3.2 初めての情報蒐集

 ヴァネッサとラクトが港の町オーランを旅立ってから三日後、ダレクの言っていた分家の拠点が近辺にある中規模の村落、ランプに到達した。

 馬での移動なら二日で移動できる距離だが、ラクトが腹を下したことによって到着が遅れてしまっていた。

 この村は大きくはないまでも、施設は充実しており、二人はすぐに旅籠屋はたごやの予約を取って食事をすることにした。


「神は観る

 我等の希望

 竜神が誘うは

 戦の瑞祥」


 吟遊詩人が竜神を讃える歌を熱唱する側を無言で通り過ぎ、料理を注文する。しかし、食べることのみに気を取られ、二人は座る場所を取っていなかった。そのことに気付いたラクトが早速探しにかかるも、空席は見当たらない。仕方がないので料理を持ち、先ほど素通りした詩人の前でしばしの間声援を送る。彼らに対して二度以上の無言通過は最高の侮辱であるからだ。


「はあぁあ。やっとだよ。三日ぶりのまともな食事……。やはり肉とゆで野菜の組み合わせが一番!」


 数日間まともな食事が摂れなかった反動か、ラクトは通常の倍ほどの速度で食べ物を胃に流し込んでいくが、ステーキを半分平らげたところで通常速度に戻る。その時にはヴァネッサがすでに二枚目のステーキを食べ始めようとしているところだった。


「そうだ。ラクト、すこし待っていてくれるか? ここでも十分金貨を賭けられそうだ」


 二枚目を切り分けていた最中、“用事”を思いついた彼女はそそくさと宿の中へと入っていこうとする。


「ヴァナ、それなら、あまり長い時間席を外さないでほしい。ここ、外だから、変な人に絡まれたくないし……、ほら、なにより、せっかくの肉料理が台無しだよ!」


 その必死の懇願にたいして、彼女は歯を見せて笑いかけただけだった。

 約束通り、料理が冷めないうちにヴァネッサが戻ってきた。そして当然のことのように手にはジャラジャラと音の鳴る袋を持っている。


「それ、また勝ち取ってきたのかい?」

「そうだ。自分たちの冒険に使う金のことを考えると、多いにこしたことは無いだろう?」

「そうだけど……きちんと法の中で収まっているんだよね?」


 ラクトがいつにもまして心許ない声色だったのに対して不思議がっいていたヴァネッサであったが、ここでようやくその心意の内が読めたようである。どっと笑いだし、解説する。

 「これはなあ――」という一言と同時に、明かりとして机においてある申し訳程度のろうそくを中央に寄せる。


「力が強そうだったり、髭を生やしていたりして豪快そうな冒険者らに、こうやって勝負を仕掛けてもらってくるんだ」


 言い終えるといきなり手の甲を机に出し、そのままろうそくの炎の上に移動させる。そして上から段々と距離を縮めていき……。


「うわわ! 止めなよ、熱くないのかい!」

「分かっただろう? どうやって入手しているか。悪いことはしちゃいないさ」


 ラクトは相方の超人さを改めて脳に焼きつけた。彼女はそれ以上のことはせず、手に入れた銀貨を数え、偽物でないかを確かめていた。


「そうだ。ダレクからこの村の近くに盗賊団があるって聞いてここに来たはいいけど、まだ正確な位置は掴めてないじゃないか」

「よく言ってくれた。ラクト、私は資金を調達してきたぞ。自分がすることはわかるな?」


 自分で自分の墓穴を掘ることになった感がある。一方でヴァネッサの言っていることも至極まともなので、反論はできない。

彼は観念して席を立った。おそらくこの肉料理が温かいうちに完食するのは無理だろう。

 もう一度酒場に足を入れる。手前に広間があり、そこで詩人が歌ったり女性が踊っていたりするから、自らの義務を達成するためには嫌でもお祭り大好き人間に付き合わなければいけない。

 ちょうど一曲目が終わった。ラクトはその場を肉の中に入っていた小骨を吐き捨てるような気分で後にした。

 酒場深部に入っていくと、やっと飲み場らしくなってくる。ここで、彼は以前ヴァネッサから教わった三か条に則って情報を聞き出せそうな人物を探していく。一か条目は、信憑性のある情報を求めるといっても店の主人からは聞き出さないということ。通常の情報収集ならまだしも、今回のような場合、あとのことを考えてもなるだけこれは避けて通りたい。

 二か条目は、聞き出し易そうな人物を見極めること。独り身の老人は性格に難がある場合を除いて比較的好ましい。そして最も好ましいのはやはり放浪の民だろう。だが今回はそのような人物は見当たらない。

