1ー2

「お疲れ様でえす。」

 キチンと挨拶をするリュウト。本日の作業も終了だ。

「お疲れ。今日は彼女来てないみたいだな。」

 先輩は、やはりニヤニヤしながら言う。しおりが来ない理由は分かっている。学校が終わったら、バスで3停留所先に住む従姉妹の所へ行くと言っていた。っていうか、もうこの人達はしおりが来ようが来まいがニヤニヤするんだな。

「ん〜、まあそうっっすね。とにかく帰りやす。」

 そう言うと、リュウトはササっと更衣室に行き、ササっと着替え、ササっと帰って行く。

 いつもの帰り道。昨日はこの道をしおりと一緒に歩いた。あの後、彼女を家まで送り、リュウトも2軒隣の自分の家へ帰った。そして翌日、つまり今日の朝、通勤途中に会い、放課後の予定を聞いたのである。

「しおり、大丈夫だったかな。」

 朝のしおりは元気が無かった。と言うより、普段と変わらない様に元気なフリをしているのがリュウトには分かっていた。まあでも、ちょこちょこくるしおりのメールも普段と変わらないし、大丈夫かな。従姉妹の家に行くって言うのもよくある事だし、特別変わった事ではない。

 そう言えばしおりの従姉妹、かなり頭が良かった様な。何せしおりと歳があまり変わらないのにも関わらず、某有名大学を首席で卒業したという頭脳の持ち主。今では発明家としてどこかの研究所で働いているとか。

 そんな事を考えながら歩いていると、家に着いていた。

「腹減った・・・」

 リュウトは家の鍵を開け、中に入る。誰もいない。そう言えば、両親は今日から旅行に行くと言っていた。リュウトは取り敢えず自分の部屋に行き、荷物を置くとリビングに向かう。リビングには、4人掛けのテーブルと、その少し離れたところにコタツが置かれている。夕飯はテーブルの上に置かれていた。早速チェックするリュウト。本日のメニューは『イカフライの卵とじ丼』と『きゅうりとカブの漬物』、それと『あさりの味噌汁』だ。ゴクリと唾を飲む。美味そうだ。早速丼をレンジで温め、味噌汁鍋をコンロで加熱する。今日はいいとして、明日からは自炊しなくてはいけない。そんな事を考えながら、リュウトは料理をよく味わい、食した。

「ご馳走様でした。」

 ぺろっと平らげたリュウト。

 食べ終えた食器を片付け、風呂を沸かす。沸くまでの間、リビングでテレビを見る。ニュースでは、やはり例の『失踪事件』の事を放送している。チャンネルを色々変え、あちこちといろんな番組を観ていると、風呂の沸いた合図の音楽が流れてきた。

 早速リュウトは風呂に入り、1日の疲れを洗い流す。風呂を出、寝巻きに着替えると、髪をよく乾かし、家中の戸締りをしてから自分の部屋に行く。そして、真っ先に床についた。

「明日も頑張ろう。」

 天井を見ながら独り言を言う。

 窓ガラスは未だ割れたままだ。ちょっとした木の板で塞いではいるが、隙間風が入ってくる。まだ少し肌寒い季節。リュウトは毛布を2枚掛け、包まるように眠った。



 今日は休日出勤。

 午前中の作業で終了だ。

「・・・時間だ。おい、リュウト。上がっていいぞ。」

「はい、お疲れ様です。」

 斜め45°の角度の会釈をビシッと決める。

 やっと休みだ。土曜日の午後と日曜日1日。しっかり休んで、また来週頑張って働かないと。

 リュウトが帰り支度をして、帰ろうとした時だった。

「おい、リュウト。今日は違う彼女が来てるぞ。」

 先輩はちょっと怒り口調で言ってくる。

「はい?」

 リュウトはキョトンとする。全然身に覚えがない。

「何かの間違いでは?」

 首を傾げながら玄関を開け、門の方に目を向ける。確かに誰かいる。しかし・・・見たことない女子だが・・・

「お前、そう言う奴だったんだな。」

 先輩はリュウトに軽蔑の眼差しを向ける。

「いやいや、そう言う奴って。誤解ですよ。俺もあの子知らないっすよ。」

 今度は疑いの目を向ける先輩。

「本当か?さっき声掛けたらお前待ってるって言ってたぞ。」

 ・・・声掛けたんだ。

 しかし、本当に誰だ?

