1ー15
ゆっくりと、だが確実に7と12に近づいていくしおり。感情むき出しに飛びかかって行くよりも、逆に怖いものを感じる。まるで、ジワジワと間合いを詰め、敵を萎縮させていく、肉食の獣の様だ。
しかし、そんなしおりの行く手を遮る様に、その周りの地面が突然盛り上がる。そう、7の例の能力だ。
ボンッボンッボンッ
音を荒々しく立て、現れたのは・・・少し小振りではあるが、先程、ミタマと一戦を交わした『処刑人』3体だった。
「フハハハハッ!これはいい人質が出来ましたな。どうです?この娘を消されたくなければ、『統括』が来るまで大人しくしていてくれませぬか。」
卑怯な・・・
ミタマはグッと唇を噛み締める。ここはしおりを守る為にも、言うことを聞くしか無い。仕方なく、『焔のドレス』を解除する。
「クククッ、分かっていただけましたか。これで、我々の勝ちすな。このまま大人しく・・・?・・・おい、娘。そなたも動くな。・・・?おい!」
見ると、しおりは歩みを止めていなかった。そしてそのまま、ゆっくりと右手を横に開き、微風でも起こすかの様に、軽く自分の正面の空間を薙ぐ。すると・・・
ザグザグザグガグザグザグ・・・・・・
『処刑人』3体は、無残にも、何回も何回も切り裂かれていた。あまりにも一瞬の出来事。悲鳴すら上げられず、なす術なく、崩れ落ちていく『処刑人』達。その切り口は、まるで『獣』に引き裂かれた様だ。
この状況を見た、その場にいるみんなが凍りつく。
「なん・・・だと?・・・」
最初に口を開いたのは7だった。信じられない。そういった表情だ。何せ、あの『処刑人』一体でも、12と同等の力を持っていた。それなのに、それを3体まとめても、まるで意に返さなかったのである。12もショウリも唖然としている。目の前で起きている『これ』は一体なんなんだ?
「しおり嬢ちゃん・・・そなたは一体・・・いや。そなたに刻印されている『数字』は一体・・・何なのじゃ?」
驚愕のミタマ。『暴走』しているとはいえ、しおりは『覚醒』しているわけではない。その前に、『半覚醒』すらしていないのだ。なのに、・・・しおりのこの力は一体・・・ミタマも、7や12と同じ様に、しおりは自分よりも下位ナンバーだと思っていた。実に勝手な勘違い。しかし、勘違いするのも無理はない。本来、一桁ナンバー所有者がそんなあちこちいるわけではないからだ。
ジリッジリッと7と12に近づいていくしおりの、その胸元付近、つまりは『刻印』のある辺りが、いきなり輝き出す。その光は衣服を透過し、そこにある『数字』を浮かび上がらせる。そして・・・その『数字』を見た、その場にいる『ナンバーホルダー』達全員が度肝を抜く。
「!!・・・ナンバー・・・4・・・じゃと?」
声に出して驚くミタマ。しかし、それはただ驚いたわけではなく、焦りの感情も含まれていた。何故なら、もし、しおりが仮に『暴走』したとしても、いざとなれば力づくで止めればいいとミタマは思っていたからである。だが、自分よりも上位の『ナンバーホルダー』の『暴走』となれば話は別だ。このエネルギー量、そして先程の攻撃。間違いなく戦闘に長けた獣の特性。ナンバー6のミタマであっても、力で押さえつけるのはまず無理だろう。どうすればいいのか・・・
頭を抱えるミタマ。しかし・・・何故だろう。こんなに居心地のいいのは。糸子、ミタマ、ショウリ、各々が思っていた。7と12は、このエネルギーの『圧』で息苦しそうにしているのにも関わらず、糸子達3人はむしろ力が溢れて来る感じだ。きっと、『暴走』しているとはいえ、しおりには敵味方の分別が付いているのであろう。これは、守る為の『暴走』なのだ。
「・・・ん・・・」
意識を取り戻すリュウト。きっと、しおりの『生命エネルギー』がリュウトを癒したのかもしれない。
目を覚ましたリュウトが最初に目にしたのは、しおりに目を向けて不安そうな表情を浮かべている糸子の顔だった。
?・・・後頭部に感じる柔らかい感触。これは・・・そう、リュウトは糸子に膝枕されていたのだ。少しドキッとするリュウト。しかし、どうやらそれどころではなさそうだ。糸子の目線の先。しおりがただ事ではなくなっているのが目に入る。あれがミタマの言っていた『生命エネルギー』の『暴走』と言うやつか。リュウトは何故この状況になったのか大体察する。・・・俺のせいだな・・・
身体を起こそうとするリュウトだったが・・・
ズキッ!
