1ー10
車で約3時間半の道程。
目的地付近に辿り着いた3人。道中、2人の女子に色々と振り回されたリュウトだったが、なんとかここまで来ることが出来た。ホッと胸を撫で下ろすリュウト。
「とりあえず昼食でもとって、それから探し始めるか。」
何気無い、リュウトの提案。
「えっ、リュウ兄とランチデート?」
しおりは目を輝かせる。糸子はというと・・・
「リュウトさんとデート・・・リュウトさんとデート・・・」
2人が聞き取れない程の小さい声で何かブツブツ言っている。
しばらく車を走らせると・・・あった。いい店構えのところが。よし、ここにしよう。何も無い、殺風景な道路沿いにポツンと現れた、昔ながらの定食屋。強めの風が吹けば、トタンの屋根が飛ばされてしまいそうだ。駐車場は、良くて乗用車が3台ほど停められる程度の広さしかない。今は車が停まっていない為、どこにでも停められるが、とりあえず端に駐車する。
3人は車を降り、定食屋に入っていく。中に入ると、4人掛けのテーブル席が2つと、5人ほど掛けられるカウンター席があった。3人はとりあえずテーブル席に座る。そして、置いてあるお品書きを広げ、各々食べたいものを選び始める。
「あ、あたしこの『あんかけピザ』がいいかな。」
奇抜なメニューを頼もうとするしおり。
「じゃあ、私は・・・『あんかけパエリア』で。」
・・・この店、何屋だ?なんか、色々な国の料理がお品書きの中に存在しているぞ。それに、どんだけ『あんかけ』が好きなんだよ。よく見ると、メニューのほとんどに『あん』をかけようとしている。
それなら・・・
「それじゃあ俺は『せいろそば』あん抜きで。」
それぞれ注文が決まったところで、店員さんを呼ぶ。すると、奥から「あいよー」と、気の良さそうなおばさんが出てくる。
「ご注文どうぞ。」
笑顔で接客してくる店員さん。
「お姉さん、あたし『あんかけピザ』で!」
しおりは元気よく言う。
「あら、やだよお。こんなおばちゃんつかまえて、お姉さんだなんて。」
やだと言いながらも、物凄く嬉しそうな顔をする店員さん。
「かわいいお嬢さんにはおばちゃん、今までにない位美味しいの作ったげるね。」
店員さんはいつまでもニコニコしている。
「あ、あの、私は『あんかけパエリア』でお願いします。」
糸子はボソボソっと言う。
「パエリアね。あら、こっちのお嬢さんもかわいいわね。」
そう言うと、お姉さんはリュウトをチラッと見る
「・・・『両手に花』だわね。」
それを聞いたリュウトは鼻で笑う。
「いや、それを言うなら『パンダの黒が道案内』でしょ。」
??
?
しおりとお姉さんは困惑する。ただ、糸子だけは顔を少し赤らめていた。
「・・・リュウトさん。それ、下ネタ少し入っってますよ。」
リュウトは頭に手を置いた。
「あっ、ごめん。」
リュウトと糸子だけで会話が成立している。その様子を見て、しおりは少しだけ糸子にヤキモチを焼く。
「で?お兄さんは何頼むの?」
「あっ、俺はせいろそばの『あん抜き』で。」
突然ピリッとした空気が流れる。先程まで、あれだけ和気あいあいとしていたのに・・・
「あん、抜き??」
お姉さんは、笑顔だが、凄まじい殺気を放っている。一体どういう・・・!そうか。この人はきっと『あん』なんだ。『あん』の化身なんだ。『あん』を否定されることを決して許さない。何なら、『あん』だけを召し上らせたい。そして、この世の全ての食材に『あん』をかけ回りたいんだ。きっと。きっとそうに違いない。
「・・・『あん有り』でお願いします。」
リュウトは、そうとは知らなかったので、申し訳なさそうに言う。
それを聞いたお姉さんは、満面の笑みを浮かべる。
「オーダー入りましたぁ。あんピあんパあんせぇ。」
「あいよ〜。」
奥から男性の声が聞こえてくる。きっと、この店の店主なのだろう。
料理がくるまでの間、3人はこの後の行動について話し合うことにした。
