2.3 華めく宴
普段から人気溢れるレガル・ナーグ城が、今日は一層華やかさを増していた。それは長机に並べられた豪勢な料理のおかげでも、各地方から取り寄せた高貴な香りを持つワインのおかげでも、全身を色とりどりの布で着飾った貴婦人や、適度に肌を露出する踊り子のおかげでもない。ただ、第一助言員がいないからだ、と王は言う。
「うむ。それではアデル殿も、さぞ天で歓んでいることだろうな」
サーブルが海を隔てた所に位置するアスペント国の大臣と意見を交わしている間、宰相は手を伸ばせばすぐ取れる位置にある高級な羊肉を前にしても、それを神妙なものとして認識しているような表情をしていた。もちろんそのような顔は、ここでは火山に青々とした緑樹が一本だけ生えているように異質なものとして捉えられる。幾人かの貴族や高級騎士団員が励まそうとして近寄ってくるが、挨拶を含めた一連の言葉を尽く無視されるか、どう見ても「何ともなく」ない顔で「何ともない。どうぞ宴を楽しんでください」と受け流されるだけだ。
ワインの給仕係がその憂き目をした男の杯へ注ごうとした時、王が正面の椅子に腰かける。
「魚の骨が刺さったか? それとも苦虫がサラダの中に紛れ込んでいたのか?」
もし料理長がその場にいたら首から上どころか下まで真っ青になるであろう言葉を半ば冗談として投げかけるが、肯定も、否定もない。
「まったく。お前の考えていることなら、お見通しだ。またヴァネッサの埋め合わせのことだろう?」
宰相の口に力が入る。生唾を飲み込んで、右の方にある、華麗に盛り付けられた果実の山を眺める。
「それもそうですが……、新たな懸念要素が出現しました。それも二つ同時に。ですが、一つは国家規模なので、ここでは相応しくないでしょうから、二つ目の方を、説明させてください」
手には牛のあばら肉を持ったまま、表情は岩石のように冷たく、厳めしいものとなったサーブル。“らしく”なった王を前に、彼は語り始める。「ヴァネッサとロキアスの目撃情報を耳にしました所、つい二日前にオーランに滞在していたようです」
早くも生真面目な顔を止め、最低限の作法と共に肉をむさぼるようにしてほおばる王が、うわべだけ関心を持って言う。
「ふむ。オーラン? ああ、海産物で有名だな。ウニやカキ、絶品食材を有する幸福な街に、彼らは何の用があったのだ。ここからだと遠いな」
遠き青海に思いをはせるなか、宰相は容赦なく現実に引き戻し
「海鮮食材は、また考えましょう。とにかく問題としているのは、二人が“賊の住む場所”から出てきたという情報です」
「ということは、悪党どもと寝食を共にしているということか!」
お世辞にも賢明とは言えない稚拙な推測にめげるような男では、側近は務まらない。募るじれったさをかみしめ、残りの言葉を発する。
「わかりませんが……、不穏な動きが起きているのは、世界でも同じです。その、何といったらいいか。今は大きな影響は有りませんが、大事件の発端はごく小さなものからです。大事の前の小事。秩序のほころびを、見逃さぬよう、ご注意を」
王にはヴァネッサ達の報告が、最後の発現と何か関係するのかがわからなかったが、実は語り部も同感であった。伝わっている可能性は低い、と。宰相になるためには、相当の頭脳を持っていなければならないという条件が、無数にある。それらを満たした者、その人が狭き椅子の職、宰相となれる。しかしいくらその明晰な才能をもったとしても、他人に情報を完全に伝えることは不可能だ。彼も、その摂理を今、身をもって知ったことだろう。
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