背中に鋭い痛みが走る。なかなかの一撃を喰らってしまった様だ。
太ももに動きを感じ、リュウトの意識が戻ったことに気付いた糸子。
「リュウトさん・・・よかった。目を覚ましたんですね。」
天使の様な笑顔でリュウトの目覚めを喜ぶ糸子。しかし、それも束の間。すぐに険しい表情になり、今の現状をリュウトに伝える。
「しおりちゃんが大変なんです。『生命エネルギー』を暴走させたり、7の手下をあっという間に引き裂いたり・・・多分、この場にいる誰よりも攻撃的です。どうすれば止まるんだか・・・どうしましょう。」
糸子は今にも泣き出しそうだ。リュウトはやっとこさ上半身を起こすと、しおりと、しおりの周りを観察する。エネルギーがどんどんんと溢れ出しているしおりと、その周りで無残にも横たわる7の手下達。確かに『暴走』している様だ。
・・・『また』か・・・
そう、リュウトは3年前にもしおりの『暴走』を見ている。しかし、あの頃よりもタチが悪い・・・何故なら、今のしおりは『ナンバーホルダー』になってしまっているからだ。『暴走』により、『生命エネルギー』が強制的に増幅させられ、攻撃に関しては『獣の特性』が完全に引き出されてしまっている。
誰もが迂闊にしおりに近づけない。・・・一体どうすれば・・・
「くそ!いい加減にしろよ!ナンバー4とは言え、力の制御もできない奴にやられるかよ!」
もはや混乱し、玉砕覚悟でしおりに挑もうとする12。
「待つのじゃ12よ!ほんの後少しで『統括』がくる。それまで、時間稼ぎだけに集中せい!」
7の、必死の説得も12には聞こえていなかった。引き込まれる様にしおりに向かっていく12。全てのエネルギーを使い、右拳を覆うと渾身の一撃を繰り出す。しかし・・・届かない。まるで、しおりの1m前辺りに、見えない壁でも建っているようだ。どうやっても進めない12。その間に、しおりは右腕を上に力無く上げていた。そして・・・
「いかん!避けろ!12!」
振り下ろす。
ザクザクザクザクザクザクザクッ!
・・・遅かった・・・
12は切り裂かれる。ズタズタに・・・
そして、そのまま地面に崩れ落ちることなく、散りじりと『光の粒』になっていく。これが『還る』と言うことか・・・処刑人達が光に還らなかったのは、恐らく元が命を持たない死者だったからだろう。
完全に光に還った12。しおり以外の誰もが、呆然とその様子を見届ける。
それでもなお、まだ歩みを止めないしおり。このまま7を倒したとしても、しおりの暴走が止まるかどうか怪しいものだ。これ以上『飲まれる』前に止めなくては。リュウトは、以前しおりが暴走した時の事を思い出す。あの時、どうして暴走を止めることが出来たのか。確か・・・そうだ、あの時・・・
リュウトは、痛む身体を無理矢理起こし、立ち上がる。一か八か試さなきゃいけない事がある。一歩間違えば、もしかしたらしおりに『還されて』しまうかも知れない。でも、それでもやらなきゃいけないのだ。
自分の身体に鞭を打ち、しおりに駆け寄るリュウト。ある程度抵抗されると思っていたが、意外や意外、何の攻撃も受けず、アッサリと近づくことが出来た。そして、躊躇うことなく後ろからきつく、しおりを抱きしめるリュウト。先程から発していた、止めどないエネルギーが一瞬和らぐのがわかる。よし、ここで・・・
「しおり!このままじゃお前『冠オオカミ地に翔ける』になっちまうぞ!いいのか!」
必死に声をかけるリュウト。以前の『あの時』も、こうやって動きを封じて声をかけたのである。これで何とか治まってくれ!