 肩の辺りまである髪は、陽の光を受け輝いて見える。年齢はおそらくしおりと同じくらいだろう。背の高さは、しおりより少し低い。桜色のフレームの眼鏡を掛け、大きな目を可愛らしく彩っている。服装は膝上10㎝位の黒いスカートに白いロングTシャツ、その上に袖の短い白いコートの様な、白衣の様な服を羽織っている。

 ・・・白衣?・・・しおりと同じくらいの年齢?・・・まさか・・・

 その女子はこちらに気づき、声を掛けてきた。

「こんにちは。はじめまして。リュウトさんですか?」

 微笑む顔に、あどけなさが残っている。

「はじめまして。・・・そうだけど?」

 リュウトは近づいていき、先程よぎった疑問の確認をする。

「間違ってたらゴメン。もしかして君、しおりの従姉妹?」

「はい。しおりちゃんの従姉妹の、その名も『糸子』と申します。」

 従姉妹の糸子。

 ・・・いいね。分かりやすい。

「そちらの方。」

 糸子は先輩に向かって言う。

「リュウトさんとは今、初めてお会いしましたので、お付き合いはしておりません。」

 先輩は意表を突かれたのか、

「あっ、そうでござるか。」

 と、何故か忍者っぽい言い方をする。

「先輩、すいません。どうもこの子、いつも待っててくれる子の従姉妹みたいで・・・」

「わかってる。聞いてたよ。やっぱりな。俺はお前を信じてた。お前はそんな奴じゃない。」

 あんた、さっきなんて言った?

 先輩はリュウトの肩に手を置き、ジッと目をみつめ、ニコッと笑う。

「後でその子紹介し・・・」

「すみません!ほんとごめんなさい!」

 食い気味できた。先輩、まだ言い終えてないのに、食い気味できた。さすがしおりの従姉妹。

 先輩は下を向き、暗い影を落とす。

「お話があります。さあ、行きましょう。」

 糸子はニコッと笑い、リュウトに話しかける。

「?えっ、行くってどこに?」

「私の家です。」

 それを聞いた先輩は、両の膝と手を地面に付ける。その姿を見たリュウトは、これはマズイと慌てて取り繕う。

「大丈夫ですよ。きっと親もいるでしょうし・・・」

「私、一人暮らしですが。」

 チッと心で舌打ちするリュウト。それなら・・・

「色気のあることにはなりませんから。」

 それを聞いた糸子はちょっとムッとした顔をする。

「ちなみに私、家では下着履いてませんが。」

 ちょっ、なんなんだ?人が一生懸命取り繕ってるのに、この子は。別にそう言われても、何にもしないし。

「後、殿方をうちに上げるのは初めてです。」

 うわっ、馬鹿なのか?この子は!怖くて先輩を見れない。もう、地面に埋まっていってるんじゃないのか?

 恐る恐る先輩に目を向けると・・・!!

 天使の様な笑顔でこちらを見ている。

「リュウト。行っといで。その子の話を聞いてあげなさい。」

 穏やかな顔だ。そして、透き通る様な声。先輩の精神はきっと、別の世界に行ってしまったのだろう。そう、争いのない、穏やかで優しい世界に。

 しかし・・・すぐに悪魔が舞い戻る!

