1ー8
糸子としおりは走る。走れば恐らく2分とかからないだろう。
お願い、リュウ兄無事でいて・・・
しおりは、祈る様な気持ちで走る。糸子も勿論、心配で仕方がない。何せ相手は『生命エネルギー』を増幅する事が出来、且つ自在に操れる男。ただで済むはずがない。早く、早く行かなければ!
「わかった、言う、この数字は・・・」
ナインが語ろうとしたその瞬間、部屋の扉が勢いよく開いた。
「そこまでよ!リュウトさんから離れなさい!」
入るや否や、発明品をナインに向ける糸子。しかし、そこには糸子の予想だにしていない光景があった。てっきりリュウトは追い詰められ、疲弊しきっている状態だと思っていた。だが、予想はすっかり外れる。何故なら、リュウトの方が悠然と無傷で立ち、逆に侵入者が左肘を右手で押さえ、片膝を付いて追い詰められている様に見えたからだ。
何が起きたの?糸子は驚きを隠せない。しおりはと言うと、少しびっくりはしているが、さほど驚いてはいない。恐らく、安心した気持ちの方が大きかったのだろう。
・・・一体リュウトさんは何者なの?糸子の疑問は膨らむ。
「ちょっ、糸子ちゃん。今、重要な情報を聞き出してる最中だから。っていうか、逃げてくれたんじゃないの?」
「リュウトさんだけ置いて、逃げる訳無いじゃないですか!それより、重要な情報って?」
そう言われても体勢を崩さない糸子。ナインは、ゆっくりと糸子達の方へ身体の正面を向ける。
「それって・・・」
しおりは驚き、口に手を当てる。糸子も、大きな目を更に大きく見開き、一筋の汗を頬に伝わらせる。数と場所は違えど、しおりと同じ数字のあざが、侵入者にも刻印されていたからだ。
「この、数字は、選ばれし、者の、証。俺たち、は、この数字、を、持っている、者達を、『ナンバーホルダー』と、呼んで、いる。」
選ばれし者?ナンバーホルダー?逆に分からないことが増えた様な気がする。もっと聞き出したいところだが・・・
「話した。続き、始める、ぞ。。」
ニヤッと笑い、立ち上がるナイン。やれやれ、やっぱりそうきたか。仕方ない、もっと聞き出す為にも、もう一撃ダメージを与えるしかないか。リュウトは、先程と同じように身体の力を抜き、ユラリとした体勢をとる。
「待ちなさい!動かないで!動いたら私の発明品が火を噴くわよ!」
火を噴くって・・・結局武器なんじゃない・・・しおりは呆れた目で糸子を見る。
「やめて、おけ。銃、では、俺は、ダメージ、受けない。」
余裕の笑みを浮かべるナイン。
「そう、じゃあ遠慮はいらないわね。」
糸子は躊躇わずに引き金を引く。銃口から『何か』が発射され、ナイン目掛けて飛んでいく。ナインは避ける動作を微塵もしない。
パン!
まともに食うナイン。
「なんだか、知らんが、効かん。」
余裕のナイン。糸子は続けて3回引き金を引く。発射された『何か』は全てナインに命中する。やはり、何事も無かった様な様子のナイン。そして、ゆっくりとリュウトに顔を向ける。
「さあ、始め、るぞ。」
早く闘いたくて、ウズウズしていたナイン。早速構えを取り、『生命エネルギー』を右拳に集める。
・・・はずなのだが、集まらない。
「なんだ、これ、は。力が、集まら、ない。」
ナインは焦る。リュウトとしおりも驚いている。いくら『生命エネルギー』が減っているとは言え、まだまだ余力はあったはず。しかし、今や人並みのエネルギーしか感じられない。
「・・・効果は、あったみたいね。」
糸子はドヤ顔をする。そして、両手の甲を腰脇に当て、胸を張り、仁王立ちする。
「これこそ、この発明品の効果!特殊な反エネルギー物質を球状にして発射させ、目標のエネルギー体の活動を抑える、又は消滅させる事が出来るの!」
・・・すごい。この子は本当に天才だ。恐らく、話を聞いただけではピンとこなかったかも知れない。しかし、実際にこうしてナインの『生命エネルギー』を抑え込んでいる。
「元々は災害等で起こるエネルギーを抑えるために開発したんです。まさか・・・人に打つことになるなんて・・・」
