3.8 北へ――
「バルーク様からのお便りです」
やあ、元気にしているかな。ボクが紙なんて言う頼りないものに文字を書くのは、よほど重要な事だけだ(逆説的なのは気にしたら負けだ)。
庶務が山積しているので、手短に言うが、つい先ほど、北を行動範囲とする盗賊団の斥候から、“あやしい動き”があったとの連絡が届いた。おそらくあいつ絡みだろう。場所はフィールシアのあたりだ。マナデンという町の近くに青の暗殺者、パサンがいる。そいつに話を伺ってみてくれ。
目が君を持つ――バルーク
夜。ヴァネッサは両手に収まりきらない大きさの紙に、小さく文章が書かれた手紙を受け取った。使者は手紙を渡すや否や真っ直ぐに帰っていったため、バルークに感謝の気持ちも質問も伝えられないのは少し残念だが仕方ない。
自室へと戻ると、ラクトはイルヤークルから貰った宝玉に見とれている。このままだと話を上の空で聴くのだろう。ヴァネッサは彼の意識を
「青の暗殺者……、うん。まあ事態が進んできて一安心というか、いや不幸なことというべきか」
「明日の早朝、日の出とともに出発する」
「了解!」
そんなこんなでマナデンの地に足を踏み入れることとなった二人。旅の道中彼らがどんな様子であるかはもう十二分にお見せしたため、今回は素直に目的地に着いてもらおう。
◆
さて、マナデンは雪国である。幸い今の時期はまだ雪害に見舞われるほどの降雪量は無いが、それでも寒いものは寒い。
「こ、ここまで寒いとは。一応防寒装備でよかったよ」
そうは言うものの、ラクトは鼻水をだらだらと垂らし、肩を上げ、如何にも寒そうな様子である。しかしそのことを強調して、ヴァネッサに圧力をかけている様子はないため、そこは褒められる点か。
「ここはあまり大きな集落ではないな……、宿屋も小さい」
「ち、小さくても入ろうよ。暖かいんだろう」
それもそうだとばかりに頷くヴァネッサ。彼女が宿の扉を開けると中から温風が吹いてくる。満身創痍の体を回復魔法で治癒された時には、きっとこんな気分なのだろう。
「いらっしゃい! こんな田舎にお客さんとは、何ともありがたいよ」
店の奥には初老の男性がひとり。大きな声でそう言い放つ。どうやら彼はかまどの火を見守っていたらしい。
「とりあえず、一晩泊めてくれるか? 場合によっては延長も有りうるが」
「はいはい。もちろんでございますよ」
二人の会話には目もくれず、ラクトは目の前にある大きな火床に暖を取りに行く。もう一人の客の存在に気づいた店主は、ラクトに薪の置いてある場所を教えた。
「どうぞご自由に……、で、どうしたまた、こんな辺鄙の地に?」
「私たちはレガリアから派遣された大陸治安維持官だ。ここ最近、なにか盗賊に関する出来事は起こらなかったか? どんなに些細なことでもいい」
店主は間髪を入れずに情報を提供する。
「そういうことなら、とっておきの情報が。先日、山の中腹に居を構える盗賊団が、北方のウーラ・ガルトへ遠征しているのを、村人数人が目撃しているんです。」
薄ら笑いを浮かべて口を動かす。店主のその笑みが、宿泊料を得られることによるのか、それとも旅人との久々の会話に喜んでいるのかは定かではない。ここでは一応、ヴァネッサはそれを
「ちょっと待ってくれ、ウーラ・ガルトだって! それはまた、どうしてそんな場所に? ヴァナ、彼らはただ者では無い気がするよ」
彼女の懐疑心が和らいだのは、知識豊富なラクトへの信頼でもあった。
「私が多くの宿泊客と旅人から仕入れた情報ですから、少なくとも真実と正反対ということはないでしょう。それに、彼らはもう拠点に戻ったといいますから、もし用があったとしても、弊害はありません」
「そうですか。しかしまた、どうしてその盗賊達は、古代ドワーフの遺跡なんかに……」
「まあ、核心を突くようなものではなかったものの、これはこれで重要な部品だ。協力に感謝する。では、私たちを部屋に案内してくれ」
「かしこまりました。」
もうしばらく火床で暖まっていたいと言い張るラクトは残すことにして、ヴァネッサと店主は二階へ消えて行く。ふと彼は各部屋にはこうした暖房器具がないことを予期し、ひとり落胆するのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます