2.7 難関 「乙女心と歳の謎」
「しかし匪賊の中にも、ああいった話の分かる人もいるんだね」
「いった通りだろう。もともと彼らの大半は国の民だった。身分は違えど、そこは実能主義だから問題ない。その合理さと適切な規模、“美学”が垣間見える特定の行動は、まさに民主政の
「ほんと、心酔してるね」
二人は必要な情報と腹を膨らます食事を得た後、予約していた宿屋に泊まるためにさっさと山賊の拠点を後にしていた。下手をすれば、ダレク達よりも二人の方が匪賊らしい。
しばらくの間今日会ったことを互いに反芻し合い、オーランにある数少ない路地の内のひとつに入ると、その瞬間に一人の少年に声をかけられる。
「す、すみません……。あの、恵んでくれませんか?」
袖を引かれ、自分達に話しかけていることを確信したヴァネッサは、金を持っていると気付いたことに驚きながらも振り返る。
「え、どうしたんだい、君は。もう家に帰る時間だろう? こんな陰気な場所で道草食べてる間に……」
「家がない」
ラクトは閉口する。そういわれる可能性があるとわかっていながらも、いざ言われると、なかなか心に響く。
ラクトが進退を決することも出来なくなってしまっている中、ヴァネッサが無言で金貨を一枚落とす。まだ飢え死にするにはあまりにも惜しい、その小さな手の上に。少年は掴んだものを確認すると、息をのむと同時に激しく喜んだ。なにか数言の助言をかける暇もなく、彼は無邪気な童顔に似つかわしい屈託のない笑顔を浮かべて礼を言い、その場から走り去ってしまった。
ラクトがヴァネッサの顔をうかがう。しかしこちらを見つめる二つの眼は平常そのものだったし、なにより金貨は二人では使いきれない程携帯していたので、今起きたことを気にする必要はなかった。一応微笑むと、ヴァネッサも目は合わせなくとも笑みを作っていた。
路地裏とも言える薄暗い建築物密集地を抜けると、ちょうど空は傾く大洋によって暖色に染まり、夜を待っていた。
ラクトが一人、静かに水平線に目を向ける。すると相方も負けじと前に進み、甘い日の光を浴びる。光を独り占めにして、誰にも渡さない、とその背中が語っているような気がした。
日と夕空の、はっきりしない境界線は柔らかい。“生命の母”と称されることの多い海も、今の太陽の脆弱そうな光や
ラクトはしばらく、そのしみじみとした情緒を感じさせる景色に黙らされていた。ふと尋ねたいことを思い出し、口を開こうとすると、またもや少年が金をせがみにきていた。
「なあ、二人がさっき見るからにみすぼらしいチビに金貨をあたえてるとこ、オレはきちんと見てたぜ。恵んでくんねえかな」
そして、先ほどとは打って変わって、なかなか厄介そうな子供である。欲深さが垣間見えるその言いっぷりに少々腹が立ったラクトが対応する。
「君は願い事をするっていうのに、その態度は何だい? そんな子供には、恵んであげられないね」
「ええー、じゃあ何でさっきのチビには金やってたんだよ。あいつよりも、オレの方がずっと身なりもしっかりしてるし、色んなモン見る目だってこえてんのによ」
「いや全部が駄目だよ! 確かに子供には慈悲の心が働いて、すこしは恵む気になるかもしれないけれど、君みたいな生意気な発言をする子にはまったく恵む気にならない。よくそれで今まで生きてこれたね……」
そんなラクトの辛辣な評価にも少年は微塵もめげなかったが、流石にこれ以上交渉が進むとは思わなかったらしく、標的を替えた。
「はぁ……。お前じゃもう埒が明かないよ。そっちの姉さんのほうが話が分かりそうだな」
「ね、姉さん!?」
「あ?なんだよ、あんたの母国のじゃあ、こういう言葉はなかったのか? それともそういう文化がないのか?」
「~~~~~」
見るからに顔は赤くなっているはずだ。覗くときっと害を被るのでラクトはそんな事出来ないが、後ろから耳を見るだけでも十分赤面しているということは誰が見てもわかる。多分この調子だと、視線も泳いでいることだろう。彼にはこういった状況は初めての体験なので、打開策を持ち合わせていなかった。
しかし、この状況は事をややこしくした当人、ヴァネッサが自ら解決した。気が付いたころには、金貨を一枚少年の手に握らせていたのである。少年は何とも言えない表情を漂わせていた。
一言も発さずに二人は宿屋への道をたどる。波打ち際からはもう身を引いたのに、潮の香りと潮騒は耳から離れようとはしなかった。そして、先ほどの気まずい場面も、脳裏にアメのようにこびりついて離れようとはしない。これらすべてが会話の無いことによって強調されたのならば、暗黙状態はこりごりだとラクトは感じる。
「……私は、何歳に見えるのだろう? ラクトは、どう見える?」
「うぇ!?」
沈黙がこりごりだと思っていた自分が恥ずかしいだろう。さらに上の気まずさが予測できなかった、その想像力の低さを、彼は自責する。
「……と、年相応?」
「まだ私の歳は教えていないじゃないか」
他人(乙女)の心を推し量れない自分という存在をも責めることとなった。
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