軽蔑から始まった
エフ
第1話
惨状、と言う他無い。
ゼミメンバー10名。
うち、正社員として就職できたのが俺を含め3名。
非正規2名。
無職3名。
他行方不明。
ゼミ教員の励ましも空しく、学生達は屠殺前の家畜のような目をしている。
自分の今後を少しでも想像すれば、そうなるのも仕方ない。
そんな彼らを見て、俺は・・・
俺は、答え合わせを終えたような気持ちだ。
彼らに同情なんて、間違ってもしない。
彼らの現状は、あくまで結果だ。
その結果に至るまでの過程が必ずあるし、俺はそれをよく知っている。
同情なんて感情を軽く消し飛ばすほどの過程を。
何のことはない。彼らの現状は自業自得で片付く。
俺はこの大学に来てから、「努力」というものについて、初めて真剣に考えるように
なった。
どうしたら、人間は努力するのかと。
ありたい自分を追及したい。
憧れの人を目指して。
豊かな生活をしたい。
安泰を得たい。
だから、努力する。
健全だ。
しかし、人間は健全な動機でなければ努力できない生き物でもないらしい。
こうはありたくない。
こんな奴らと同類だと思われたくない。
少なくとも、俺の努力はそういう類の暗く捻じ曲がった感情から始まった。
昨年の卒業生、10年卒の連中も同じようなものだった。
米国発の金融危機。
生まれる年が少し違えば、彼らももう少しマシな結果だったのかもしれない。
今の新卒就活は、無能に対して徹底的に冷酷だ。
そんなことを言う俺は有能なのか考えてみると、客観的に見て怪しいものだと思う。
俺はただ単純に、就職活動で求められることを早い段階で理解し、そのために準備し、
計画通りに就職活動しただけ。
飛び抜けた対人能力や学力があるわけでも、具体的なスキルがあるわけでもない。
根っ子の部分だって、彼らと大差無い。むしろ同族と言っていい。
同族だからこそ、彼らの考えること、思うこと、行動パターン、精神的な甘えを熟知している。
同族を嫌悪するのは、相手の内面が分かってしまうからなんだろうな。
同族達を観察していて思うことがある。
俺達の前には、三つの壁があるということだ。
一つ目は情報の壁。
自分にとって確かな情報を得られる環境に身を置いているか。
その重要性に気づき、積極的に情報を得ようとしているか。
この大学の学生は、大卒の就職について情報弱者と言わざるを得ない。
二つ目は認識の壁。
客観的に正しい情報を聞くことと、それを正しいと認識することは全く別物だ。
もし正しい情報を全ての人間が正しいと認識できるのならば、情報格差なんてものは
これほど拡大していない。
自分が信じたいものを信じ、目を背けたいものは見ないのが人間だと思う。
三つ目は行動の壁。
正しい情報を得たからといって、だから何だ。
行動の伴わない情報に何の意味がある。
知識だけをコレクションしても人生は何も変わらない。
彼らは壁の前で止まっている。
そして俺も、3年前までは壁の前で止まっていた。
3年前
本日の講義は以上です。
お手元のレポートは次回提出してください。
「面倒臭い・・・。」
「次の講義も面倒だ。あと何回休めたっけな。1、2・・・3回はいけたか?」
何のために大学に来ているのか。
未だに自分でもよく分からない。
高校を卒業した。
大学に入学した。
そこまでは覚えている。
しかし、前期の記憶が曖昧だ。
なぜだろう。途中からほとんど大学に行かなくなったからだろうか。
前期は必修を含め8割くらい単位を落とした・・・と思う。
自分の成績を見るのも嫌で、よく覚えていない。
それでも飽き足らず、後期になった今も相変わらず講義をサボり続けている。
講義が難しかったわけでも課題が大変だったわけでもない。
ただ何となく、大学が面倒臭い。
ここは定員割れのFラン大学。
金さえ払えば、どんな馬鹿でも、やる気の無い奴でも入学できる。
馬鹿でやる気も無い俺がなぜ大学に来たのか。
その理由は、一言で言えば家庭にあると思う。
俺の親は大卒。
勤め先も、まぁ大卒が就職するような企業だと思う。
そういう親は、自分の息子を大学に通わせるのが当たり前と考えるものなんだろうか。
うちは決して金持ちではないが、4年くらい俺を食わせるのに困っているわけでもない。
とりあえず大学に行っておけと親に言われ、本当にとりあえず来てしまった。
まぁ学費は奨学金から支払っている。
別に家庭の経済が逼迫してなくても、2種の審査は通るもんだ。
奨学金を借りている奴が全員貧乏というわけでもない。
本当に家庭経済が逼迫していたら、そもそも大学なんて来ない。
高卒時点で直ちに親から労働を命じられているだろう。
要するに、この大学に来ているような
連中は、俺のようにモラトリアムを金で
買っているようなある種のボンボンだ。
「すみません。前回の講義、就職活動で出れなくてー・・・。」
「これ証明の書類なんですけどー・・・」
4年生だろうか。就職活動ねぇ・・・。
遠い話だな。
やっぱ大変なのかな?