「その代わり、その子の部屋にいる時の写真を撮ってくるのじゃ!」

 とても悪い顔をしている。これがあの先輩か?これが、この姿が、邪な感情に支配された人間の、成れの果ての姿だとでもいうのだろうか。髪は逆立ち、目は釣り上がり、口はありえないくらい横に広がり、笑っている様にも怒っている様にも見える。実際の身長はリュウトよりも低いが、邪なオーラで3m越えの巨人に見える。・・・こんな先輩、嫌だ・・・

「すみません。あなた、気持ちが悪いです。」

 あっ。

 糸子は先輩の目を見据え、真顔でキッパリバッサリ言った。リュウトは思った。『同感です』と。

 先輩の放つ邪なオーラは四散し、その体はゆっくりと崩れ落ちる。そして、動かなくなる。

 自業自得とはいえ、そんなあまりにも哀れな姿を見たリュウトは、このまま放っておけなくもなり、声をかける。

「先輩、もうアレっすよ。今度二人で飯食いに行きましょ。自分おごりますから。ねっ。」

「うん。」

 弱々しい、消え入りそうな声で返事をする先輩。あれ?先輩、こんなに痩せてったけ?

「さあ、行きましょう。」

 先輩のことはそっちのけで、糸子はリュウトを促した。

「あ、ああ。」

 歩き始める糸子の後をついて行くリュウト。門を出てすぐ曲がると、もう先輩の姿は見えなくなる。大丈夫かな、先輩。

 後で聞いた話だが、先輩はその後、別の先輩に抱えられ、家まで運んでもらったそうな・・・


「歩いて行くのか?」

 リュウトは糸子に軽く質問する。

「ええ、ここからならバスに乗らなくてもいいくらいの距離なので。」

 糸子は笑顔で返す。

 リュウトは少し戸惑っていた。さすがに初対面の相手。しかも女子にどんな会話をしたらいいのか。だからといって、沈黙も気まずいし・・・

「それにしても、さっきの会話はまずいんじゃないかな。」

 話を切り出すリュウト。

「えっ、何の事ですか?」

 糸子は何のことだか分からず、質問を返した。

「いや、あの『一人暮らし』だとか、『うちでは下着履いてない』だとか。」

 リュウトは心底不安で心配して言っているのだが、糸子は首を傾げる。

「んー、でも、本当の事ですし。」

 リュウトは更に不安になる。

「本当の事でも、言っちゃダメだよ。特に後者は、変質者にでも聞かれたら・・・」

 糸子は足を止める。リュウトも2、3歩歩いた先で、どうしたのだろうと足を止めた。

「あ、あれは・・・」

 上目遣いでリュウトを見つめる糸子。

「何の魅力もないみたいに言われて、ちょっと悔しかったから・・・」

 ジッと見つめ続ける糸子。リュウトも糸子の目を見つめる。見つめ合う二人。しかし、この時リュウトは『何睨み効かせてんだ?この子』と思っていた。

 糸子はニコッと微笑む。

「心配してくれてるんですね。すごく嬉しいです。」

「いや、嬉しいとかじゃなくて、『桶を担ぐ犬の耳』みたいな事しないように!」

 リュウトは真剣な顔で言う。

「はい、わかってます。これからは気をつけます。」

 糸子は真面目な顔で答える。・・・ならいいのだが。二人はまた歩き始めた。

 それにしても・・・リュウトのことわざを糸子は理解したようだ。これは今までになかった事。誰もが皆、頭には?が付いていたのだが・・・


 10分程歩いた頃。

「あっ、あのマンションです。」

 そう言う糸子の指した指の先には、10階建ての建造物がそびえ立っている。この辺りにはあまり高い建物が無いせいか、一際目立つ。

「いい所に住んでるんだな。研究者ってそんなに稼げるのか。」

 リュウトはボーッと見上げながら独り言を言う。

「さあ、行きましょ。私のうちは10階です。」

 リュウトは糸子の後につき、セキュリティーの高そうなマンションの中に入って行く。


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