1ー13

「何を訳のわからんことを!貴様なんぞと夫婦の契りを交わした覚えなぞ無いわ!穢らわしい!今の御時世、貴様の様な奴をストーカーというのじゃ!」

 完全に怒り心頭のミタマ。先程の『妻』発言が心底嫌だったらしい。まるで汚いものでも見るかの様に、そのリーダー格の男を睨む。

「えっ、ど、どういうこと?ミタマちゃん、あの人と?え??」

 混乱しているしおり。ミタマはキッパリ否定しているのだが、この2人の事情を知らない為、どの部分が正解で不正解なのか分からないでいるのだ。

「しおり嬢ちゃん、惑わんでええ。あやつはただのストーカーじゃ。何故ならな、あまり人前で言うのはどうかと思うかもしれんが・・・妾は未だ・・・生娘じゃえ。そんな男女としての関係を、ずっと拒絶してきた妾が、どうしてあやつと夫婦と言える?完全な狂言じゃえ!穢らわしい妄想じゃえ!」

 ミタマは両肘を抱え、身震いする。余程気持ち悪いらしい。

「酷いことを言うのう。まあいい。ワシの頭の中では、300年前から貴女はワシの妻なのじゃ。それも、今風に言えばラブラブじゃ。」

 ゾクゾクゾクッ

 ミタマは勿論、しおりと糸子、女子2人も全身に鳥肌が立つ。なるほど、こいつはかなりまずい奴だ。戦闘能力の高い変態。ろくなもんじゃない。しかも、300年以上生きているという事は、こいつも『覚醒者』なのだろう。こんな奴と、ウチの妹分『2人』を関わらせたくはない。リュウトは咄嗟に声を上げる。

「あっ!ガスの元栓、締め忘れた!早く帰らなきゃ!さあ、みんな!行くぞ!」

 そう言うとリュウトは、しおり、糸子、ミタマ、ショウリを引き連れ、『サーセン、サーセン』と言いながら変態の横を通り過ぎていこうとする。しかし、そううまくいくものじゃなかった。フットワークの軽い格好の、年齢不詳男が行く手を阻む。くっ、いけると思ったのに・・・

「行かせる訳ないだろ!これからお前達、ミタマ様以外の奴らは、全員『還す』からな。覚悟しろや!」

 ?・・・かえす?

「いや、え?帰らせてくれんの?」

 リュウトの言葉に、イラッとする年齢不詳男。

「『帰す』じゃなくて『還す』だ!俺たち『ナンバーホルダー』にやられた奴は光の粒になるんだよ!それを俺たちは『還す』って言ってんだ!分かんねえなら、お前で試してやろうか?あ?」

 ・・・なんか、ガラが悪いな。この人。いや、それよりも何よりも、光の粒になるって何だ?どう言う原理だ?意味がわからず、リュウトは首を傾げる。どうやら『ナンバーホルダー』に関して、まだまだ知らないことが多い様だ。

 そんなやりとりを、リュウトの左斜め後ろで見ていたミタマは、年齢不詳男の、その目に余る態度の悪さを目の当たりにし、ツゥーっと目を細める。

「言うのう。ならば、妾がお主を『還して』やろうかえ?」

 殺気を放ちながら、ニヤリと笑うミタマ。

 木々の間から鳥達が一斉に飛び立つ。

 何という・・・殺気。

 その凄まじい殺気を受け、本能的に後方に飛び退く年齢不詳男。全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出している。

「何をしておるか12よ。お前ごときがミタマ様に敵うわけがなかろう。お前は9の相手をせい。」

 未だミタマの殺気にあてられ、息が荒い12は、唾をゴクリと飲み込み、深々と頷く。

「わ、わかりました。ナンバー7。」

 一瞬で老けた12は、ゼイゼイ言いながらも従順に7の言うことを聞く。

 12と7・・・と言うことは、この2人よりもミタマは強いということになるのだが・・・彼等は何しにきたのだろう?勝てない相手に闘いを申し込みに来たとも思えない。ということは、話し合いにでも来たのか?いや、12をショウリに当てがおうとしている時点で、穏便に済まそうとは思っていないということだ。しかし・・・もし闘いになったとしたら、彼等には、ミタマを攻略するだけの何か『策』があるのだろうか?見ていると何故か、余裕すら感じられる。

「さて、貴女の相手は『ワシ達』ですよ。」

 口元をいやらしく歪めながら、7がそう言うと、黒マントの1体がミタマの前に立つ。

「!・・・くっ、貴様はまたそうやって・・・妾の心を・・・」

 右手で自らの心臓の辺りを鷲掴みにし、明らかに動揺しまくるミタマ。7というよりも、目の前にいる黒マントを見ながら言っている。恐らく、いや、間違いなく、これが7のミタマ対策なのだ。一体、どの様な事情があるか知らないが、ミタマに対抗できるだけの何かを、この黒マントは持っているのだろう。

 それにしても・・・こいつらの目的は一体?ただ7の欲望だけで、ミタマを手に入れに来たのか?それとも、他に何か別の・・・

「何者なのか知らんが、貴様らは、その2人が相手してやる。『ナンバーホルダー』ではないが、どちらも『古の血動』じゃ。まあ、言っても分からんじゃろうがな。さて、果たして何分持つかのう。」

 そうリュウトに告げる7。どうやら、リュウト達の事は脅威とも何とも感じていない様だ。

 ・・・それよりも何よりも・・・もう戦闘モード突入ですか?『何かを渡せば見逃してやる』とか、『〜をすれば穏便に済ませてやる』とか、そういう話は一切無い。はなから戦闘が目的でここに来たということだ。

 ・・・何で?

 リュウトの疑問を察したのか、7は現状経緯の説明をしだす。

「すまんが、反乱分子を野放しにしておく程、ワシのおる組織は甘くないのじゃよ。ワシとしても不本意ではあるのじゃが・・・上からの命令でな。『反乱分子を探し出し、排除せよ』との通達が、組織の中で回っておるのじゃ。元々、命令が下る前からミタマ様を探していたワシは、ミタマ様だけは何とか許してもらえる様に口を利かせるつもりなのじゃがな・・・他の輩は・・・お前達は、この場にいた事を、運が悪かったと思って諦めてくれ。」

 多少申し訳なさそうに言う7。

 ・・・諦める?ふざけるな!どんなに困難な状況だろうが絶対に切り抜けなきゃいけないんだ。俺は、しおりと糸子ちゃんを守り抜かなきゃいけない。例え、この身を投げ打ってでも・・・

 リュウトは既に決心していた。そして、覚悟を決めたリュウトの力は恐らく、誰も測ることができないだろう。

「まさか、貴様、『統括』に知らせたのかえ?」

 目を見開き、またしても動揺するミタマ。顔には、恐怖の色が浮かんでいた。

「ええ、伝えましたが?もう時期到着されるかと。」

 シレッと言う7。

「くっ、坊や達!早くここから逃げるぞえ!あやつが来たら・・・もうおしまいじゃ!」

 焦りを隠せないミタマ。どうやらとんでもない奴が近づいているらしい。ミタマの、その動揺っぷりを目の当たりにしてしまったショウリはつい逃走経路を目で探してしまう。

「させるかよ!」

 気づいた12が、先陣を切ってショウリに襲いかかる。そして、これが闘いのゴングになってしまった。

 身軽に、飛ぶ様にショウリに接近した12は、右拳を顔目掛けて叩きつける。しかし、それを右腕でしっかり防御するショウリ。すぐに距離をとった12は、再びショウリに突進する。


「どれ、ワシ達も始めますかな。」

 ジリッと近寄る黒マントに、後退るミタマ。

「ゆけ!」

 その命令を聞き、黒マントは動く。直線的にミタマとの距離を一気に縮めると、右拳を振り上げ、振り下ろす。動きに無駄は無く、且つ素早い動作だったが、ミタマは難無くかわす。黒マントの拳は宙を薙ぎ、地面に当たる。その場所の石畳は粉々に砕け散り、風が舞い上がった。そして、その風圧で纏っていた黒マントが飛ばされていく。そこに居たのは・・・生気のない顔色をした、端正な顔立ちの青年だった。

「・・・兄様・・・」

 !!

