1ー12

「じゃあまず、『ナンバーホルダー』って何なの?」

 一番根本的な、聞かなくてはいけない質問をミタマにぶつけるしおり。ミタマは、少し考える仕草をとる。

「うむ、『ナンバーホルダーとは』、かえ。・・・そうじゃな。『ナンバーホルダ ー』とはな、己の『生命エネルギー』を増幅させることと、操ることを許された者達の総称じゃ。」

 更に続けるミタマ。

「そして、その力は数が小さくなっていくほど強力になるじゃ。例えばな・・・」

 そう言うと、ミタマは立ち上がり座っていたソフアーの肘掛けに右足を置き、自らの内太ももを露にする。

 ぎょっとするリュウト。しかし・・・これは・・・

「ショウリの『9』よりも、妾の『6』の方がエネルギー量が大きいということじゃ。」

 膝と付け根の間、どちらかと言えば付け根寄り辺りの内太ももに、数字の6が刻印されている。

 ずいっと近づき、マジマジと見るリュウト。数字は違えど、これはしおり、そしてショウリにあるものと同じ刻印の様だ。しおりは左右の鎖骨の真ん中より少し下、ショウリは右胸、そしてミタマは右内太もも、発現する場所は人によって違うようだ。しおりの時同様、また数字に触ろうとするリュウト。すると・・・

 こほん!

 こほん!こほん!

 背後からしおり、糸子2人の咳払いが聞こえてくる。

 それを聞いて、ハッと我に帰るリュウト。そして、汗をダラダラかき始める。・・・またしても・・・何をやってるんだ?俺は!

「リュウ兄、何してるの?何しようとしたの?みんなの見てる前で。」

 目を細め、ジーっとリュウトの後ろ姿を見つめるしおり。糸子も同じ感じだ。

「・・・変態さんですね。」

 ボソッと言う糸子。

 グサッ!!

 まるで、伝説の聖なる剣的な何かで胸を突き刺されたような痛みを感じるリュウト。そして、恐る恐るミタマの顔を見上げる。

「う~む、ここまでの至近距離でそうマジマジと見られては、さすがの妾も恥ずかしいぞえ。」

 少し顔を赤らめながら言うミタマ。更に罪悪感もプラスされるリュウト。

 おずおずと元の位置に座り、うつ向き、暗い影を落とす。

「・・・ごめんなさい・・・」

 リュウトは、ボソボソっと言う。

 どんよりとした空気が室内を包む。

 ミタマは、元居たリュウトの隣の席に座り直すと、少し顔をリュウトに近づけ、フォローの言葉をかけてくれる。

「まあよいよい。邪な眼で見ていた訳ではなさそうじゃしな。それに妾も少し無防備過ぎたえ。以後気を付けるぞえ。」

 しおり、糸子も、リュウトのそのあまりの落ち込み様を見て、可哀想に思い、慌てて励まし始める。

「すみません。言い過ぎました。今の行為は、リュウトさんの好奇心がそうさせただけですよ。大丈夫です。」

 何が大丈夫なのだろう。確かに変な気を起こそうなどと、リュウトは毛頭思っていなかったが・・・好奇心で済めば警察はいらない。端から見たらどう思われるか・・・

「そうだよ。大丈夫だよ。だってリュウ兄、ミタマちゃんの太もも触った訳じゃないじゃない。リュウ兄は邪大魔王じゃないよ。・・・でも、もし触りたいっていうんであれば、その・・・あたしの触らしてあげるから・・・」

 照れながら言うしおり。それを聞いて、ぎょっとする糸子。何て大胆な・・・

 しかし、リュウトは別のところで引っかかっていた。邪大魔王って何だ?・・・

「おやおや、そなたが『ナンバーホルダー』なのかえ?」

 意外そうに、そして嬉しそうに、しおりに声をかけるミタマ。どうやら、今の会話で気付いたらしい。

「・・・うん。」

 しおりは素直に認める。しかし、ナンバーホルダーであることが、決して良いことではないと思っているせいか、気落ちした感じの返事だ。

「嬉しいのう。そなたの様な可愛らしい娘が妾と同じ『古の血動』であるとはえ。」

 可愛らしく、無邪気な笑顔をしおりに向けるミタマ。またわからない言葉が出てきた。

「何なの?その、古の・・・血動って・・・」

 代表して聞くしおり。『古の血動』・・・リュウト達3人の、全く聞いたこともない言葉だ。

「すまんすまん。そうじゃな。まずそこから説明せねばならんかったえ。」

 これはうっかりとばかりに謝るミタマ。

「『古の血動』とはな・・・まあ簡潔に説明するのであれば『人以外の獣の特性を有する者達のこと』、と言ったところだえ。遥か昔から存在しておってな。顕著に特性が扱えるものはごくわずかなのじゃが・・・皆それぞれ色々な呼ばれ方をされておったえ。」