決死のリュウトのハグに、しおりは・・・その温もりだけでも混乱していた。
ああ、リュウ兄に抱きしめられてる。ああん、幸せすぎるぅ。ずっとこのまま抱き締めてて〜・・・
目がグルグル回ってしまうしおり。そして、そこに例のことわざで畳みかけられてしまったのだ。こうなっては、『混乱』が『暴走』を越えてしまうのは仕方のないこと。しおりはそのまま、リュウトの腕の中でも気を失ってしまう。
ふう、よかった。なんとか、おさまったようだ。大量の『生命エネルギー』を放出し、疲弊しきっているはずのしおりの顔は、何故かニヤけていた。
しかし、一難去ってまた一難、もう一波乱起きてしまう。
ドゥーン・・・
突然、低い音をたててミタマ達の住処の半分が『消滅』する。そう、『破壊される』や『押し潰される』と言ったような表現は当てはまらない。正に消えてなくなったのだ。
「なんだぁ!これは!」
心臓が口から飛び出る思いで声を上げるリュウト。それ程に、突然の出来事。どれだけの兵器を使えばこんな真似ができるのか。
「いかん!来おったか!これは正しく『統括』の力じゃ!」
焦るミタマに、笑みをこぼす7。まさか、これを、こんな芸当を『生命エネルギー』の力のみでやったというのか。『統括』、どうやらとんでもない奴らしい。
「お主達は早くここから逃げよ!妾が出来るだけ時間を稼ぐぞえ!だから早く!急ぐのじゃ・・・」
ミタマは、どうやら自分を犠牲にするつもりだ。だが・・・
「無駄だよ。君では俺の相手にならない。」
突然背後から聞こえた声に、ギョッとするミタマ。しかし、振り返ることが出来ない。分かっているのだ。下手な抵抗が、即『死』に直結してしまうことに。それだけの力の差が、この2人の間にはあった。
ショウリも萎縮してしまっている。糸子は、両肘を抱え、うつむいてしまった。
「お待ちしておりましたぞ。『統括』。」
7は片膝をつき、深々と頭を下げる。
ミタマの陰で、『統括』の顔がよく見えないリュウト。少し身体を傾け、確認する。
!!
嘘・・・だろ。何でこいつがここに・・・
「お、おい・・・まさか、お前・・・『キョウ』か?」
目鼻立ちの整った、中性的な顔。長く、細い手足。まるでトップモデルの様な物腰。
一見は華奢な感じに見えるが、そうではない。長袖長ズボンで隠されているが、しなやかな筋肉が全身を包んでいるのだ。
パッと見、女性かと見間違う程の美しい容姿。『あの頃』より、髪は長くなっているが、間違いない・・・こいつは・・・
そう、そこに居たのはリュウトの知った顔だった。
「久しぶりだな。リュウ。」
当たり前のように、少し微笑みながらリュウトに声をかけるキョウ。
呆気にとられたのは、ミタマと7だった。
「統括、あの小僧はあなたの知り合いだったのですか?」
オドオドと聞いてくる7の顔をジッと睨むキョウ。
「ああ、そうだ。」
素っ気なく答える。
「リュウ坊、本当なのかえ?もしそうならば、まさかお主は・・・あやつの仲間なのかえ?」
悲しそうな顔でリュウトを見つめるミタマ。
「いや、『今は』違う。厳密に言えば、あいつは俺の『元同僚』だ。キョウは俺が今勤めている会社に同期で入社したんだ。お互い、切磋琢磨して己を高め合い、この会社を盛り立てて行こうなっていつも話してた仲だったんだけどな・・・それなのにこいつは・・・1年でやめちまったんだよな!」
怒りの眼差しをキョウに向けるリュウト。そして拳を握りしめ、つかつかと歩み寄っていく。
ゴッ
強烈な一撃をキョウの顔面に叩き込むリュウト。キョウは身体を捻らせ、後ろに吹き飛び、木に激突する。その様子を見た7は、リュウトに強い殺意を覚えた。
「貴様!統括に何を!・・・許せん!その行為は万死に値する!覚悟せよ!」
今残っているだけの『生命エネルギー』を全て集結させ、リュウトに襲いかかろうとする7。それを察したミタマは、リュウトを守る為の構えをとる。しかし、それを『やめろ』の一声で制止するキョウ。7はビクッと萎縮し、戦意を喪失する。
リュウトは、周りで起きている事はお構いなしに、更にキョウに向かって怒鳴り散らす。
「わかってんのか!俺や、先輩達はお前を信頼してたんだぞ!でも、きっとお前のことだから、どうしようもない理由ができて、仕方なく辞めてったんだろうってみんな思ってたんだ。それに、お前ならどこに行っても真っ当に働いてることだろうともな。・・・みんな信じてたんだよ!それなのに・・・お前、一体何やってんだよ!」
怒りと、悲しみに満ちた表情でキョウを睨みつけるリュウト。
「ああ、それに関しては・・・すまなかったな。しかしだな、元々長居するつもりはなかったんだよ。1ヶ月2ヶ月で去ろうと思っていたんだがな、あそこは居心地が良すぎた。思わず、予定より長く居てしまったよ。目的を忘れかけてしまうほどにな。」
ゆっくりと立ち上がり、ズボンについた埃を手でほろいながら言うキョウ。
「・・・何だよ。目的って。」
未だ敵意むき出しの状態で、キョウに向き合うリュウト。
「そうだな、簡単に言うと敵情視察といったところか。色々な会社に入り、仕事をしながら人間を観察する。そしてあわよくば『古の血動』を引き抜いたりもする。そして、最終的には・・・」
うつむき気味だった顔を振り上げ、キョウはリュウトの目を矢で射抜くかのように、鋭い目線を放つ。
「『古の血動』以外の全人類を、全て光に『還す』。」
見開く目、開いた口が塞がらない。そんなこと・・・
「お前・・・自分で何言ってんだか分かってんのか?」
冗談に聞こえなかったキョウの台詞。どうやら本気で『人類淘汰』を考えている様に思われる。恐らく、組織にそれだけの力があると自負しているのだろう。しかし、そんな事が本当に可能なのか?
「特別に、お前達5人にだけは忠告しておいてやる。今から半年後、この世界は劇的に変わる。だから、今のうちに水や食料などの必要なものを1〜2年分揃えて安全な場所に身を隠せ。それだけの準備があればお前達は生き残れるだろう。」
それを聞いた7は目の色を変える。
「何故です!この者に甘過ぎやしませんか?先程はご自身の防御力を極端に下げ、ワザと一撃もらいますし、挙句此奴らを見逃すというのですか?」
7は納得いかないといった様子だ。確かに、キョウはリュウトに対して、かなり寛容だ。それは、誰の目から見ても確かだった。
「ああ、見逃す。何故なら・・・リュウは、数少ない『俺が認めた人間』のひとりだからな。それだけで十分だろう?」
冷徹で感情を帯びない目線を、7に向けて放つ。完全に殺気を撃ち込まれてしまった7は、もはや何も言えなくなってしまった。
そして、キョウは更にリュウト達にアドバイスを与えようとする。
「そうだ。あの建屋だ。あの建屋なら・・・」
そう話し始めた途端だった。
「それが・・・理由だったの?そんなのが・・・理由だったの?」
食い気味に、突然声を発する糸子。未だうつむいたままだが、何かしらの感情を抑えているのだろう。声が少し震えている。
「・・・」
キョウは喋るのをやめ、目線を合わせることなく、ただ黙って身体の側面で糸子の声の振動を受ける。
「ねえ、答えてよ。『人類を光に還す』って・・・それって私やお母さんを捨ててまでやらなきゃいけないことだったの?」
顔を上げ、叫ぶ様にキョウに訴えかける糸子。目からは・・・大粒の美しい雫が溢れでている。
?どういう事だろう。どうやら、糸子もキョウの事を前から知っている言い回しだが・・・
「・・・」
必死な糸子の顔すら見ようともせず、やはり何も応えないキョウ。
・・・!まさか・・・
「ねえ!何か言ってよ!・・・『お兄ちゃん』!」
・・・・・・?
!!!!!
その言葉の意味を理解した時、一瞬で 場の空気が凍りついてしまった・・・
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