「これからどうしようか。何の当てもなく、あんな広大な森を探すなんて、なかなかの事だぞ。恐らく、最短で半月はかかるんじゃないか?」
正直、どうしていいかわからなくなっているリュウト。この店に辿り着く途中で目にした、あの森の光景が頭の中で蘇る。まず、どこから手をつけていいかさえわからない。
すると、しおりが口を開く。
「あのね、リュウ兄。それなんだけど・・・あたし、大体の方向ならわかるかも。」
2人は驚き、マジマジとしおりを見る。
「えっ、しおりちゃん・・・わかるの?」
そう言われたしおりは、右手人差し指を西側の窓の方へ伸ばす。
「多分、あっち・・・」
しおりの性格上、適当な事は言わないだろう。・・・しかし、何故わかるんだ?もしかすると、あの『数字』が関係しているのかもしれない。とは言え、方角だけでもわかったのは有難い。
「よし、とりあえずその方向へ行ってみよう。そんで、2〜3時間探しても見つからないようなら帰るぞ。いいな。」
リュウトは時間を決める。何故なら、3人とも明日仕事だったり学校だったりで忙しいからだ。
しかし、若干1名、明日のことは御構い無しの強者がいた。
「例え迷って遅くなっても大丈夫だよ!なにせ、お菓子パンパンに持ってきてるから。食料には困らないよ。」
しおりは自分のバッグをポンと叩く。・・・何が大丈夫なのだろう?と2人は思った。まず、迷うこと前提で話さないでもらいたい!
しかし、今のしおりの考えは、2人とは違っていた。彼女はただ、もっとリュウトとドライブデートを楽しみたかったのである。純粋に、ただそれだけだったのである。
3人がああだこうだと話していると、待ちに待った料理が運ばれてきた。
「はい、『あんかけピザ』と『あんかけパエリア』お待ちどう。『あんせいろそば』はもうちょっと待っててね。」
運ばれてきた料理を見て、しおりと糸子、2人の胃袋は小躍りする。ボリュームのある2品。その見た目は勿論、漂う香りも・・・食欲を掻き立てる。早く俺のは来ないのか。リュウトの期待は一層高まる。
「い、いただきまーす。」
早く、速く胃袋に収めたいしおりは、2人を差し置いて食べ始める。
「し、しおりちゃん!まだリュウトさんの料理がきてないよ!」
本当は糸子も早く召し上がりたいのだが、そこはグッと我慢し、しおりを注意する。それを聞いたしおりは、ハッと我に帰った。そして、潤んだ目でリュウトを見つめる。
「ううっ、ううひいふひぇんはふぁい(リュウ兄ごめんなさい)。」
ピザを、口の中目一杯に詰めた状態で詫びるしおり。
「いや、いいから食べなさい。・・・糸子ちゃんも、冷めないうちに召し上がれ。」
見ると、糸子もヨダレを垂らしていた。
リュウトは、そんな2人を憐れに思ったのである。
「い、いいんですかい?」
何故か、岡っ引きのような口調になる糸子。リュウトは頷く。
「いいも何も・・・せっかく1番いい、美味しく食べてもらいたい温度で持ってきてくれたんだ。それなのに冷ましちゃったら、作ってくれた人にも、そして料理にも申し訳ないでしょ。」
これ程の料理。勿論冷めても美味しいのは間違いなさそうだが、どうせならベストの状態を2人には食べてもらいたい。そう、リュウトは心から思ったのである。
「ありがとう・・・ございます。」
涙を浮かべ、感謝する糸子。えっ、これってそれ程の事?
「いただきます!」
召し上がり始める糸子。しおりも止めていた手をまた動かし始めた。2人とも、最初は女の子らしく食べていたが、段々と前傾姿勢になり、今では獣のように荒々しく食らいついている。・・・なんだこの光景・・・
そんな最中。
「はい、お待たせ。『あんせいろそば』ね。」
待ってました!リュウトはワクワクする。
?見た目のインパクトは前2品程ではない。というより、普通のせいろそばのように見える。
!まさか・・・
つゆを見るリュウト。・・・やっぱり・・・
そう、つけつゆこそが『あん』だったのだ!