 先程までの笑顔は消え、悲しげな表情になるミタマ。そして、少しの沈黙の後、また表情を和らげ、話始める。

「まあ、ともかくじゃ。どうやらこの『数字の刻印』は『古の血動』に起因している様なのじゃえ。」

 そう言うと、ミタマは自分の右太ももを擦る。

「わかるかえ?獣の特性を持つものが、その力を『生命エネルギー』で増幅させ、操れるのじゃ。もはや人として持てる力の範疇を越えてしまうえ。」

 それを聞き、落ち込むしおり。いや、落ち込むと言うよりは、怯えているように見える。

「じゃあ何?『ナンバーホルダー』は・・・あたしは人間じゃないってこと?」

 しおりは少し震えている。それは、自分が得たいも知れない『何か』になってしまったという恐怖からきているのだろう。

「安心せい。ベースが人の肉体である以上、間違いなく人間じゃ。妾が言っておるのは、精神力、生命力、そして『魂』の力のことじゃえ。それらの複合が『生命エネルギー』に繋がるのじゃ。」

 しおりの不安を和らげてあげるかのように、優しい眼差しと口調で話すミタマ。しかしその後、少し言いづらそうに続ける。

「だがな、バランスが大事なんじゃえ。多少のぐらつき位なら、まあ大丈夫なのじゃろうが、大きく気を乱すと・・・暴走する恐れがあるのじゃえ。」

 ゾクッとするしおり。リュウトと糸子も深刻な面持ちだ。

「じゃあ、あれだな。いつ、何があっても守ってやれる様に、俺が一生側にいてやるしかないな。」

 リュウトは、真剣な表情でしおりに言う。

 ドキッと胸を打たれたしおり。心臓が口から飛び出しそうになる。糸子は目を真ん丸にしている。

 それもそのはず、聞きようによってはプロポーズに聞こえる台詞だからだ。いや、むしろこの場合、そうとらえるのが自然だろう。しかし、やはりリュウトの思いは違っていた。『家族』として、『兄妹分』としてしおりを大切に思っているからでた台詞だったのだが・・・

「ほう、やはりお主もナンバーホルダーなのかえ?」

 どうやらミタマは最初からリュウトの方がナンバーホルダーだと思っていたらしい。

「いや、俺は違う。」

 しかし、あっさりとそれを否定するリュウト。

「・・・そうかえ。ならばしおり嬢ちゃんの一生に付き合うのは難しいのう。」

 ギッとミタマを睨みつけるしおり。折角いいところだったのに、何でそんなこと言うの?その殺気に気付いたミタマは話を続ける。

「なぜならの、『古の血動』のもう1つの特性が関係しているからじゃえ。それはな・・・力を覚醒させた者は、肉体的な老化が止まってしまうのじゃ。つまりは、その段階から歳を取らなくなると言うことじゃえ。」

 ミタマは立ち上がり、3人に正面を向ける。

「妾はいくつに見えるかえ?」

 突然の質問に3人は顔を見合わせる。どう見ても10代前半に見えるのだが・・・

「10・・・12、13才位かな・・・」

 糸子は、見たままの容姿に合わせた年齢を言う。しかし、それを聞いたミタマは、またしてもコロコロと笑う。

「若く見てもらえて嬉しいのう。だがな、妾は『古の血動』の覚醒者じゃえ。こう見えても齢1500を超えておる。」

 度肝を抜かれる3人。こんなに可憐んで可愛らしい女の子が、実は大大大先輩だなんて・・・俄かには信じられない。もしかしたら、嘘を言っているのか?しかし、ミタマにはここで嘘を言うメリットがない。

「『古の血動』にも段階があるのじゃ。妾は覚醒者だが、そこにいるショウリは半覚醒者じゃ。制限付きの『力』が扱えるが老化が止まるわけではない。そして、『古の血動』の中で大半を占めておるのが、しおり嬢ちゃんの様な未覚醒者じゃえ。」

