1ー9

 静まり返った研究所内。

 そこにまた、侵入者が現れる。その数5人。内3人は黒いフード付きのマントで全身を隠している。彼らは、壊されている裏口から研究所に入ると、何の迷いもなく、先程までリュウト達がいた部屋の前まで辿り着く。中に入るや否や、マントを身につけていない、リーダー格の『何か』が口を開く。

「逃げられたか・・・」

 軽くため息をつき、宙を仰ぐ。

「まあよい。引き上げるぞ。」

「ええっ、引き上げるんですかい?」

 黒マントを被っていない、もう1人が声を上げる。小柄でありながら、ガッシリとした体格、短髪で丸顔、見た目少年だか中年だか分からない年齢不詳な男だ。

「儂の言うことが聞けんのか?12よ・・・」

 目を細め、ジロリと12を睨むリーダー格の男。

「いえ、そうではないのですが・・・すんません。ナンバー7。」

 少し後退りながら答える12。どうやら、この2人も『ナンバーホルダー』の様だ。

「ただですね、まだ中に隠れてるかも知れないじゃないですか。」

 恐る恐る聞く12。しかし、7は首を振る。

「それは・・・無い。ここにある残留エネルギーは、およそ1時間前のものだ。遠に逃げているだろうよ。・・・しかし、何故か知らんが9の残留エネルギーは濃く残っておる。これなら・・・追える。」

 ニヤリと笑う7。その顔に怯える12。

「行くぞ。」

 そう言うと、7は12と3人の黒マントを引き連れ、研究所を出て行く。

 ・・・彼らの狙いは一体・・・



「なんか・・・大変な夜だったね。」

 しおりは、ぼ〜っとお菓子を食べながら言う。

 あの後、研究所を後にした3人は、糸子のマンション目指しがてら、途中コンビニに寄り、食料(主にお菓子)を調達した。そして帰って早々、リュウトをリビングに待たせ、しおりと糸子2人は、仲良く一緒にお風呂に入る。なかなかの長風呂だったが、リュウトはソファーに座り、携帯電話をいじりながら待った。どれ位の時間が過ぎただろう・・・サッパリと汗を洗い流した2人は、寝巻きに着替えていた。しおりは上下水色のパジャマ、糸子はピンク色のパジャマを着ている。色合い的には、いつも明るく、天真爛漫な性格のしおりがピンク色で、クールな糸子が水色の様な気がするが・・・2人は、リュウトを連れて『ネドコ』に行く。話し合いをするためだ。

 そして・・・今現在。

 しおりと糸子はベッドの上に座って、買ってきたお菓子をモシャモシャと食べている。そんな2人の姿を見ているリュウトはというと・・・少し離れたところに座布団を敷き、壁に寄りかかるようにして座っていた。

 ・・・それにしてもどうだろう・・・リュウトが見ているこの光景は・・・

 お風呂上がりで、少し火照った身体の可憐な乙女2人が、寝巻き姿でベッドの上から時々見つめてくる。通常の男なら襲いかかってしまうかも知れない。・・・まあ、返り討ちに合うだろうが・・・

「で、どうしますか?」

 ふと、リュウトに問いかける糸子。先程会った少女に、会いに行くのか行かないのか、どっちにしますか?と言う事だろう。リュウトは少し考え・・・

「俺1人で行ってくるよ。何があるか分からないし・・・」

「駄目!あたしも一緒に行く!」

 食い気味に、リュウトを横目で見ながら言うしおり。糸子はわかっていた。しおりは、自分の身体にある『数字』の事を知りたいという気持ち以上に、それよりも何よりも、リュウトを失ってしまう事を心から恐れている。

 しおりの決意の眼差しを見たリュウトは、ため息を吐く。

「・・・わかったよ。」

 諦めて、しおりの同行を許可する。そして、リュウトは糸子に目を向けた。

「まさか、糸子ちゃんも行くとか?」

「はい、もちろん付いて行きますよ。」

 糸子は、ベッドの上からリュウトに向かって、四つん這いで近づいて行く。そのあまりの愛らしさに、リュウトは少し身構える。

 糸子は、リュウトのすぐ側まで行くと、ちょこんと正座した。

「だって、あのぶ・・・発明品の使い方わかるの私だけですからね。」

 ・・・今、武器って言おうとしたな。でも、まあそうだ。いざという時、あの発明品はかなり役に立つ。それに、今使い方を聞いても、口実がなくなるから言わないだろうし。

「わかったわかった。じゃあ、明日朝8時に迎えに来るから。時間通り出てきてくれよ。あっ、後しおり。泊まるんならちゃんと家に連絡しておけよ。」

 それを聞いたしおりは、何やら意外そうな顔をする。

「えっ、リュウ兄泊まっていかないの?」

 サラッととんでもないことを言う。

「駄目に決まってるだろ!ねえ、糸子ちゃん。」

 糸子は顔を赤らめ、モジモジし出す。

「わ、私は別に・・・泊まっていただいてもいいですけど・・・」

 あっ、こりゃ駄目だ。とりあえず立ち上がるリュウト。そして、スタスタと玄関に向かって歩く。

「待ってよ!リュウ兄!」

 強い口調で止めるしおり。

「さっきあんな事があったばかりなんだよ?女の子2人だけ残して帰っちゃうの?」

 痛いところを突いてくる。確かに、このまま帰ってしまっては不安が残ったままだ。

「そ、そうですよ。このうちには侵入者撃退用のレーザービームしかないんですから。」

 はい、不安が解消されました。

 十分、いや十二分に対策がとられている。

「まあ、あれだ。何かあったら連絡してよ。『クジラも開かずは胃が焼ける』ってね。・・・あっ後やっぱり明日は朝7時に来るから。宜しく。」

 そう言うと、2人にああだこうだ言われる前に、部屋を後にする。

 明日は忙しくなりそうだ。そんな事を考えながら、リュウトは家路につく。


 〜糸子宅〜


「ねえ、糸ちゃん。ちょっと聞いてもいい?」

 お菓子を食べる手を止めて、しおりは糸子に質問する。

「なぁに?」

 糸子は、次のお菓子の袋を開けながら返事をする。新作のチップスだ。早く味を確かめたい。

「糸ちゃんって、リュウ兄のあの『ことわざ』的なのの意味・・・わかるの?」

 上目遣いで、モゾモゾしながら聞くしおり。か、可愛い・・・糸子は思わずポーッとしてしまった。が、すぐ我に帰る。

「うん、わかるよ。結構深いよね。リュウトさんの言葉。」

 同意を求めてくる糸子。しおりは焦る。

「う、うん。そうだよね。」

 と、つい分かってる風に答えてしまう。何故ならこの時、正直悔しい気持ちでいっぱいだったからである。

 しおりの気持ちはこうだ。

『糸ちゃんはわかるのに、自分はわからない。なんか負けてる気がして嫌だ。リュウ兄の事に関しては誰にも負けたくない!例えそれが糸ちゃんでも・・・でも・・・でも・・・出来れば意味を教えてもらいたい!』

 しおりは、リュウトの全てを知りたい、そして受け入れたいのである。

 何とかして、それとなく聞き出すことは出来ないだろうか・・・

「そう言えばさ、さっきリュウ兄なんて言ってたんだっけ?」

 何となく聞いてみるしおり。

「あ〜、『クジラも開かずは胃が焼ける』って言ってたよね。これって、『どんなに堅固な守備であっても、状況次第では隙ができるかもしれないから気をつけろ』ってことでしょ。」

 計らずも、サラリと答えてくれる糸子。そ、そういう意味だったんだ・・・しおりは初めて、リュウトのことわざの意味を知ることが出来た。そしてすぐ様、しおりは頭の中の『記憶のメモ帳』にこのことわざと意味を書き込む。