贅沢は言わない。俺は適当に、どこか就職できればいいんだが。
そもそも、何で就職なんてしないといけないんだか。
そのために生きてるわけでもあるまいし。
・・・こういうことは、就職を気にしている人間しか考えないのかもしれない。
就職から目を背け、文句を言いつつも、やはり気にはなる。それは認める。
しかし、考えたくはない。不安に殺されそうだ。
「・・・今日はもう帰ろう。」
「就職・・・就職ね・・・。」
「ネットで見たが、「学生時代どのようなことに打ち込まれましたか?」とか聞かれるんだろ。」
「ゲーム、アニメ、漫画、動画・・・。それなら結構やってるけど、ダメかな。」
・・・いや、さすがに分かってる。
注ぎ込んだ時間そのものに価値は無いということくらい。
「サークルとか、ボランティアとか、今更だよな・・・。」
サークルの募集掲示板を見たのは入学式以来だろうか。
元々友人が多い方でもなく、集団でワーワーやるのは好きになれない。
それに、もう完成された人間関係の中に入り込んでいくのは勇気がいる。
可能ならば、そういうのに関わらない人生を送りたいものだ。
募集掲示板を嫌々見る。
「スポーツ系はなぁ・・・。」
「カードゲーム・・・ラノベ・・・アニメ・・・。うーん・・・。」
「・・・ん?」
「就職クラブ・・・?」
「うわぁ・・・こんなのあるのかよ。」
「キャリアセンター主催か。ふーん・・・。」
「・・・帰ろう。」
「あ、興味ありますか?」
「え・・・?」
「その就職クラブ、今から説明会なんです!」
「はぁ・・・いやぁ・・・。」
「15分くらいですから、是非ご参加ください!」
声がデカい。
目を合わせすぎ。
キャリアセンターの職員だろうか。
こういう人種に勧誘されると断りにくい。
心を鬼にして断ろう。
帰ってやりたいゲームもある。
「・・・あ、じゃあ、一応見てみます。」
自分が嫌になる。
学生だけで構成されている団体よりも、
教職員が絡んでいる団体の方が何となく安心する。
これは俺だけだろうか?
とりあえず、話を聞くだけだ。
「えー、もうご質問も無いようですから、説明会を終えさせて頂きます。」
「関心のある方は、お手元の書類に・・・」
何が15分だ。30分はかかったぞ。
それに・・・
「・・・帰ろう。」
感想。
「よく分かんねーけど、何かムカつく。」
理由はよく分からなかったが、どうやら、就職活動は4年生から始まるものではないらしい。
っていうか、コミュニケーション能力って何だ。
訳の分からないこと言いやがって。
そんなものより、資格とか?そういうのを取った方が役に立つんじゃないのか?
面接なんて上手いこと嘘ついて、乗り切ればいいだろ。
確かそんな感じのことを、ネットとか、あと周囲の奴らも言ってた気がする。
もしかして、俺はこのままだとヤバイのか?
ヤバイのに気づいてなかっただけで。
そもそも、あの職員達の言ってることは正しいのか?
ビビらせようと大げさに言ってるだけじゃないのか?
