1ー4
しおりは眠っていた。とても穏やかで、安らかな寝顔だ。一昨日、後ろで1つに結ってあった髪は、今は左右で結ってある。言わゆる『ツインテール』というやつだ。服装は・・・大き目サイズのTシャツを1枚だけしか着てない様に見える。リュウトは気付いた。あっ、このTシャツ、前に俺が貸したやつだ。これで寝間着と言えるのだろうか・・・でも、この部屋は空調が整っている為、心地よい気温だ。だからだろうか、毛布等は一切掛けていない。
しおりは仰向けで眠っている。正直、目のやり場に困る。
「ねえ、糸子ちゃん。寝てる時は髪の毛解いてあげようよ。」
リュウトは少ししおりから目線を逸らしながら言う。
「それよりも見てもらいたいところがあります。」
そう言うと、糸子はしおりの唯一の着衣をめくり上げる。
「ちょっと、何してんの!」
焦るリュウト。急いで眼をつぶる。
「大丈夫ですよ。殿方連れてくるのに何も着せてないわけないじゃないですか。」
リュウトはゆっくり眼を開ける。・・・!?よかった。下にはちゃんと水着の様なものを着ていた。しかし・・・しおりが着るにしては、水着?のサイズが小さい様な気がするが。結構窮屈そうだ。というよりも、元は何も着てなかったのか?
「ほら、リュウトさん。シャツの中に顔を入れてよく見てください。」
いやいや、それじゃあただの変態じゃないか。何の理由があったとしても、本人に断りも無く、しかも女子の服の中に顔を入れてマジマジと見ていいわけがない。しかし、その中に糸子の伝えたい事があるのだろう。見るべきか、見ざるべきか・・・
リュウトは訳もなく頭を掻いたり、指の爪をジッと見たりしている。
糸子はそんなリュウトを見て、『なんか可愛い』と思っていた。
「真面目な方ですね。わかりました。じゃあ、こちらから見てください。」
糸子はニコッと笑い、めくったままのしおりのシャツを元に戻すと、今度はシャツの襟をグイッと下げ、胸元を見せようとする。いやいや、下からが駄目なら上からってか?どちらにしても駄目だろ。
・・・ん?
しおりの胸元・・・というより胸と鎖骨の間、その中心に『数字』の様に見えるアザが浮かび上がっていた。
何だ?これは・・・
リュウトはマジマジと見る。
「・・・4・・・」
しおりにこんなアザは無かったはず。数ヶ月前、一緒に温水プールに行ったのだが、水着から出ている身体は、透き通る様な白い肌のみで、アザの類は一切無かった。
リュウトは気になり、手を伸ばし、触ろうとする。
「眠ってる女子の胸元付近を、本人の意識が無いのをいい事に、勝手に触るんですか?」
そう言うと、糸子は何だかんだすっごく嫌そうな目でリュウトを見る。ピタッと止まるリュウト。そして、汗をダラダラ掻きはじめる。・・・何をしてるんだ、俺は。
リュウトは、伸ばした手をまるで何事も無かったかの様に自分の顎に持っていく。
「これは一体何なんだ?」
しれっと真面目な顔で糸子を見るリュウト。糸子は首を振る。
「分からないんです。実は昨日、しおりちゃん、このアザの事を相談しに私に会いに来たんです。」
糸子はしおりの寝顔をウットリと見つめながら話す。
「でも、調べるにしてもこのうちでは設備が無いし・・・なのでとりあえず明日、つまり今日、私の研究所に行こうってことになったんですが・・・」
糸子は少し眉をひそめ、リュウトを見る。
「おかしいと思いませんか?」
?何がだろう。糸子の問いに首をかしげるリュウト。
「私達、結構大きい声で喋ってるんですよ?なのに何の反応もしないなんて。」
・・・確かに。
そう言えばさっきの会話のやり取りの中で、疑問に感じたことがある。
「しおりに水着(?)を着せたの君なんだよね。『痩せコウモリの夏支度』じゃあるまいし、何で自分で着なかったんだ?」
糸子は深いため息をつく。
「・・・起きないんです。」
寝ているしおりの髪を、指にクルクル巻いたりして遊びだす糸子。もはやリュウトのことわざも、当たり前のように会話に織り混ざっている。
「昨日、しおりちゃんうちに泊まっていくことになって、お風呂に入ろうと、ここで服を脱いでいたんです。そうしたら・・・ちょっと私がトイレに行って、戻ってきた時には、今のこの状態になっていたんです。」
糸子はしおりの肩に手を当て、揺さぶる。
「こうやっても駄目でした。大音量で音楽を流しても、大好物の匂いを嗅がせても、酸味の強い柑橘系の果物を口に入れても・・・視覚以外の五感に働きかけたのですが・・・駄目でした。」
色々と身振り手振りで説明してくれる。しかし、そこまでしても起きないこの症状は一体・・・
「これが本題です。リュウトさんには、この為に来て頂きました。リュウトさんはしおりちゃんと付き合い長いですし、何か、特別な起こす方法を、もしかしたら知っているかもと思いまして。・・・それに、もしこのままだとしたら私1人ではしおりちゃん運べないので。」
そういうことか。リュウトは妙に納得した。確かにこれは深刻な問題だ。恐らく、概算だが20時間は眠っているのだろう。そして、一向に起きる気配がない。
起こす方法・・・方法ね。あるにはある。リュウトは何年か前、どうしても寝ているしおりを起こさなくてはいけない状況があった。その時に使った方法。しかし・・・糸子の見ている前では、かなり恥ずかしい。
「糸子ちゃん、ちょっと席外してくれないかな。」
「いやです。」
ん?えっ何で?
