2.6 新たなる指標


 以前ラクトが名の由来を発表されて衝撃を受けた酒場があったが、今この洞窟の奥部、もとい宴会場はそこよりもさらに騒々しい。ここにいるだけで、これが野蛮人の姿――いや、人間の実情かと嫌でも思わせられる、そういった空気の中、ヴァネッサ、ラクト、そして先ほど彼女が剣を交えた山賊の親分、ダレクは円卓を囲んでいた。


「そうか。で、つまりあんたらは、最近起きた事件についての調査の過程で俺たちイグトル〈夜の牙〉を襲撃したのか」


 改めて言葉に出されると、この作戦の荒唐無稽さが一層露わになるようで、ラクトは徐々に目線を下げる。


 しかし隣の憂わしい気持ちを微塵も感じずに、ヴァネッサはこれまでの経緯やこれからの予定を堂々と話しまくる。するとその思い切りの良さが功を奏したのか、単にこの一連の行動にひょうきんさを見いだしたのはかわからないが、ダレクは一笑し、落ち着いたところで自分たちも協力する旨を伝えた。


「いいんですか! でも僕たちは、いきなり拠点に飛び込んできて、部下をなぎ倒して、挙句の果てにはこうして食料を食べてしまっているのに」

「ラクト、こういう時はな、素直に喜んでおけばいいんだ。驚いたところで、さらに良いことが生まれるのを、私は見たことが無いからな」


 それでもラクトは素直に喜ぼうとはせず、ぶつくさと何か呪文のようなものを唱えながら自分の世界に入っていった。


「まったく、連れがこんなわからず屋なあんたに同情するぜ。あんた自身は利発で機転が利くのによ」


 褒め言葉をかけられたヴァネッサであったが、そういったことにはあまり慣れていないらしく、注がれた酒を飲みながらかすかに笑っただけだった。


「ところでさっき、あんたは次の目的地をあやふやにしていたようだが、まだ決まっていないのか?」

「そうだな。目星は付けていたのだが……まあ、ここに来れば何かわかるだろうと思ったんだ。次に行くべき場所は?」

「その飄々とした返しといい、適度な横柄さといい、あんた、ただものではないな? ならば道しるべをしてやるのが最善だろう」


 いつの間にかその話に耳を傾け始めていたラクトをおいて、ダレクは話を続ける。彼によれば、この盗賊団は現在二分しており、その分家はここより南の方角にあるらしい。そしてそこには情報屋として盗賊界に名を馳せている知識人がいるという。


「知識人! 僕は今の今まで何かの組織に属した人しか見てこなかったから、無所属の賢しい人物には非常に興味があるんだ。その人は、もしかして魔法理論とかも嗜むのかい?」


 “知識”と聞いては黙っていないラクト。そのことについて根掘り葉掘り聞こうとする。だがあいにくその知識人とやらは、魔法に関する専門知識を持ってはいないらしい。一方で社会情勢や有名人物、さらにはその思想まで及ぶ情報を持つという。ダレク曰く魔法の知識と違って「実践的な」内容だという。それを聞き、一人は歓喜し、一人は悲嘆にくれた。

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