 ミタマの・・・お兄さん?

 そう言うことか。ミタマの兄を味方に付けていたのか。確かにこれでは・・・心優しいミタマのことだ、実の兄に手を出す事はかなり難しいだろう。しかし・・・どうやって・・・それに、齢1500を越えるミタマの兄ということは・・・ミタマの兄も『古の血動』の覚醒者なのか?

「7!貴様だけは決して許さんぞ!兄様の亡骸を弄びおって!」

 亡・・・骸?まさか・・・

「良いではありませんか。死人を操る。それがワシの、ネクロマンサーの特権ですからな。それに・・・ワシだけでは貴女を止めれられませんですのでね。使えるものは何でも使いますよお。」

 からかうように、口元を歪めながら挑発する7。案の定、ミタマの瞳には怒りの色が浮かび上がっている。

「『使う』じゃと?貴様!兄様を・・・何だと思っておるのじゃ!」

 怒りに任せ、7に襲いかかるミタマ。しかし、やはりミタマ兄が立ち塞がる。

「くっ・・・」

 振り上げた拳を止めるミタマ。そして、後ろに飛び退く。

「退いてくだされ、兄様!死者とはいえ、妾は兄様を傷つけとう無いのです!」

 必死なミタマの叫び。しかし、ミタマ兄には届かない。

 攻撃できないミタマに対し、ミタマ兄の攻撃には遠慮が無い。蹴り、突き、頭突きあらゆる攻撃を繰り出し、ミタマの動きを止めている。ちゃんと闘えばミタマの方が強いのは明白だった。防戦一方にも関わらず、ミタマは殆どダメージを受けていないからだ。恐らく、7の目的は・・・削る事だろう。ミタマのエネルギーを少しずつ減らしていき、いざ自分のエネルギー量よりも低くなった時を見計らってから、自ら手でミタマを倒すつもりなのだ。・・・策士というか・・・卑怯者の領域だ。

 ・・・そんな事は・・・させん!

 ミタマとミタマ兄の間に割って入る『リュウト』。

「リュウ坊、お主どうして・・・嬢ちゃん達はどうしたえ?敵2人は?」

 そう言いながら、しおり達のいる方へ目を向けるミタマ。

 !!

「あっちはもう、済んだ。」

 ミタマ兄から視線を逸らさず、ボソッと言うリュウト。そう、ミタマの視線の先にあったもの。それは、倒れている2人の男と、元気そうに手を振るしおりと糸子の姿であった。7もその状況に気付く。

「何・・・者じゃ?貴様・・・貴様も『ナンバーホルダー』だったのか?」

 一筋の汗を頬に伝わらせながら、リュウトを睨む7。

「俺は・・・違う。俺は『ナンバーホルダー』でも『古の血動』でも無い。俺は・・・『舵取り鰻の散歩道』よろしく!いち工場作業員だ!文句あるか!」

 ちょっと怒り口調になるリュウト。


 〜約2分程前〜

 12が戦闘の狼煙を上げた直後、既にリュウトは動いていた。この勝負は時間をかけてはいけない。今回の場合は、敵の戦闘能力を時間をかけて分析するよりも、そもそも能力を使わせないということが重要であるからだ。

 リュウトは黒マントの1体にゆらりと近づいていき、ある一定の距離になると、一気に間合いを詰める。油断もあったのだろう。その動きについていけなかった黒マント1。リュウトの右掌は、既に黒マント1の額に置かれていた。

「眠れ・・・」

 足首、膝、腰、背中、肩を連動して捻り、その回転エネルギーを右掌に集約し、撃ち込む。

 ドンッ!