 しおりはゴクリと唾を飲む。人間の知恵と獣の特性を併せ持ち、尚且つ肉体の時間が止まる。それは、確かに人の領分を超えている。

 しかし、しおりは思った。覚醒さえしなければ普通の人間として生きていけるのでは・・・

「覚醒さえしなければ・・・そう思っておったかえ?」

 しおりの表情を見て、その考えを読み取ったミタマ。そして、コクンとしおりは頷いた。

「確かに、『古の血動』自体稀有な存在なのだが、その多くは皆、未覚醒のまま生涯を終えておる。しかしな、『ナンバーホルダー』は別枠なのじゃえ。『刻印』の力で『生命エネルギー』を刺激されてしまっては、遅かれ早かれ覚醒してしまうじゃろう。半ば強制的にと言ってもよい。」

 せっかくの希望が打ち砕かれ、肩を落とすしおり。

 もしこの先、なにかの弾みで暴走する様なことがあったとしたら、大切な人達を傷つけてしまうかもしれない。ショウリの使っていたあんな力で・・・あんな力があたしにも使えるのだとしたら、数字の小さいあたしの方が強力なのだろう。いやだ!あたしはリュウ兄や糸ちゃんを傷付けたくない!

 葛藤しているしおりを見つめ、ミタマがある提案をする。

「そこでな。ものは相談なのじゃが・・・どうじゃ、お主達、妾と手を組まんかえ?そうすれば、しおり嬢ちゃんのことを妾が見てやれるしな。・・・まあ、強制はせんが・・・」

 言い終えた後、モジモジし出すミタマ。断られたらどうしようと思っているのだろう。その姿は、なんとも言えずかわいい・・・とは言え、リュウトは疑問に思う。

「手を組むも何も、一体何をする為にだ?共通の目的がなければ成立しないことだろ?・・・そういえば昨日、厄介な奴がどうとか言ってたけど、そいつが関係してるのか?」

 リュウトの鋭い質問を受け、ミタマは真顔になる。

「そうじゃ。其奴らの首領こそ、この『刻印』を生み出した者なのじゃ。そして、昨夜研究所を訪れた奴はその手下じゃえ。」

 手を組み、正面を睨むミタマ。

「奴らは、この世界を転覆させるつもりじゃ。どんな理由があるにせよ、妾はそんなことはさせん。つまりじゃ、この今の世界を守る為に手を組まんかと言うことじゃえ。奴らの中には、妾より上位ナンバーを有する奴もおるのでな。2人ではとても組織の中枢を叩くことは叶わんえ。そこでじゃ・・・」

 ミタマはゆっくり立ち上がり、糸子を見つめる。急に目が合い、戸惑う糸子。

「妾達は奴らに対抗出来うる『武器』を探す事にしたのじゃ。そしてたまたま『反エネルギー物質』の研究をしている場所の所在を掴んでな。これは使えると、向かったところでお主達に出会ったのじゃ。」

 なるほど。そういう事だったのか。確かにあの『武器』は、ナンバーホルダー相手にかなり有効だ。しかし・・・

「違いますよ!これは『武器』じゃなくて『発明品』です!本来、人相手に使うものではありません!」

 バッグの中から『それ』を取り出し、見せつけ、『武器』という言葉を否定する。そう、糸子は『それ』を災害発生時用の発明品と言い続けていた。見た目は完全に『武器』にしか見えないのだが・・・

「それかえ。ショウリのエネルギーを抑えた『発明品』というのは。流石の妾も驚いたぞえ。一晩休息を取れば元に戻るとはいえ、数時間もの間、エネルギーを抑え続けたのじゃからな。もっと他に発明品はないのかえ?」

 嬉々として糸子に問うミタマ。流石にここまで喜ばれては悪い気はしない。

「これ以外で、今持ってるのは『排泄物浄化下着』と『どこでも木槌くん』だけです。まあ、この2つはこの『発明品』の副産物なのですが。』

 少し照れながら言う糸子。この歳で、これだけの発明が出来るのは凄まじい事だ。リュウトは改めて関心する。そして、それはミタマも同じだった。

「凄いのう。どうじゃ、妾はその『発明品』をくれとは言わん。だからな、糸子嬢ちゃんがそれを使って、妾達を助けてくれんかえ。」

 糸子は少し考える素振りを見せるが、ミタマの目を見つめコクンと頷く。

「そうかそうか。頼もしいのう。」

 とても嬉しそうなミタマ。・・・まんまと乗せられている気がしなくもないが。

 しかし、ミタマには騙すとか、誘導するとか、そんな気は一切無いのだろう。話していてよく分かる。素直に喜びを表し、そして気遣いしながら、言葉を選んで話してくれる。そんなミタマと話していると、何故か心地よく、そして安心する。3人の気持ちはすでに固まっていた。

「・・・わかった。手を組もう。・・・しかし、だ・・・」

 リュウトには、どうしても譲れないことがある。それは・・・

「この2人には、危険なことをさせないようにしてもらいたい。絶対にだ!」

 真顔で、睨みつけるようにミタマを見つめるリュウト。その真剣な表情を見たミタマは、やはり真面目にこたえる。

「もちろんじゃ。やむを得ない場合以外、わざわざそんな事はさせんえ。お主達に、主に手を貸してもらいたいのは、情報収集と新たなる発明品の製作じゃえ 。まあ、リュウ坊にはそれ以外にも協力してもらいたいところじゃが。」

 ・・・リュウ坊って。いや、まあ年齢的には大先輩だからいいのだが・・・

「リュウ兄に危ない事させる気?」

 ジロリとミタマを睨むしおり。

「うむ・・・まあ、そうじゃな。リュウ坊は1桁ナンバーホルダーであるショウリにダメージを与えた男じゃからな。半覚醒者のショウリが相手だったとはいえ、実はな、それはかなり凄い事なのじゃえ。」

 リュウトを横目に見ながらしおりに言う。そして、右手を顎に当て、少し考えるミタマ。

「・・・お主、本当に『ナンバーホルダー』では無いのかえ?・・・どれ、妾が見てやろう。衣服を全部脱ぐがよい。」

 とんでも無いことを言い出してきた。

 何言ってんだ。この子。

 何言ってんだ。この子。

「仕方ないよ!脱ごう。リュウ兄!」

「ええ、早く脱いで下さい。」

 しおりと糸子は、ミタマの意見に同調し、乗っかってくる。こ、こいつら・・・

「いやに決まってるだろ!『色どりヤモリと徒競走』だとしても、俺に『刻印』は無いんだよ!無いものは無いんだ!」

 ぐあっと捲し立てるリュウト。その剣幕を見たミタマは、やれやれといったような表情を見せる。

「全く。訳のわからんことを言いおって。折角妾が隅から隅まで見てやろうというのに・・・困った子じゃなえ。」

 半ば呆れた感じで言うミタマ。

「そうだよ。困らせないでよ。わがまま言わないで、リュウ兄!」

「そうですね。わがままですね。わがまま小僧みたいですね。」

 またしても、すぐさま乗っかるしおりと糸子。・・・逃げなきゃ・・・

 リュウトは何とかこの場を逃れる方法を見つける為、周りをキョロキョロする。

 !そうだ。ショウリがいた。リュウトと同じ『漢』のショウリならば、きっと味方になってくれるに違いない。

 声を掛けようとしたリュウトだったが、ショウリの目線と目つきがおかしい事に気付き、言葉を飲み込む。神社の入り口方向を、殺気を込めた目つきで睨んでいる。

「・・・どうやら話はここまでのようじゃな。」

 気づけばミタマもショウリと同じ方向を見つめ、険しい表情をしていた。そして、3人の横を通り抜け、神社の入り口の扉の前まで行くと、バンッと一気に開く。ショウリも、いつの間にか立ち上がり、ミタマの後ろに立つ。リュウト達3人も、空いた扉の近くまで行き、外の様子を確認する。

 先程通った、神社の前にある300㎡程の、劣化の著しい石畳みの広間と階段。一見、誰もいない様に見えたのだが、階段の下から人の形が現れてくる。その数、5体。内3体は黒いフード付きマントで全身を覆っている。そしてもう2体は、身動きの取りやすい服装をしている年齢不詳の男と、道士のような出で立ちをしている中年の男だ。・・・恐らく、この道士風の男がこの中のリーダーなのだろう。全身を纏う空気が、他とは明らかに違う。

 それらは、広間の中央付近で立ち止まる。

「何しに来おった!お主達などお呼びでは無いぞえ!鬱陶しい!消えよ!」

 単刀直入に、散々言うミタマ。

 しかし、そんな台詞でも、ミタマの声を聞けたリーダー格の男はヨダレを垂らし、すぐに袖で拭き取る。そして・・・ニタリと笑う。

「会いたかった。逢いたかったぞ。我が妻よ・・・」

 ・・・・・・

 ・・・

 ・・・え〜〜!!!

 リュウト達3人は、声にならない驚きの声をあげる。


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