1ー7

「離して!」

 しおりは無理やり糸子の手を振り払った。

「酷いよ!糸ちゃん!何でリュウ兄置いてきちゃったの?」

 しおりは立ち止まり、糸子を睨み付ける。こんなに怒りを表したしおりを糸子は見た事がない。

「しおりちゃん・・・わかってるはずだよ。あのまま私達があそこに居ても、リュウトさんの足手まといになるだけだって。」

 しおりは目をギュッと閉じ、下を向く。

「そうだとしても・・・リュウ兄が死んじゃったらどうしようとか、リュウ兄がまた居なくなっちゃったらどうしようとか考えると、あたし不安で、不安で。・・・あたしは・・・」

 閉じていた目を開き、力強い眼差しで糸子を見据える。

「もう、守られているばかりは嫌なの!」

 糸子は目を疑った。しおりの周りに白い靄の様なものが見える。・・・しかし、それはすぐに消えた。

「あたし、戻るね。糸ちゃんは助け呼んできて。」

 しおりは糸子に背を向ける。

「待って!」

 糸子はしおりを呼び止める。止まるが振り向かないしおり。

「私は逃げる為にあの場から離れたわけじゃないよ。」

 しおりはゆっくり振り向き、糸子を見る。

「あなたのリュウトさんを助ける為に、私のとっておきの『発明品』を取りに行く為なの。だからお願い!しおりちゃん、一緒に来て!」

 本当は糸子1人でも取りに行けるのだが、今しおりをあの場に戻してしまうわけにはいかない。おそらく悪い方向に向かうだろう。なので、最初に敢えて『あなたのリュウトさん』と付けたのだ。その効果は・・・

「それがあればリュウ兄助けられるんだね!わかった、早く行こう!」

 テキメンだった。目は真剣だが、口元はニヤついている。

「第2研究所にあるの。急ごう。」

 2人は走る。リュウトの為に・・・



「俺の、攻撃、また、かわした。」

 ナインは楽しそうだ。今まで闘った普通の人間は、簡単に壊れてしまった。しかし、こいつは違う。腕試しにもってこいの相手だ、とナインは思った。

 余裕のナインだが、リュウトは違う。この場を乗り切るにはこちらからも攻めなくてはならない。その為には接近戦を仕掛けなければ・・・

 リュウトは宙を仰ぐ。やれやれ、やるしかないか・・・

 ナインは立て続けにエネルギー波を2回放つ。リュウトは1つを身体をひねってかわす。それと同時に机の引き出しを取り外し、もう1つをそれで叩き落とす。エネルギー波は床で爆発し、爆風を巻き上げた。その爆風に乗って、リュウトはナインの真上に舞い上がる。そして天井を蹴り、ナインの目の前を通り過ぎざま、持っている引き出しをナインの顎目掛けて振り下ろす。いや、この場合振り上げると言った方がいいのだろうか。

 ゴキンッ!

 鈍い音が響く。リュウトは受け身を取りながら背中から落ちる。そしてすぐ起き上がり、ナインと距離をとった。・・・駄目だ。効いてない。恐らく今は『生命エネルギー』で全身を包んでいるのだろう。顎は上を向いているが傷1つ付いていない。それどころか、リュウトの持っている引き出しの方が派手にひしゃげている。手も衝撃で痺れていた。

 リュウトは痺れた手を見つめ、そして覚悟を決める。

「なんだ、その、動きは。お前、すごいな。お前、と、なら、とことん、やれ、そうだ。」

 ナインは驚きの顔と喜びの顔を同時に表す。しかし、楽しい時間ではなくなる。ナインはリュウトのことを・・・甘く見過ぎていた。

「ナイン・・・だったな。あんたには聞きたいことがある。まず、その胸にある数字は・・・」

 リュウトの問いを、ナインは途中で切る。

「俺に、一撃、でも、ダメージ、与えたら、答えて、やる。」

 ナインはからかう様にリュウトを挑発する。

「そうか・・・わかった。」

 リュウトはうつむき、身体の力を抜き、ゆらりと動く。その動きを見て、ナインはエネルギーを放出する為の構えをとる。

 ナインは『生命エネルギー』を右拳に集め、突き出す。・・・よりも早く、リュウトはナインの目の前に迫っていた。

「!?おま・・・」

 リュウトは右手を強く握りしめ、その拳でナインの左肘を殴り付ける。

「ぐっ!くっ!?」

 痛みで顔を歪ませるナイン。片膝を床につき、右手で左肘を押さえ、リュウトを睨む。リュウトは、そんなナインを見下ろしていた。その顔は微かに、笑っている様に見える。

「あんたさあ、よく考えてみろよ。自分の『生命エネルギー』使ってるんだぞ?無尽蔵でもあるまいし、何発も放出したら、そりゃ減っていくに決まってるだろ。だからどんどん溜めは長くなってるし、1箇所に溜めてる最中は他の場所は薄くなってたし、付け入る隙が知らず知らずできてたんだよ。まさに『開かずのフクロウ日を目指す』ってな。まあ、とりあえず、一撃は喰らわせたんだし・・・答えてもらおうか?その数字はなんだ!」

 頭に?を付けながらも、久し振りに感じる痛みに耐えるナイン。反撃したいが、約束は約束。

「わかった、言う。この、数字は・・・」



「この部屋にあるはず。」

 糸子としおりは、第2研究所の、ある部屋に来ていた。その部屋の札には『仮眠室』と書かれている。

 2人はすぐさま中に入ると、左右に置かれている仮眠用の二段ベッドの間を通り抜け、部屋の奥に置かれているロッカーの前まで行く。扉には5個以上の錠前が付けられていた。

「ちょっと待ってね。」

 糸子はショルダーバッグを開き、鍵を探す。そして、探しながらしおりに指示を出す。

「しおりちゃん、扉の外を警戒してもらえる?侵入者が1人だけとは限らないし。」

「うん、わかった。」

 しおりは扉に向かって斜に構える。そして、そのポーズのままチラッと糸子の背中に目を向ける。

「さっきは・・・ごめんね。きついこと言っちゃって・・・」

 ずっと気にしていたのか、しおりは本当に、申し訳なさそうに謝る。しかし、しおりとは反対に、糸子は全然、気にもしていなかった。しおりの、リュウトに対する思いは、よく分かっているつもりだったからだ。

「いいんだよ。気にしないで・・・」

 振り返り、笑顔を送る糸子。そして・・・その笑顔に救われるしおり。

「・・・そう言えば、さっき言ってた『空白の1ヶ月』って、3年前の、あの?」

 そう言いながら、糸子は今一度バッグの中に手を入れ、ゴソゴソと鍵を探し始める。

「そう、あの過激派組織『パープルクロウ』が壊滅した時の事だよ。」

 しおりは肩を落とす。

「あの事件は、完全にあたしから始まったの。そして・・・リュウ兄が終わらせた・・・」

 糸子は知っていた。それは、断片的ではあるが、しおりから一度聞いたことがあったからだ。でも・・・分からないことがある。それは・・・

「1ヶ月間会えなくて、寂しかった気持ちはわかるけど、無事リュウトさん帰って来たんだし、よかったじゃない。またいなくなっちゃうんじゃないかって不安になるのも分かるけど、なんか、しおりちゃん見てるとそれだけじゃない感じだよね。」

 糸子は鍵を見つけ、外し始めた。しおりはなんだかモジモジしている。そして、不安そうな顔で・・・

「・・・どうやら、女性と・・・一緒だったみたいで・・・」

 糸子の手が止まる。

「・・・何それ・・・」

 しおりに身体を向け、キレ始める糸子。

「何なの?その女の人は!リュウトさんに手を出すなんて!いい度胸してるじゃない!どこの誰なの?」

 怒りでわなわなと震えている糸子。息づかいも荒い。

「い、糸ちゃん?どっどうしたの?」

 びっくり顔のしおり。その顔に気付き、ハッと我に帰る糸子。

「いや、その・・・リュウトさん、その人と何かあったのかなあって・・・」

 糸子はしおりに背を向け、再び解錠作業に戻る。

 天井を見上げ、軽くため息をつくしおり。

「多分、何も無かったんだと思う。でも、正確なところはわからないし・・・だからね、あたしがあの時、1番怖かったのは・・・」

 しおりは顔を手で覆う。

「その女の人とリュウ兄が、何かの拍子で恋仲になっちゃってたらどうしようってことなの。そんで一緒に住んじゃったりなんかして・・・『お風呂にする?』『ご飯にする?』とか言っちゃてたりして・・・・・・ああ!もう、嫌だ嫌だ!考えるだけでも嫌だー!」

 しおりはジタバタと足踏みする。

「だからもう、どこにもいかないで欲しいの!リュウ兄モテるから。自分ではわかってないみたいだけど・・・」

 糸子は心の中で頷く。あれだけ見た目も良くて優しい人。モテないわけがない。おそらく世の女子達は、逆に声をかけられないのだろう。

 そうこう話しているうちに、解錠が終わった。ロッカーの扉を静かに開ける糸子。そこにあったものは・・・

「・・・武器じゃん・・・」

 ボソッと言うしおり。黄色と白の装飾が施されている黒い銃身。そう、拳銃だ。しかし、普通の銃と違うのは、銃口の先に、何やらパラボラ型の金具が付いている。未来の光線銃っぽい感じだ。

 じとっと、纏わりつく様な視線を送り続けるしおり。糸子は慌てて取り繕う。

「ぶっ、武器じゃない。武器じゃないよ!・・・ただ、さっきの人にはかなり有効な発明品だと思う。」

 糸子はその発明品を手に取り、部屋の入り口に身体を向ける。

「さあ、行こう。しおりちゃん。」

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