3.3 陥穽を乗り越えて
◆
さて翌日。ヴァネッサとラクトは目的地である盗賊団、イグトルの住処に来ていた。
天気は良好。視界良し。気温もこの季節にしては平年並みで、日光が当たらなければ暑さは感じない。まさに、野掛け日和である。
そう、野掛けには最適なのだ。時間も正午に近くなっている。だがこれから敵の巣窟に向かうと考えるとこの状況は幸運なのだろうか。
「ねえヴァナ。僕はこの間盗賊の拠点を襲撃した時も思ってたんだけど、どうして夜襲や奇襲を仕掛けるとかしないんだい」
「歴史ある遺跡や、由緒正しい家系の人物が主となっている館に入るとき、自然と背筋が伸びてきて、胸が高鳴り、粗相のないようにしなければと思うだろう? それと全く同じことをしようとしているのだ」
この言葉を聞いて、ラクトは彼女がどれほど賊という属性のある集団に対して盲目的な好意を抱いているかを、今一度思い知らされることとなった。
適当な言葉を拾って会話の継続に専念しようと思ったものの、敵を目前にしておしゃべりを楽しむ馬鹿がいるか、と一喝される未来しか見えなかったので、大人しくついていく。
今回はまずきちんと扉に鍵がかかっているかを確認する。ここも施錠をしていなかったため、武器を構えながら空気を振動させず、目の前の扉を慎重に開けていく。
洞窟に居を構えているので、当然ながら内部は暗い。特に今回は壁に掛かる松明の数が少なく、進むのに難儀するはずだ。
「うわ! わああ!」
だがこの拠点にはそんな地味な嫌がらせよりも、もっと注意すべきものがあったのだ。今、ラクトが引っかかった罠がそのいい例である。
「な、落ち着け!」
冷静さを失うと、まさに相手の思うつぼとなってしまう。ヴァネッサはどうにかラクトを安心させようと腐心する。そして同時に、どこかにもう一つの罠やその痕跡がないかを隈なく探す。
ようやく洞窟内の暗さに目が順応したことで、地面から少しだけ浮いて水平に張った縄を見つけられた。ナイフで切ると、土を伴って網が勢いよく地中から飛び上がった。
ついで直ぐ相方を捕らえている網を切って、そこから彼を脱出させてやる。
「あ、ありがとう。少し……、こ、混乱してたかな」
「とんだご挨拶だったからな。責めるつもりはない。それにここには仕掛けがあるってことがわかったろう? 最良の収穫だ」
ラクトに非はないのだ。そして何より彼の自尊心を気遣って、彼女はあまり深くこの一件については触れない。
どうやら先ほどの罠は、上に二回乗ると感知する仕掛けを採用していたらしく、後続したものが先に犠牲になるように仕込まれていた。さらにそれに気を取られていると、今度は少しずらした位置にあったもう一つの罠に先頭がかかってしまう。相当練りこまれた仕掛けであったが、ダレクがここにいるのは盗賊界きっての「知識人」だと言っていたのを思い出し、ヴァネッサは納得した。
幸運だったのは、それからしばらく進んでも何の仕掛けもなかった上、あれだけ大きな声を発したのにも関わらず、敵が一人も襲い掛かってこないということだ。
だがヴァネッサは、今しがた幸運が途切れていたのを知った。
「伏せろ!」
自らが倒れるのと共にラクトを地面に俯せさせると、ここからそれほど離れていない前方の壁から何かが発射される。確認することは出来なかったが、おそらく小型の槍か、寸鉄であろう。
まともに喰らっていたら致命傷を負いかねない凶悪な罠。何発か断続的に発射されていたそれが止まってもなお、ラクトは恐怖でまだ伏せている。
「土にも仕掛けがあるかもな」
冗談交じりにヴァネッサが言う。と、すぐにラクトは跳びあがってまた先に進むようになった。
突き当りを右に曲がって進むと、今まではせいぜい三人横に並ぶのがやっとだった道幅が、急に広がった。天井も一回り高くなり、圧迫感から解放される。
「ああ、心なしか、空気までおいしい気がするよ」
ヴァネッサは深くうなずいた。こうでなくては。余裕がないと戦えない。
今まで神経を研ぎ澄まし続けた二人は、辺りから何も聞こえないことを確認し、探索につかの間の休憩を挿むことにした。そこに会話はなかったが、互いの鼓動が共鳴した気がして、ラクトは大分気が楽になる。
暗闇に身を置いて数刻、彼は体の中から使命感のような何かが湧いてきた気がした。罠から助け出してもらったこと、盗賊が住む洞窟を探検し、無事で生還したこと、そもそも王に命じられ、ヴァネッサと共に旅をするはめになったこと。ここ一週間と数日で経験したことのいくつもの記憶が、彼にとって大きな自信となっていった。というもの、これはきっと世界主の「まだ死ぬ時ではない。お前は必要とされているのだ」という啓示だとラクトは思っていたからだ。
再出発する時には双方ともに勇気を持っていた。種類と規模は異なっていたが、それがあることで起こり得る不幸はまずない。
とは言っても罠があれば不幸が起こる。再び先へ進もうとした矢先、それが二人の邪魔をした。
「ラクト、最も殺傷力の高い仕掛けのお目見えだ」
「ああ……やっと僕にも見抜けてきたよ」
二人の視線の先にはほのかに隆起した地面。ヴァネッサは両手で持つ大きさの石を探して、それを隆起の上に投げる。
ゴーン!
棘のついた格子状の鉄が、罠として鋭く作動する。重厚な金属が発する音もよく響くと、二人は改めて実感した。
「良し」
その一語だけで、ラクトには「行くぞ」という意志が伝わった。
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