早速麺をすくい、つけつゆにつけ、食すリュウト。
「!!・・・・・・これは・・・すごい・・・」
麺と一緒につゆも絡まり口の中に入ってくる。これはつゆが『あん』だからこその絡まり方。そばの香りを楽しむため、つゆをあまりつけないというやり方もあるが、これに関しては、たっぷりとつゆをつけるのが正しいだろう。麺も主役だが、つゆも立派な主役だ。しかもお互いが主張し合っているが、邪魔をしあわない。むしろ強力なタッグを組んで、口の中を幸せ色に染め上げていく。正に、極上の、至福の味・・・
ここで、もっとこの料理のことを語らいたいところだが、本題に帰ろう。
とりあえず向かうべき方向は決まった。だが、もう少し具体的な『場所』の情報が欲しいところだ・・・
「ところで、お嬢さん達、これからどこに行くんだい?」
カウンターの向こうから、しおり、若しくは糸子に声を掛けてくるお姉さん。しかし・・・
貪り食べている2人の女子の代わりに、リュウトが答える。
「とりあえず、こっちの方です。」
西側の窓の方を指差す。かなりアバウトな感じだったが、何故かお姉さんは納得した。
「そうかあ。あなた達、廃墟マニアか心霊マニアだったのね。」
ん?
リュウトはキョトンとする。
「だって、あっちには閉鎖された遊園地と古い神社しかないから。」
思いもよらない、貴重な情報をゲットしたリュウト。
「そう、そうなんですよ。・・・でも、ハッキリとした場所がわからなくて・・・」
慌てて話を合わせ、更に詳しい情報聞き出そうとする。
「あまりお勧めはしないわよ。なにせ・・・本当に出るらしいから・・・」
目を細め、両手を胸の前でダランと下げ、よくある幽霊のポーズをとるお姉さん。もし、本当に出るのであれば、更に信憑性は高くなる。もしかしたら、あの『2人』が近づくものを遠ざけようと脅かしているという可能性があるからだ。
「是非行ってみたいんです!お姉さん、詳しい場所を教えてください!」
決意の眼差しを送るリュウト。そんなリュウトと、2人の少女を交互に見るお姉さん。そして、軽くため息をつく。
「・・・お兄さん、そば、全部食べられちゃったわよ。」
リュウトはバッと自分の料理に目を向ける。・・・ない・・・
すぐに2人の女子を見る。2人とも汗をダラダラ掻いている。後ろめたいのか、リュウトと目を合わせようともしない。
隠し通せるとでも思っているのか?逃れようもない証拠が、口元に付いているのだが・・・
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
「ごめんなさい、ごめんなさい・・・」
2人はガタガタ震えながら謝り続ける。いや、別に、そこまで恐れなくても・・・リュウトを鬼か何かだと思ってるのか?