リュウトはキョトンとした顔をする。
「えっと、しおり起こしたいんだよね?」
糸子はリュウトにズイッと顔を近づける。何かを疑っている顔だ。
「はい、起こしたいですよ。でも・・・寝ている女子に何するつもりですか?すみませんが、私のうちでいかがわしい行為をする事は絶対に許しません!」
怖い・・・
眉間にシワを寄せてリュウトを睨みつける糸子。どうやら、かなり誤解されてしまったようだ。変な事しないって!只々恥ずかしいだけなのだが。
「わかったよ。じゃあ、とりあえずやってみるけど・・・引かないでね。」
そう言われても、疑いの眼差しをリュウトに向け続ける糸子。
コホンッ。
リュウトは1つ咳払いをし、意を決する。
しおりの耳元に顔を近づけるリュウト。糸子の視線が痛い。
「ずっと思ってたんだけど、しおりの肌って凄く綺麗だよな。髪も艶々だし、スタイルもいいし。凄く可愛いよ。俺は好みだな。」
は・・・恥ずかしい・・・
リュウトは糸子をチラッと見る。パッと顔を背ける糸子。ああ、きっと気持ち悪いと思われている。落ち込むリュウト。
しかし、糸子の捉え方は違っていた。確かにかなり気持ち悪い台詞だった。だがもし、自分がリュウトにそんなこと言われたらどうなってしまうのだろう。何なら言われてみたい。
そんな考えをして、真っ赤になっている顔を見られまいと、突発的に視線を避けてしまったのだ。
そんなこんなのほんの数秒間。しおりの中をリュウトの台詞が駆け巡る。
そして・・・
パチッ!
ガバッ!
目を見開き、飛び起きるしおり。
「リュウ兄!今なんて言ったの?も1回言って!ね!も1回!」
・・・はい、起きました。
寝起きだというのに、しおりの興奮はまだ収まらない。
「ねえねえ、早くぅ。特に最後ら辺がも1回聞きたい〜・・・えっ?そういえば、
何でリュウ兄がここにいるの?」
やっとそこに気付いたか。
大きなベッドの上、先程の興奮でシーツはクシャクシャだが、そこにちょこんと座っているしおりは、なんとも言えないくらいの可愛らしさを放っている。
「私が呼んだの。」
糸子がリュウトの後ろから声をかける。
「えっ、糸ちゃんが?」
『糸ちゃん』って呼んでるんだ。
しおりはちょっと考え、何やら不思議そうな顔をする。
「何で?いつの間に呼んだの?あたし・・・そんなに寝てた?」
糸子は窓の方へトコトコ歩いて行き、締め切っているカーテンをザッと開ける。黄色い光で照らされていた部屋に、赤い光が流れ込んでくる。
「やっ、眩しい。・・・っていうか夕陽?もしかして、時間巻き戻った?」
何でだよ!
2人は心の中でツッコんだ。
「今日はもう、土曜日だよ。しおりちゃん、昨日の夜からずっと眠りっぱなしだったの。何しても起きなかったんだよ。だから、いつもしおりちゃんが話題に上げてる人、リュウトさんなら、もしかしたら何か特別な起こし方知ってるんじゃないかって思って。・・・そしたら・・・」
糸子は少し照れ臭そうにリュウトを見る。
「まさか、あんな方法で・・・」
あんな方法? しおりはますます興奮してしまう。
「何々!ねえ、糸ちゃん、リュウ兄なんて言ったの?教えて!教えて!」
リュウトは凄まじい勢いで首を振る。もう、残像で首を振っていない様に見える程だ。何なら少し浮いている。
「それはね・・・ヒ・ミ・ツ。」
糸子は人差し指を口に当て、可愛らしく答える。
「え〜、そんな〜。」
しおりはとても残念がる。そして不意に身体に違和感を覚えた。
「ん?ちょっと待って。」
しおりはリュウトに背を向ける。そして座りながらTシャツをめくり上げ、中を確認する。・・・まあ、違和感が無い方がおかしい。
「あたしの下着じゃない。ちょっときついんですけど。」
独り言の様にいうしおり。そこにリュウトが言わなくてもいい事を言い始める。
「だよな。それ絶対しおりサイズじゃないよ。」
リュウトは言い終えると、汗をダラダラ掻き始める。何言ってんだ、俺。正気か?