ってか、俺は普通にどっか適当に就職できりゃいいんだよ。
そこまで高い目標を掲げてるわけじゃないんだ。就職のために必死に努力するつもりはない。
・・・。
・・・嫌になる。
行動しないが猜疑心だけは強く、内容を理解できずとも反発だけはする。
我ながら、厄介な性格をしている。
サルだ。
ここはサル山。
じゃあ、そんなサル山の中にいる俺は何だ。
俺はこいつらとは違う。
数日前から、ずっとそんなことを考えている。
高校時代に交友のあった奴らとの、小規模な同窓会から、ずっと。
バカ高時代の同期は大半が高卒で就職。
たった1年働いただけで、随分と先輩風を吹かしてくるものだ。
高校時代に友人だったからと言って、必ずしも当時の関係性を維持できるものでもないらしい。
「大学へ進学した奴」の中でも、俺みたいに「バカ大学に進学した奴」はこんなことを言われる。
「そんな大学行って何か意味あるのか?」だ。
正直、ぐうの音も出ない。
最初は苦笑いと自虐でかわしていたが、酒が回るとそうもいかない。
「大学なんてよー、一部の大学以外意味ねーだろー。」
「そ、そうかな。」
「有名大学以外は高卒の俺達と大して就職も変わらないんだろ?」
「いやー・・・どうだろ・・・。」
「まぁ東大生だろうがプライドが高くて職場じゃ使えねーって有名だけどなー。」
「・・・。」
「お前と同じ部署に東大生が何人もいて、他の奴らと比較した上で言ってるのかよ。」
「・・・あ?」
「さっきから聞いてりゃ、何でそんなに大卒を敵視すんだよ。」
「敵視なんてしてねーよ?ただ、大学なんて行って意味あんのかなーって思ってるだけ。」
「言っとくけど、大卒の方が就職は良いからな。給料も高いし。」
「本当かよ。お前が通ってる大学よりも、高卒の方が就職もマシな気がするけどなー。」
「それはお前が大学に行ってないからだろ。何も知らないくせに妬むな。」
「・・・少なくともお前みたいにバカ大学通ってる奴を妬むことはないけどな。サルだらけなんだろ?」
「・・・。」
「さっきからお前、散々同じ大学の奴らを馬鹿にしたようなこと言ってたけどさー、お前も同類じゃないか?」
「は・・・?」
「お前もそのサル達も、同じ大学の同じ学部。それが全てだろ。」
「同じじゃない!」
「どこに違いがあんだよ。」
「・・・。」
「単位もロクに取っていない。やる気があるわけでもない。同じようなもんだろ。」
「だから・・・俺は講義中あんなにうるさくしない・・・。」
「お前だって講義無視して携帯イジったり、寝てんだろ?騒いでる連中と同じで、ただの不真面目じゃないか。」
「少なくとも周りに迷惑はかけてない!」
「なるほどねー・・・。」
「・・・。」
「でもお前、それってお前以外誰にも理解されないだろ。」
「・・・。」
「考えてもみろよ。世間から見たら、お前は誰でも入学できる底辺大学の学生。
それがお前の肩書きであって、「講義で他人に迷惑をかけない」なんて些細すぎること、傍から見て分かるわけないし、理解しようともされないだろ?」
「・・・。」
「だから同じようなもんだよ。お前がさっき滅茶苦茶言ってたサルと、お前は同じ。
騒いでるサルか、静かなサルか。」
「おいおい、いい加減にしろ。さっきから聞いてたら、お前言いすぎだぞ。」
「・・・帰る。」
「え!?あ、ああ・・・。ま、また誘うからな!」
「逃げやがった。」
「お前なぁ・・・。」
泥沼だった。
大卒を否定したい高卒と、大卒を肯定したいFラン大生。
勝負のつかないコンプレックスの衝突。
同じレベルの言い争い。
酒で一皮剥かれたらこの様だ。
しかし、この目の前のサルどもと俺が同じという言葉は認められない。
俺がこいつらと同じ?
全然違うだろ。
全然違う。
確かに大学も学部も同じだけど、俺は・・・。
「お前も同類じゃないか?」
今日も、脳がこの言葉の反芻を止めてくれない。
俺がこいつらと同じ・・・。
・・・嫌だ。
それだけは、嫌だ。
こんな奴らと同じ目で見られるのだけは耐えられない。
「俺はサルじゃない。」
道徳の教科書が真っ青になるようなコレが俺の始まり。
健全な理由など無くとも、人間は努力できる。
ところで、世の中には劣悪な状況から逆転した偉人もいるらしい。
そいつらは本当に、本に書いてあるほど健全な理由で努力したのだろうか。
いつか本音を知りたいもんだ。
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