 何とかもっと聞き出せないものか・・・

「ほ、他にも、あの、研究所入ったときに言ってた・・・」

 またもや何となく聞いてみるしおり。そして、またもやサラリと答えてくれる糸子。

「あ〜、『ワニの片腕に城』ってやつだよね。あれはあれだよね・・・」

 うんうん!と前のめり気味に聞くしおり。しかし、あくまで自分もわかっている体をとり続ける。

 そんなこんなでこの後、しおりは過去1年間にリュウトから聞いた『ことわざ』の意味を、糸子から2時間かけて聞き出したのである。


 〜リュウト宅〜


 家に帰ったリュウトは、おにぎりを食べていた。先程、3人で寄ったコンビニで買ったものである。おにぎりは2つ。梅と昆布だ。王道の梅は迷わず選べたのだが、昆布と鮭で迷ってしまった。しかし、鮭は何日か前食べた。昆布は久しく食べていない。よし、なら昆布でいこう。ということで、梅と昆布がリュウトに選ばれたのである。

 おにぎりを食べ終えたリュウトは、風呂に入り、寝巻きに着替え、家中の戸締りをし、自分の部屋へ行く。しばらくの間は親が不在の為、自分以外の人の気配がなく、家の中はとても静かだ。

 部屋を見渡し、腕を組んで考えるリュウト。明日、何が必要になるだろうか。もし、あの少女に会うとなれば、ナインも必ずいるだろう。となると、戦闘もある程度は覚悟しなくてはならない。この部屋の中で使えそうな物は・・・これと、これと・・・あとこれ・・・

 いつも通勤で使っている愛用のバッグを空にして、その中に使えそうな物を詰め込む。

「まあ、こんなもんか。」

 ふと時計を見ると、10時を少し回っていた。 明日は6時起きの予定でいる。

 ・・・少し、余裕があるな。

 リュウトには、試してみたいことがあった。それは・・・

 目を閉じ、全身の力を極力抜いて立つリュウト。そして、意識を自分自身に集中する。何のためか・・・それは、自分の中にある『エネルギー』を知るためだ。

 ナインの使っていた『生命エネルギー』。元々このエネルギーは命あるもの、全てに備わっている。ナインの持つあの『量』は尋常ではなかったが、例え人並みだとしても、上手く扱えれば、きっと明日役に立つ。

 1時間後

 ゆっくり目を開くリュウト。そして、まるで悪役の様にニヤリといやらしく笑う。

「これは・・・いいぞ。」

 強敵との闘いが功を奏したのか、リュウトは何かきっかけを掴んだらしい。

 それから5分後、疲労困憊だったリュウトは、あっという間に眠りに落ちた。



 翌日

 リュウトは集合時間少し前、朝6時50分に糸子のマンションの駐車場に来ていた。まだ肌寒い日が続く季節。車内を暖めておくため、エンジンをかけたままにしている。


 ・・・30分が経った。まだ出てこない。

 ・・・更に15分後。

 2人はバタバタとマンションの入り口から出てくる。そして、そのまま車に乗り込んでくる・・・かと思いきや、2人はリュウトの乗っている運転席側に回って来た。そして、何故かポーズを決める。そして、そのまま動かない。

 たまらずリュウトは窓を開けた。

「・・・何してんだ?2人して・・・」

 2人は少し照れたような表情を浮かべる。

「どう?リュウ兄・・・」

「に、似合ってますか?・・・」

 勝負服に身を包んだしおりと糸子。しおりは、上にピンクのパーカー、下に膝上10センチ程度の紺色のスカートを着ている。髪は昨日と同様、ツインテールに結っていた。糸子は、上は薄黄色の襟付きのロングTシャツ、下は赤いスカートを履いているが、結構短めで、太ももの半分以上は隠せていない。が、その露出部分を隠すように、しっかりとレギンスを履いている。

 2人とも、抜群に美しい。が・・・この時間、一体何なんだ?

「・・・早く乗りなさい。」

「・・・はい。」

 2人は少し肩を落とし、昨日と同じ席に乗り込んで行く。

 走り出すリュウトの車。この先に、3人の運命を大きく変える出来事が待っているも知らずに・・・

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