1ー6

「酷い荒らされ様だな・・・」

 室内は誰かの手で荒らされていた。天井の高い、20畳程の研究室内は、資料らしきものが床に散乱し、3台ある机の引き出しは全部開けられていた。しかし、糸子はあまり驚いてない。

「あっ、この部屋いつもこんな感じなので気にしないでください。」

 そ、そうなんだ・・・リュウトとしおりは顔を合わせ、苦笑いする。糸子はウロウロと室内を歩き廻り、取られたものがないかを確認する。研究所の部屋にしては、散らかっている以外、やたらとサッパリした部屋になっていた。想像ではもっとこう、ちょっとした実験道具とか、遠心分離機的な装置が置いてあったりしているものだと思っていたが・・・ここには机や資料棚位しかない。

 糸子は部屋の左奥、1m程の高さの棚の前で立ち止まると、右手で軽く顎を摘む。

「・・・無い・・・」

 そんな糸子の様子を見ていた2人も、室内をキョロキョロ見回す。流石に初めて来たところ。取られたものがあるかないかはわからないが、はっきりとわかる様な犯人の手掛かりを探す。

 !!?

 突然、背後から肌を刺す様な『なにか』の気配を感じるリュウト。

 これは・・・殺気か?・・・

 リュウトは振り向かず、自分の後ろ、部屋の出入り口の向こうを警戒する。

 ・・・何かが近づいて来る。2人は気付いていない。

「2人共、今すぐ隠れろ。」

 リュウトは極力声を絞り、冷静な口調で告げる。

「リュウ兄、何いってるの?」

「そうですよ。何・・・」

 2人はリュウトが険しい表情を浮かべているのに気付く。

 ・・・もう、間に合わないか・・・

 リュウトは決意を固める。2人もやっと気付いた。なぜなら、リュウトの後ろにある扉、その上部にある角の取れた四角いすりガラスの窓に、人のシルエットが写っていたからだ。恐らく、あの扉を破壊した何者かだろう。

「やるしかないか。」

 カチリッ。

 扉が少し開く。しかしリュウトはそれを許さない。後ろ蹴りで扉を締め戻す。凄まじい音のビクつく2人の女子。だが・・・閉まっていない。恐らく、腕の力だけで止められたのだ。

「くそ!」

 本来なら、扉を閉め戻すことで相手を躊躇させ、警戒心を煽り、時間を稼ぎ、次の手を考えるつもりだったのだが。逆にこちらの態勢を崩されてしまった。

 とりあえず扉から離れ、2人を自分の後ろに隠す様に立つリュウト。扉は何事もなかったかの様に開いていく。

 そこに立っていたのは・・・

「すごい・・・ムッキムキだ。」

 ちょっと引き気味で言うリュウト。

 身長2m程の、全身に筋肉の鎧を纏った短髪の男が、紺色のズボンと白いタンクトップを着て立っていた。両方とも今にも引きちぎれそうだ。

 ・・・しおりと糸子は・・・かなり引いている・・・

「お前たちは、ここの、研究員か?」

 向こうから声を掛けてきた。これは意外だ。積極的に話すタイプには見えない。どちらかと言えば、寡黙そうなのだが

「そうだ。俺たちはここの所員だ。」

 実際にこの中で言えば、研究者は糸子だけなのだが・・・

 リュウトはキリッとした顔を作り、バッと侵入者を指差す。

「言っておくが、お前のやっている事は確実に犯罪だぞ!まさに『渡り熊の首都訪問』だ!」

 強い口調で言うリュウト。しおりの頭には?が付いているが、糸子は当たり前の様に理解していた。

 しかし、それよりも何よりも、リュウトの姿に2人は目を奪われる。怯まず、堂々と侵入者を見据え、ビシッと指差し、ポーズを決めている。まるで探偵が犯人を暴く、その瞬間の様だ。そんなハンサムな姿を見せられた2人は、胸をドキドキさせていた。・・・カッコいい。

 侵入者は顔全体の筋肉を使ってニヤッと笑う。

「わかってる。でも、まだ、仕事、終わってない。」

 途切れ途切れ話す侵入者。

「あなたの目的は何ですか?」

 リュウトの後ろから糸子は声を掛ける。すると侵入者は、ジロリと糸子に目を向ける。

「お前たちの、作っている、武器を、持ち帰るか、この場で、破壊するか、どちらかを、実行する。」

 それを聞いたリュウトとしおりは、ジロッと糸子を見る。

「糸ちゃん、武器って・・・」

 しおりの言葉を遮り、糸子は慌てて言い訳を言う。

「違うの。武器じゃないの。あれは・・・」

 侵入者は目を細める。

「お前、どこに、あるか、知ってるのか。」

 まずい。侵入者が糸子に興味を示した。リュウトは考えた。注意を何とかしてこちらに向けなければ。

「まあな、彼女というか、俺があれを管理しているからな。知りたいか?・・・でも、俺の口は堅いぞ。」

 リュウトは身構える。

「力ずくで聞いて見るか?」

 とにかく2人を逃さなければ。それだけを考え、侵入者を挑発する。

「リュウトさんって格闘技とかやってたの?」

 小声でしおりに尋ねる糸子。しかし、しおりは聞こえていなかった。

「だめ、だめだよリュウ兄・・・」

 しおりは不安そうにリュウトを見つめる。

 侵入者はガハハと笑う。

「俺と、やる気か。面白い。」

 よし、こちらに興味を引いた。後は扉からこいつを引き離すだけだ。リュウトは侵入者に意識を向けながら、自分の周りを確認する。使えるものは・・・あれと、あれとあれ・・・

