もて余している位なのだから。しかし・・・

「ごめんなさい。備え付けのエアコンと電灯と床暖房位しかなくて・・・家具とその他の家電は明日用意しますね。」

 申し訳なさそうに言う糸子。そう、テーブルや棚、冷蔵庫など必要とされるものが不足しているのだ。まあ、誰も住んでいなかったのだから当たり前と言えば当たり前か・・・

「いいのじゃいいのじゃ。屋根がある棲みかにありつけただけでも有り難いことじゃ。本当にいいのかえ?ここに妾達が住んでしもうて。」

 感謝と申し訳なさが混ざった物言いで糸子に言うミタマ。

「いいんですよ。身内がご迷惑をかけたんです。・・・あんな人でも私の兄ですから・・・どうぞ気兼ねなくお住まいください。あ、でも・・・」

 糸子はチラッと隣の部屋に目を移す。

「そこの部屋には、ちょっと荷物を置いてるんで・・・今日はもう遅いですから、明日退かしますね。」

 ミタマとショウリは、もちろん文句を言うわけがない。

「よいよい。妾達はこの一室だけでも十分じゃえ。荷物はそのままでもよいぞえ。」

 広々としたリビングの上、クルクルと回り、上機嫌のミタマ。その様子はとても可憐だ。

「いいえ、明日お片付けします。あっ、布団は予備があるので今から用意しますね。」

 そう言った後、いそいそと自分の住まいに戻る糸子。そして直ぐ様戻ってくる。

「お待たせしました。お布団です。」

 左右の手に握っていた『何か』を床に放り投げる糸子。すると・・・あら不思議。布団が二組出現したではありませんか。

 度肝を抜く糸子以外の面々。まるで魔法だ。

「私の発明品の1つ。『どこでも布団ちゃん』です。」

 もうこの子は天才の域を超えている。どういう理屈で、いや、どれ程の知恵と技術でこういったものが創れるのか・・・

「全くもって、糸子嬢ちゃんの発明品はすごいのう。感謝感謝じゃえ。ところで、風呂はあるのかえ?いや、我が儘いってすまんのじゃが、ほれ、先程色々と汗をかいてもうたからのう。流したいのじゃえ。」

 まあ、分からなくはないが・・・

「大丈夫ですよ。水も給湯も使えるので。あっ、使い方教えますね。どうぞこちらへ。」

 糸子はミタマを浴室に案内する。

「おお、悪いのう。どれどれ・・・」

 申し訳ない気持ちもあるのだろうが、お風呂に入れる嬉しさからか、顔は飛びっきりの笑顔だ。 

 その様子を見ていたリュウトは、気が抜けたせいか、どっと身体に疲れが押し寄せてくるのを感じ、少しよろけてしまう。そんなリュウトの状態に気付いたしおり。

「リュウ兄大丈夫?・・・きょ、今日はここに泊まっていこうか?あたし、一晩中一緒にいるよ?」

 照れながらも、とんでもないことを言い出してくるしおり。まあ、リュウトの事を気遣っての事なのだろうが。

 しかし、リュウトはジロッとしおりを睨み付け・・・

「帰るぞ!」

 と、一喝する。

「・・・はい・・・」

 しゅんっと肩を落としながら返事するしおり。リュウトは、しおり以外の面々に声をかけ、しおりと一緒にマンションを出る。そして、しおりを車に乗せ、家まで送った。リュウトも一軒挟んで隣の自分の家に帰宅し、シャワーで汗を洗い流した後、ヨロヨロと階段を上がり、自分の部屋のベットに倒れこんだ。思っていた以上に疲れが溜まっていた様だ。明日も仕事だというのに・・・

 それにしても、俺はまだまだだな。

 自分の無力さを痛感するリュウト。それはなぜか。そうそれは、今日の戦闘でこの程度の傷で済んだのは、殆どが『運』によるものだったからだ。その決定的なのが、ミタマ兄との闘いだった。もし、操られている状態じゃなく、本人の『格闘センス』で闘われていたら・・・勝てなかった。そう思わせる場面があったからである。

 仕方ない・・・本当は嫌だが、『あの人』に教えを乞うしかないか・・・

 リュウトは決意する。守るべき、大切な人達のために・・・自身のレベルを上げなくてはいけない。『向こう山のアザラシ大将』とは良く言ったものだ・・・

 しかしあれだな、もっと振り返るべき出来事が今日は色々とあったのだか・・・もう限界。

 疲労がまぶたを無理やり下げようと、本領を発揮する。この力・・・最早、抗うことなどできない。

 そして・・・その間もなく、リュウトは深い眠りに入ってしまったのだった。


「親父、帰ったぞ。」

 ここは人里離れた山の中にある、とある研究施設。キョウは当たり前のようにここにたどり着くことができたが、『普通の人間』ではなかなか難しいだろう。何故なら、この施設の周りには鬱蒼とした樹木が生い茂っていて、その木々達は、まるで意思を持っているかの様に、いや、事実意思を持っているのだが、入り込んでくる人間達を惑わし、迷わせるからだ。そう、『古の血動』を除いては・・・

 研究施設といっても、外観上は古びた城の様にも見える。その中の、まるで『王の間』のように広い一室に『彼』はいた。その座っている椅子も『玉座』のように重々しい。

「糸子に会ったぞ。あいつ・・・母さんに似てきたな。」

 キョウは、嬉しいような、やりきれないような感じで言う。

「そうか・・・糸子に会ったのか。そうか・・・」

 やはり、何だかんだで自分の娘のことは気になるようだ。無表情だった顔に、微笑みの色をつける。

「一応、忠告はしておいた。まあ、あの感じじゃ素直に聞くとは思えないか・・・」

 やはり、兄として心配なのだ。これから自分達が起こす『活動』から、何とか遠ざけたいのだ。いや、恐らくまた会ったときにも同じ忠告をするのだろう。その時、この世界がどの様なことになっていたとしても・・・

「まあいい・・・誰であろうと我々は止められん。」

 『彼』は座っていた、玉座から腰をあげ、天を仰ぐ。

「さあ、始めるぞ・・・終焉と再生の計画を・・・」



 第一章   始まりの理由   完

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