しおりを見ると、顔を真っ赤にし、涙目でリュウトを見ている。
「うう、リュウ兄見たんだ。リュウ兄のドスケベー!ど変態ー!」
散々な言われ様だ。不可抗力とはいえ、見てしまったのは事実だし、言われてもしょうがない。というより言わなきゃよかった。
しおりは糸子をギッと睨む。
「糸ちゃんも糸ちゃんだよ!何でこんなの着せるの?何でリュウ兄に見せたの?」
糸子を責め立てるしおり。しかし、糸子は動じなかった。
「何でその下着を着させたか。いい質問ね。ねえ、しおりちゃん。しおりちゃん何時間寝てたかわかる?」
まさか質問に質問で返されるとは思ってなかったしおり。怒りは収まっていない様だが、とりあえず考える。
「昨日の8時位からだから・・・20時間位かな・・・それが?」
糸子はニヤッとする。
「それだけ経つのに、今トイレ行きたくないの?」
しおりはハッとする。
「確かに、全然行きたいと思わない。何で?」
怒りは何処へやら。しおりは、右手で下腹部をさすり、動揺する。
そんなしおりの姿をみた糸子は、両手を腰に当て、胸を張り、高らかに言う。
「それはね、その下着こそ私の発明品だからよ。この下着を身に付けるとね、排泄物を体外に出す事なく、体内で浄化する事が出来るの!」
物凄いドヤ顔をする糸子。
・・・すごい・・・
それが本当なら、この子はとんでもない発明家だ。
しかし元はと言えば、しおりの怒りの根源は、リュウトにこの下着を着けてるのを見られたと言うことが問題であり、その機能の有る無しはこの場合、あまり関係いないのだが・・・
「・・・なんか・・・ありがとう。」
と答えてしまうしおり。糸子はツカツカとしおりの前に行き、自らのスカートの中をチラッと見せる。
「ちなみにね、私も今同じ下着着てるんだよ。」
その言葉を聞き、しおりは目を丸くして糸子を見る。
「・・・えっ、うそ・・・糸ちゃん、自分のうちで下着履いてるの?」
そこ?そこで驚く?
糸子は少し眉をひそめる。
「脱ぎたいけど・・・殿方居るから・・・」
チラッとリュウトを見る糸子。・・・そう言うことだったのか。
糸子は話を続ける。
「本当はね、排泄は自然の摂理だし。外出先ではトイレ探したり、我慢しすぎたりしないように履くけど。うちにいる時ぐらいはね。ちゃんと摂理に従わないと。」
素晴らしい発明だ。
リュウトは本当に感心している。この下着があれば、仕事作業中、車の運転中、或いは渋滞中等、色々な場面で排泄に対する不安を解消してくれる。
リュウトはバッと右手を挙げる。
「すみません。その下着、男性用はありますか?」
是非欲しい。
リュウトはワクワクした。
「ありません。」
ガクッと肩を落とすリュウト。
「と言うより、私用しか作っていません。その中でまだ未使用の物をしおりちゃんに履かせました。」
だからしおりのサイズに合ってないのか。納得するリュウト。そしてしおりもつられて納得する。
・・・何の話がメインでここに来たのだろう・・・
リュウトは我に帰る。
「それよりも何よりも、しおり。そのアザはいつからだ?そんなの無かったよな。」
そう、これが本題だ。
「一昨日からなの・・・」
しおりは答ずらそうに言う。
・・・一昨日?もしかしてあの時からか?
「あの球と同じ数字だよな。あれが何か関係があるのか?」
リュウトは口元に曲げた人差し指を当て、ブツブツ独り言を言う。あの球と同じ数字だからといって、どうしてそれがアザとなって、しおりの身体に現れなければいけないのだろう。因果関係があるのか?何にせよ、無関係とは思えない。
そんな思慮をしている最中、どこからか携帯電話のバイブ音が聞こえてくる。
「あっ、私のです。ちょっと失礼。」
糸子は小走りにリビングに行くと、テーブルの上に無造作に置かれている携帯電話を取り、サッとスリープモードを解除し、画面を確認する。
「!えっ!!」
驚きの声が『ネドコ』にまで聞こえてくる。
その声を聞いた2人は、すぐさまリビングに駆けつけた。
「どうしたの?糸ちゃん。」
しおりは糸子の背中に声をかける。糸子は振り向かない。
「何か・・・あったのか?」
リュウトが声をかけても、やはり振り向かない。余程の何かがあったのだろう。
20秒後、ようやく糸子はゆっくり振り返る。しかし、目線は携帯電話の画面に向けられていた。
「私の研究所に・・・侵入者です。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます