1ー5

 リュウトは車を取りに、一旦家に帰る。まあ帰るといっても、車の鍵はいつも携帯しているので、家の中には入らず、そのまま車に乗り込む。リュウトの愛車は軽自動車だ。特に何かこだわる訳でもなく、内装すらベーシックな、普通の、どノーマルな車だ。

 エンジンをかけ、ガソリン量の確認。3分の2はある。

「よし、急ぐか。」

 リュウトは車を動かす。走り出したその速度は、しっかりと制限速度を守っていた。


 15分後。

 糸子のマンション前に到着した。車を駐車場に止め、入り口に向かう。マンションの入り口にはインターフォンがある。リュウトは、糸子の部屋番号を押して呼び鈴を鳴らす。

「はい。あっリュウトさん。今行きますんで、ちょっと車で待っててください。」

 誰が来たか映像でわかるようカメラが付いている為、糸子はリュウトが来た事をうちに居ながら確認できた。

 リュウトは言われた通り、車で待つことにした。


 ー30分後ー


 マンション入り口の自動ドアが開き、2人は出てきた。そしてタッタッタッとリュウトの車に駆け寄ると、当たり前のように乗り込んできた。助手席にしおり。後部座席に糸子という配置だ。

「さあ、行きましょう。」

 勇ましく言う糸子。

 ・・・2人とも、バッチリ服装が決まっている。しおりは、リボンの付いた襟付きの、水色のTシャツに、ヒラヒラとしたスカートの様なショートパンツ、そして太ももを半分まで隠す位の長さのレギンス、腕にはアームウォーマーを身に纏っている。ツインテールに結っている、綺麗な丸い石が付いている髪留めは、しおりお気に入りの逸品だ。

 糸子は、先程までの地味な格好とは打って変わって女の子らしい色合いの服を着ている。膝上程まである桜色の靴下、濃いピンク色のスカート、ピンクと白のボーダー柄のセーター、そしてB5サイズのノートが入る程度の大きさの、ブラウンのショルダーバッグ。見るからに『ザ・女の子』といった格好だ。

 それらを身に纏っている糸子だが、髪がしっとりと濡れている。おそらくシャワーを浴びたのだろう。シャンプーの香りが車内に充満する。しおりからも同じシャンプーの香りがするが、髪が乾いている。きっと糸子は乾かす時間が無かったのだろう。

 ・・・今から何しに行くんだったかな?

 もしかしたら不審者がいるかもしれない所に行くんだぞ!浮かれるな!

 リュウトは腕を組み、目を閉じる。

「・・・遅い・・・」

 ちょっと怒った様な口調で言うリュウト

「ごめんなさい。女の子は準備に時間がかかるもので。」

 反省しているのかしていないのかわからない様な感じで言うしおり。

「・・・まあいい。行くぞ!」

 何故かサラッと許すリュウト。2人の、あまりの愛くるしさに怒る気が無くなったらしい。リュウトには2人が猫や小型犬の様な愛くるしい小動物に見えていた。


 糸子のマンションから、およそ車で15分程走った頃、色々な工場が自己主張し合いながら集まっている場所、いわゆる工業団地に到着する。その中の一画に、糸子の研究所はあった。敷地には大きな建屋が2つ建っていて、真ん中の辺りにある連絡通路が2つの建屋を繋いでいる。おそらく航空写真で見れば『H』の形に見えるだろう。

 リュウトは思った。・・・うちの工場の倍はあるな・・・

 大きい敷地の工場、まぁここは研究所だが、自分の勤めている会社と比べてしまうと、やはり悔しい気持ちはある。しかし、いずれうちの会社だって・・・頑張って働いて、頑張って業績を伸ばして、きっと従業員みんなの力で大会社にしてみせる。その為にも、もっと会社に貢献しなくては。こんな状況ではあるが、リュウトは仕事に対する決意を新たにした。

 それはさて置き、リュウトはとりあえず閉まっている門の前に車を停車する。

「待って下さい。今開けます。」

 糸子はショルダーバッグの中から手の平サイズのリモコンを取り出し、ボタンを押す。すると、約1m50cm程の高さの門がガラガラガラと音を立て、右側に開いていく。

 リュウトは、ゆっくりと車を走らせ敷地内に入る。入ってすぐが駐車場になっていて、その広さは、精々車が12台ほど停められる程度だ。リュウトは、入り口から見て1番奥に停める。

 しかし・・・門はこじ開けられた様子は無いし、車から見える研究所正面入口も無事な感じだ。

 糸子は後部座席で携帯電話を見ている。

「第1研究所の裏口に異常発生が確認されています。・・・行きましょう。」

 リュウト達3人は車から降り、裏口目指して歩き出す。辺りはもうすっかり暗くなっている。

 糸子は、流石に自分の研究所。2人を引き連れ、何の迷いもなくスタスタと歩いていく。すると・・・あっという間に裏口に辿り着いた。

 そこで3人が目にしたものは・・・

「これは・・・酷い。」

 糸子は驚愕する。

 裏口の扉は壊されていた。しかも、ただの壊され方じゃない。外側から内側に、物凄い力で吹き飛ばされていた。壊れた扉を見ると、中心部分が異常なまでにへこんでいる。一体、どの様にしたらこんな壊し方が出来るのだろう。

 ふと、リュウトは風を感じ、後ろを振り返る。それにつられ2人もリュウトの目線の方へ顔を向ける。

 !!