糸子は銃を下げ、少し悔しそうな顔をする。きっと、実際の使用用途とは異なる使い方をしたからだろう。
「『浮かぬラッコの逆上がり』か・・・」
リュウトは深妙な顔をして言う。
「・・・はい。」
気持ちをわかってくれたリュウトに、糸子は少し救われた。しかし、しおりの頭にはやはり?が付いている。
「く、そ、よくも、闘い、に、水を、さした、な。」
そう言うと、ナインは糸子を睨む。エネルギーを抑えたとは言えを、肉体的なダメージは左肘以外は受けていない。まだまだ体力には余力がある。しかし・・・今がチャンスなのは明らか。
リュウトは体勢を低く取り、上半身を右に捻り、左拳を下げ、力を込める。
これで・・・決める。
ナインも急いで構えをとる。ここからは肉弾戦の勝負。一撃が致命傷だったナインの攻撃も、今や通常攻撃だ。しかし、あの筋肉から繰り出されるパンチやキックは警戒しなければならないだろう。でも、もう恐れず踏み込める。
リュウトが仕掛けようとした、その矢先・・・
「そこまでじゃ。」
突然、どこからか声が聞こえてくる。
「やれやれ、遅いと思って来てみれば・・・」
そこにいた全員が出入り口の扉に目を向ける。そこには、いつのまに現れたのか、浮世離れした格好の少女が立っていた。しおりや糸子程ではないが、大きなキリッとした大きな目。か細く、折れてしまいそうな四肢。長く艶のある髪。そしてその髪は大きなかんざしで彩られている。服装は、和と洋を混ぜ合わせた様な、奇抜な格好をしていた。
ナインを見ると、少し怯えた感じの顔をしている。
「・・・先生・・・」
ナインはその少女を見ながらボソッと呟く。先生?と言うには若すぎると思うが。どう見てもナインより年下だ。喋りは年配者の様だが、見た目的には、しおりや糸子と同じくらいの年齢のように見える。
「やられておるではないかえ。そちらの坊やがやったのかえ?」
少女は凍る様な視線をリュウトに送る。恐らく、いや、間違いなく、この子もナイン同様かなりの難敵だろう。リュウトの頬に一筋の汗が流れる。
これは・・・まずい・・・
闘いに勝つことじゃなく、何とか2人を逃がす事を考えなくては。1、2歩後退るリュウト。
そんなリュウトを見て、少女はクスッと笑う。
「まあよい。わらわ達は引き上げるぞえ。」
思いもよらない一言。ナインも驚いている。何か言いたそうな顔をするが、押し殺し、渋々少女の方へ歩いていく。てっきり、加勢に来たものだとリュウトは思っていた。しかし、引き上げてくれるのならばとても有り難い。
「ちょっと待って!」
しおりが声をあげ、引き止める。えっ、うそ、引き止めるの?リュウトはギョッとする。
「なんじゃ?嬢ちゃん。」
ナインを従え、扉から出ようとしている少女は足を止め、しおりに身体を向ける。
「その、『数字』について、もっと聞きたい事が・・・」
少女はジッとしおりの目を見る。しおりは怯まず、目を逸らさない。
数秒経った頃。
クスリと少女は笑う。
「そうか、主達の中にもいるのだな。よかろう。ならば明日、わらわに会いにくるがよい。わらわ達はN県のJ山のどこかにおる。見つけてみるがいい。」
「今じゃ、ダメなの?」
少女が『明日なら教えてやる』と、聞き出せるチャンスを与えてくれているのにも関わらず、それでも出来るだけ早く知りたいしおり。
「今は・・・無理じゃな。わらわ達はこの場から離れなくてはならないのでな。嬢ちゃん達もここから出た方がいい。・・・厄介な奴が近づいておるからな。」
そう言うと、少女は3人に背を向ける。
「さらばじゃ。」
突然現れた靄が、少女とナインを、その姿が見えなくなる程の濃さで包む。そして数秒経ち、晴れた時には2人の姿は消えていた。
「俺たちも離れた方が良さそうだな。行こう。」
しおりと糸子に向かって言うリュウト。あれだけの手練れが逃げなくてはいけない程の、何かが近づいている。3人は辺りに注意を払いながら、すぐ様研究所を後にした。
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