「・・・美味しかったか?」
ボソッと言うリュウト。
ビクッとする2人。そして・・・
『はい。』
と、2人同時に犯行を認める。
「いいんだよ。俺も2人にこの美味しい『あんせいろそば』食べてもらいたかったし。」
笑顔で、優しく語り掛けるリュウト。その姿には、慈愛の念が込められている。2人は涙を流し、リュウトに向かって手を合わせる。
「おおきに・・・おおきに・・・」
何度も、何度も、感謝を告げるしおりと糸子。
「いや、もういいって。!だから、拝むなって・・・」
見ると、2人とも手を合わせ目を閉じて、リュウトに感謝の念を送っている。リュウトは思った。俺、言うなれば被害者なのに、何故こんな目に合わなきゃいけないんだろう?と・・・
側から見たら、リュウトがこの少女達を追い込み、このような事をさせている様に映ってしまうだろう。・・・勘弁してくれ・・・
そんなリュウトに近づくお姉さん。
「お兄さん、大変ねぇ。はい、これ。遊園地と神社までの道順。手書きで見づらいかもしれないけど、どうぞ。」
お姉さん、 用意してくれたんだ。これは、とても有難い。これで、かなりの時間短縮が期待できる。リュウトは、いつまでも拝んでる2人の顔の前で、指をパチンと鳴らす。すると、2人ともハッと我に帰る。
「ほら、しっかりしろ!2人とも!もう腹いっぱいだろ。目的地が決まったし、そろそろ行くぞ。お姉さん、お勘定お願いします。」
しおりも糸子も、いまいち理解に達していなかったが、そばを食べてしまった罪悪感からか、特に反論も意見もせず、黙ってリュウトに従う。
会計を済ませるリュウト。
「お姉さん、とても美味しかったです。またこの辺りに来ることがあれば、必ず寄ります。」
心からの台詞だった。
「あたしも、すっごく美味しかったよ!また来るね!」
しおりらしい、歯に絹着せぬ言い方だ。
「こんなに我を忘れて、食に没頭したのは初めてです。貴重な体験をさせて頂き、ありがとうございました。」
モジモジとした感じで話す糸子。とても可愛らしい。
3人とも、いい顔をしている。そんな彼らを見て、お姉さんはとても清々しい気持ちになった。
「こちらこそ、ありがとう。・・・また来てね。」
3人は軽く会釈し、店を出る。
女子2人を車に乗せ、自分も乗り込もうとした時・・・
「ちょっと、お兄さん。」
店のお姉さんに呼び止められるリュウト。
「何ですか?」
見ると、手に何か持っている。
「これ、『あんつけおにぎり』。持って行きなさい。サービスだよ。」
包みをリュウトに渡すお姉さん。まだ暖かい、おにぎりの温もりがリュウトに伝わって行く。
「ありがとうございます。・・・でも、何でです?」
親指をグッと立て、後ろにある自分の店を振り返らずに差すお姉さん。
「だってあなた、殆ど食べてないじゃない。すぐにお腹空いちゃうわよ。そんなんじゃ・・・」
2人の少女を、お姉さんは心配そうに見つめる。
「あの子達を守れないじゃない。あなたが守らなきゃダメなんでしょ。」
お姉さんは、真っ直ぐに、力強くリュウトの目を見据える。2人を守る。わかっていたことだが、誰かに言われることで、改めて決意を新たに出来た気がする。このお姉さんは一体・・・
「はい、その通りです。あの・・・」
「リュウ兄、どうしたの?あっ、お姉さん。そ、それ何?」
しおりの目が輝く。包みの中に何が入っているのか、動物的な感で察したらしい。しかし、そんな身を乗り出しながら包みを見つめ続けるしおりを、お姉さんは縛める。
「駄目よ。これはお兄さんの!さっき食べられなかったから!」
ちょっと強い口調で言うお姉さん。怒られたと思ったしおりは、淋しそうな顔をし、肩を落とす。
「ごめんなさいね。でも、運転する人がお腹空かしてちゃ駄目でしょ。だから、わかってね。」
今度は、優しく言い聞かせるお姉さん。しおりは、まだしゅんとしていたが、そこは素直に「はい」と答える。
「それじゃ、色々とありがとうございました。」
リュウトはそうお姉さんに言うと、2人の待つ、自分の車に乗り込んでいく。そして、サイドブレーキを解除し、ゆっくりとアクセルを踏みこむ。車はゆっくりと車道に向かって走り出す。左右から何も来ないことを確認すると、リュウトの車は車道に乗り、少しずつ加速して行く。
遠ざかって行くリュウトカー。それを見つめ続けるお姉さん。その目には不安と心配の色が混ざっていた。
「ねえ・・・あの子達も、いずれ『還る』ことになるの?」
お店の方へ声をかけるお姉さん。すると、店の中から声がする。きっと、先程の店主だろう。
「ああ・・・そうだな。」
少し残念そうな感じの声色だ。それを聞いたお姉さんは、ガクッと肩を落とし、ため息をつく。
「あんなに、いい子達なのにねぇ・・・」
遠い目で、今は姿もない、3人の乗る車の影を追うお姉さん。
一筋の風が吹く。
なびく髪。
露わになった、うなじにある『数字』。
それを左手で隠すお姉さん・・・
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