 信じられない光景に、3人は動きを止める。研究所を囲んでいるブロック塀の一部が、派手に壊されていたのだ。きっと、扉を破壊した何者かの仕業だろう。そして、あそこから敷地内に入り、ここから研究所の中へ入っていったのだ。

「・・・とりあえず、中に入るか。」

 リュウトは先頭に立ち、車の中から持ってきておいたライトで足元やらなにやらを照らしながら中に入っていく。

 研究所の中は、全体的に暗くてよく分からないが、裏口付近以外、特に荒らされた様子がない。

 高い天井の建屋の左手側には、見かけたこともない球状の装置やらクリーンルーム的な一画やらがある。右手側には、各部門毎の研究室が5部屋程連なっているのだが・・・その真ん中の部屋。そこだけ扉が少し開いている。

「あそこか?」

 リュウトは振り返り、2人に告げる。

「君たちは車に戻って警察に連絡してくれ。俺は少し様子を見てくる。」

 歩き出そうとするリュウトの袖を、しおりは掴む。糸子はちょっと困った顔をしている。

「あたしも行くよ。リュウ兄の背中はあたしが守る!」

 しおりは決意に満ちた表情をしている。

「警察はちょっと・・・別に悪い事は一切していないんですが、中には見た目で疑われるものもありますんで・・・最悪の場合でお願いします。」

 糸子は顔の前で手を合わせ、リュウトに頼み込む。

 リュウトはため息をつく。言っても聞かなそうだ・・・

「分かったよ。じゃあまず、3人で見て廻ろう。被害状況次第で次どうするか決める。いいな。」

 2人は頷く。しかし・・・

「いざという時の武器が無いんだよな・・・」

 不審者がいた場合、不審者が向かってきた場合、即座に対処出来るような何か。

「それなら一応、手持ちにある事はあるんですが・・・」

 糸子は、ショルダーバッグの中から『なにか』を握り締めながら取り出す。そして手の甲を下に向け、パッと手の平を広げる。すると、大振りの木槌が姿を現わす。

 それって・・・

「私の発明品。『どこでも木槌くん』です。」

 しおりは驚く。そして喜びながら、音のならない様拍手するフリをする。まるで手品みたいだ。

「先程、リュウトさんの頭を飛ばそうとしたこの発明品ですが・・・」

 ・・・あっ、やっぱり殺めるつもりだったんですね。

 肌寒い位の気温だが、リュウトは汗が止まらなかった。しおりがジトッとリュウトを見ている。リュウ兄、糸ちゃんに何かしたな・・・

「コレは私しか使えない様にプログラムされていまして、リュウトさんが扱う事は出来ないんです。」

 申し訳なさそうに言う糸子。いや、どの道この大きさの木槌、建屋内で振り回すわけにはいかないだろう。

「まあいいさ。臨機応変でなんとかするよ。『ワニの片腕に城』って感じでね。」

 ?

 しおりは戸惑う。・・・どういう意味?

「リュウトさんがそう言うなら・・・自信があるんですね。」

 !!!

 しおりはとんでもなく驚く。何故なら、糸子はリュウトのことわざの意味を当たり前の様に理解しているからだ。えっ何で?何でわかるの?・・・あたしにはわからないのに・・・

 落ち込むしおり。しかし、今はそれどころではない。気を引き締め直すしおり。落ち込むのは後でいい。

「それより糸子ちゃん。電気はどこだい?いきなり電気をつければ何か動きがあるかもしれない。それに・・・灯りがこのライト一本では、いざという時反応出来ないからな。」

 糸子は頷き、右壁にある、スイッチが10個程付いた操作ボックスの上のレバーに手をかける。

「いきますよ。」

 糸子はレバーを一気に上げる。パッパッパッパッパッっと研究所内の灯りがついていく。

 ・・・特に変化はない。

 侵入者が居るならば、今ので驚いて物音をたててもおかしくないのだが・・・

「もう出て行ったか、若しくは隣の建屋にいるか・・・」

 リュウトは2人を見る。この状況を恐れていない様子だ。むしろワクワクしている様に見える。心配になるリュウト。もっと緊張感を持たなくて大丈夫だろうか?

 3人は警戒しながら問題の部屋に向かう。

 部屋の前に来ると、何の部署かを示す札が掛かっていた。『WPー2』と書いてある。

「ここは何の部屋なんだ?」

 リュウトは、糸子に聞こえる程度の小声で聞いた。

「ここは・・・ウェポン開発室です。」

 シレッと言う糸子。だが、リュウトとしおりはギョッとする。

 2人のその反応を見た糸子は慌てて取り繕う。

「あっ、いい意味でですよ。『ある意味兵器』みたいな。そんな感じです。やっ、やだなあ、物騒な物は作ってませんよお。」

 笑顔を作る糸子だが、汗をダラダラ掻いている。

 ・・・2人は察する。何かあるな・・・

「よし、覚悟はいいな。入るぞ。」

 3人は恐る恐る中に入っていく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る