 戦闘イメージを頭の中で構築しながら、再び侵入者に目を向けたリュウトは驚愕する。侵入者のその姿が、先程より大きくなっているように見えたのだ。目の錯覚かもしれない。だが・・・

「いくぞ。」

 侵入者は正拳突きの構えをとる。すると、その身体の右半分に靄の様なものが発生し、拳から肩までを包んでいく。靄は次第にある生き物の形を象る。

「・・・サイ・・・」

 しおりはボソッと言う。

 侵入者はその拳を前に突き出す。

 それと同時に

「俺から離れろ!早く!!」

 慌てて言うリュウトだが、もう遅かった。

 とてつもないエネルギーの衝撃波が、まるで空間を歪ませながらリュウトに襲いかかる。普通にかわしては後ろの2人に当たってしまう。リュウトは床に落ちている鉄製の机の引き出しの端を踏みつけ、立たせ、それを真上に蹴り上げる。衝撃波は見事にそれに当たるが、止まる訳でもない。リュウトは左に体をひねり、左拳の裏拳で引き出しを払い退ける。すると、衝撃波もそれにならって左側に逸れていく。衝撃波は壁に当たると、まるで爆薬を使ったかの様に爆発し、その周囲までも破壊する。とても生身の人間の為せる技ではない。

「あんた、一体何なんだ?身体に何か仕込んでるのか?」

 冷や汗が止まらないリュウト。

 ・・・危なかった・・・

 しかし、あんなのが何回もきたら・・・かなりまずい。

 しおりと糸子は呆然としている。

「何だったの?今の・・・」

 誰にともなく言うしおり。

「今のは、『生命エネルギー』?・・・まさか・・・」

 糸子はその正体を瞬時に言い当てる。生体エネルギーを増幅させ、自在に操る。この場合、『サイ』の突進力、破壊力を『生命エネルギー』で具現化したというところだろう。

 あの研究は成功していたの?・・・この人は、何故これができるの?

 今の攻撃に対する疑問は色々出てくるが、でも、それよりも何よりも・・・その攻撃をいなしたリュウトが凄すぎる。なぜあんな事が出来たのだろう。糸子はリュウトのことをあまり知らない。何せ今日会ったばかりなのだから。糸子はしおりを見る。相変わらず心配そうな顔でリュウトを見ている。

 糸子の目線に気付くしおり。何を聞きたがっているのかは、すぐに分かった。

「リュウ兄はね、空間認識能力と瞬間判断能力、そして動体視力が普通の人よりズバ抜けて高いの。」

 少し得意げに言うしおり。

「す、すごいね。でも、それだけじゃないよね。その3つの要素を使って今の事を可能にするには・・・」

「そう、運動神経もスッゴイの。」

 そう言うと、しおりはまたリュウトを心配そうな顔で見つめる。

 ・・・

 いや、そうじゃない。運動神経とか言う次元ではない。あの動きは・・・

 驚愕しているのは糸子だけではなかった。侵入者もまた、驚きを隠せない。

「俺の、攻撃、逸らした。お前こそ、なんだ?」

 侵入者はニヤリと顔の筋肉を緩める。そして、思いがけない提案をしてくれる。

「お前、俺と、闘え。そう、すれば、女、2人、共、逃して、やる。」

 願ったり叶ったりだ。断る理由がない。

「よし、いいだろう。相手してや・・・」

「駄目だよ!リュウ兄!」

 叫ぶしおり。そして、震える声で続ける。

「だめ・・・またあの『空白の1ヶ月』の時みたいになっちゃう・・・そんなの、あたし、やだよ・・・」

 しおりは今にも泣き出しそうだ。

『空白の1ヶ月』・・・

 それはリュウトとしおり、2人が会うことの出来なかった空白の時間。『守る』為に使ったリュウトの時間。

 あの時のリュウトは・・・

「とりあえず、行こう。しおりちゃん。」

「やだ!あたしはリュウ兄と一緒にいる!」

 糸子は嫌がるしおりの手を強引に引き、リュウトのすぐ側に行く。

「どれくらい持ちそうですか?」

 小声でリュウトに聞く糸子。

「10分、いや、15分くらいかな」

「・・・わかりました。」

 糸子はしおりを引っ張りながら、侵入者の横を通り、扉から廊下に出る。

「こっちだよ。行こう。」

 しおりと糸子の足音が遠ざかっていく。よし、とりあえず『2人を逃す』という最低限の目的は果たせた。

 ホッとしたのも束の間、侵入者は戦闘態勢を整え始める。それを見たリュウトも身構える。

「さあ、始め、るぞ。」

 侵入者は身体全体に力を込める。すると、ピチピチのタンクトップがビリビリに破れる。

 !!

 リュウトは驚いた。一筋の汗が額から頬に、そしてアゴから床に、ポツリと垂れる。

「あんた、それ・・・」

 侵入者の右胸に『数字』が刻印されていた。

「・・・9・・・」

 侵入者は笑う。

「俺は、ナイン。ナンバー、ナインだ。」

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