 鈍い音が黒マント1の頭の中で起こる。膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れ、動かなくなった黒マント1。そう、一撃で仕留めたのだ。勿論、その状況に気付いている黒マント2は、急いでマントを脱ぎ捨る。マントの下にいたのは、細身だが筋肉のしっかりついた生気のない顔色の男だった。身構える元黒マント。その間に、リュウトも着ているロングコートの袖口から滑らせるよう武器を取り出していた。そして、一閃。

 寸でのところでかわした・・・つもりだった元黒マント。しかし、腕のリーチよりも長いリュウトの攻撃は、元黒マントの肩にヒットする。リュウトの愛用武器は『トンファー』だ。その漆黒の棒身は、全てをねじ伏せたいと、血に飢えた獣の牙の様に、滑りと光っている。

 これはまずいと、後ろに飛び退く元黒マント。たが、背後にはしおりが待ち構えていた。しおりは、鋭いローキックを繰り出す。

 シュッ!

 空を切る音。元黒マントは屈むようにかわす。そこに、地面から伸びてくるようなリュウトのアッパーカット。硬いトンファーを握っている為、当たれば威力は通常アッパーよりも強力だ。元黒マントは、慌てて体を後ろに反らす。当たらない。しかし、これらの攻撃は全て、次の攻撃の為の伏線にすぎなかった。

 後ろに体を反らすと読んでいた糸子は、既にその位置に反エネルギーボールを2発、発射していた。

 ボボンッ!

 どちらも命中!

 2発も当たれば十分だ。『古の血動』とは言え、『ナンバーホルダー』では無いのだから。

 案の定、動きが止まる元黒マント。そこにリュウトの攻撃が炸裂する。トンファーによる顎、みぞおち、両膝の乱打。

 声を発することも無く、沈んでいく元黒マント。狙い通り、相手に能力を使わせる前に倒すことが出来た。リュウト、しおり、糸子の見事な連携が導いた勝利だった。


 〜現在〜

「あの兄ちゃんは俺が相手をする。あんたは7を何とかしてくれ。」

 そう言うと、リュウトはゆらりと戦闘態勢に入る。しかし、この状況であっても7は、何としてもミタマのエネルギーを削ろうと考える。

「よい。其奴の相手はワシがする。お前はミタマ様を狙え!」

 ・・・そうきたか。だが、リュウトはそうくることも考えに入れていた。だからこそ、ミタマの前に立ち、ミタマ兄との間合いを詰めていたのだから。・・・もう遅い!

 まるで瞬間移動でもしたかのように、あっという間にミタマ兄の目の前、そして自身の攻撃間合いの位置まで距離を縮めるリュウト。

「!!?」

 その動きに驚くミタマと7。

「無拍子・・・じゃと?」

 目を丸くするミタマ。リュウトの今の動きを瞬時に見抜いたのだ。

「喰らえ!」

 先程の黒マント1に浴びせた様な掌底を、ミタマ兄のみぞおちに撃ち込むリュウト。まともに喰らい、その場に片膝をつくミタマ兄。効いている・・・が、まだ動ける様だ。リュウトは少し距離をとる。

「無拍子からの・・・発勁・・・リュウ坊・・・お主、本当に何者じゃ?」

 『ナンバーホルダー』ではないリュウトの、そのあまりにも常人離れした動きを見て、ミタマは驚きの声を発する。

「くっ、こんな隠し球をミタマ様が持っているとは・・・」

 焦りが表情に表れる7。しかし、実はリュウトにはもう余裕がなかった。早く、決めなくては・・・

「さあ、いくぞ。次で決めてやる!」

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