 構想は決まっている。あとは聞き出す人を見つけるのみ。決めあぐねていたが、ここでようやく禁止人物一覧には入っていない者を見つける。見たところ、まあまあ稼ぎの良い商人のようだ。丸々太っている。その重荷から考えるに、おそらく二日三日はここに留まるつもりだろう。されどたかが数日。心配要素はない。


「す、すみません。お話、良いですか?」


 ぬっとこちらに向けた顔はいかにも不機嫌そうなものであったが、次の瞬間にはもうとげの無い顔になっていた。


「おお、違いましたか。いやはや、これは失礼。私、先ほどから酒を頼んでいるのですが、いまだに来なくてね。来たら苦情を言ってやろうと」


 関係のない人に陰険な表情を見せてしまったからであろうか、突然饒舌になった商人にすこし面喰らったが、何とか表には出さず、さっそく本題に入る。


「ああ、それは災難ですが……、それはさておき、ぼく……私はこう見えてもレガリア王国の傭兵でして」

「ほう! お国の傭兵さんが、これはまた、どうしてこんな村なんかに? なにか工事を行うのですかな? 街道を整備するとか」


 自分の調子が狂う。陽気な商人を禁止一覧に追加したあと、息を整えなおして意見を押し出す。


「いえいえ、実はここ近辺に盗賊団の居住があると聞いて。その偵察に加えて村への影響について調査しに来たんです」

「おお。それなら私に訊いて正解でしたな。昨日このような話を聞きました。なんでも西門、通称“戦の門”から出てすこしだけ西寄りに進むと池があるのですが、その近くにあるようですぞ」

「なるほど。ありがとうございます。では、私はここで」


 見事初の仕事を達成したことによる解放感からか、急に声が弱弱しくなる。足も震えている。


「ああ、せっかく会ったんですから。ここは何か買っていってくれはしませんかな」


 ラクトにとって、呼び止められることは想定外だった。いやしかし、それは相手にとっても同じ事。今度は相手の番と割り切って少しだけ付き合うほかないようだ。


「ほら、お兄さんは、何色が好きなんです?」

「い、色ですか」


 幸い金貨は先日訪れたカルン近郊の酒場でヴァネッサからたんまりもらっていた。金の心配はいらないということで、その質問には少々自信をもって「緑です」と返事する。


「なら、こういうのはいかがでございましょう? 実は私、宝石商でして――フォルマイトです。通称森の星」


 鞄から取り出された布。その中からはひとつの“緑”がこぼれた。


「触っても?」

「どうぞどうぞ。私はケチな二流の宝石商とは違って、触ってもらうことでその良さを確かめてもらいます」


 太陽に照らされた葉の如く明るく清々しい緑を湛えているそこにはムラがなく、べったりとした濃厚な色合いといった印象を持たせる。さらによく見ると中央から五本、黒の細い線が外に向かって伸びている。なるほど。星という語を表しているのは明白だ。


「この宝石は、どのくらいの価値になりますか?」

「裸石状態でいいのなら、金貨三枚が妥当でしょうな」

 端が上に撥ねた形のくちひげをさすりながら何やら満足げに言い放つ。

 と。ラクトはいきなり六枚の金貨を机に並べ始める。


「これより持つ質のいいもの、多分ありますよね? 一番いいの、出してくれますか」


 その間も金貨を八枚、九枚と並べていく。


「お、客さん……! いやあ、これは参りました! 見せましょう。これはめったにお目にかかれないものですぞ」


 さっきのものとは比べ物にならないほど重々しく取り出したその黒い袋から、ゴロン、と一つの“森”が転がり出してきた。

 凝縮された森。よく見ると所々に色の濃い部分があり、先ほどの滑らかな色合いとはまた違った美しさがある。いや、これを見てしまうともう最初の石には戻れまい。

 問答無用で金貨を十枚机に置くと、“森”を手に、商人の元を後にした。



「遅かったじゃないか。私がらどうしていた」


 彼はこの有意義な買い物を、ヴァネッサがどう反応するかを密かに楽しみにしていたのだが、開口一番の皮肉にたじたじである。


「うう、ごめんよ。詩人の前をまた通らなくちゃいけなかったからさ……」


 下手に全ての要因並べて言い訳を作ると逆効果なのは知っていたので、ここは素直に謝る。早々に謝って収穫を報告したいのだ。


「でも、でもねヴァナ。僕は始めて自分の仕事を遂行したよ! 情報を得た。彼らの居場所はこの村の西門からでてそこからさらに少しだけ西の方角に進んだところにあるらしい」

「よくやった!」


 三杯目かそこらの酒の入った杯を掲げる。つかの間の褒めに続いて、彼女は冷めきった肉を指さして、


「どんどん固くなるぞ」


 と催促する。食べながら、ラクトが無言で先ほど大金をはたいて買ったフォルマイトをお披露目する。

 ヴァネッサの冷ややかな碧眼が、その時ばかりは棘の無く、柔らかな目つきになっていた。




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