第一部:出国そして――
1.1 旅へ
◆
レガリア王国にある魔法で動く道具、いわゆる魔法具がすべて使えなくなった。魔法が送力されず、城や町の照明、調理に使う火、便器に溜まった水を流す装置など、半自動化されたものは一瞬にしてガラクタと化してしまった。
その被害は止まることを知らず、隣国のトータイク、ランツ、そのまた隣国のフルハント、さらには魔界のイベリース綜国にまで波及していた。
この事態の改善に真っ先に取り組んだのはレガリアの王、サーブルである。
「ヴァネッサを呼んでくれ」
少々しわがれた声を荒らげ、近衛兵に指示をする。この小太りの初老こそ、サーブルである。幼いころより父から武術の手ほどきを受け、成人の式を挙げた後には遊牧民の討伐、およびその首領との同盟を結ぶなど、戦的才能だけでなく、外交手腕にも長けていた。
「はっ! 参上いたしました。どういった御用件で」
「昨今、大陸の多くの魔法具が原因不明の停止を引き起こしている。そこで、ドラト騎兵団将校の主には、当分の間の休暇を与える」
強烈な宣告である。昼食休憩の合間に呼び出す小規模の令では、まるでない。厳格な軍隊を指揮する立場の彼女でさえ、一瞬戸惑ったが、それを表には出さず、王のくだらない冗談であることを願う。
「……ありがたきお気遣い。しかし、受け取りかねます。私にはいまだに多くの課題が山積しております上、現状に既に満足でございます。それと――魔素の供給断絶と、休暇の給与というのは、いささか因果性に欠けているように思えますが」
「案ずるな。貴官の役職には、それ相応の人材を振り分けておこう。後継人を育成する、良い機会ではないか。また、件の事件についてだが、貴官には、その原因についての調査を行ってもらう」
王の傍らに立つ宰相と、新たな任務を与えられた当の本人は共に目を見開く。しかし後者はすぐさま口を開き、会話を絶やさない。
「承知いたしました。ですがこの件、私だけには少々力不足かもしれません。ですので、何人か従者を連れて行ってもよろしいでしょうか」
「そちらについては、もう既に準備を終えておる」
今度は宰相に耳打ちした。同伴する人物を呼ぶように伝えたのだろう。
「連れてきました」
「ご苦労。ヴァネッサ、彼はロキアス。我が国が誇る魔術研究所の有能な研究員だ」
その言葉を聞くと、彼女は王に一礼し、周りの兵士にも敬意を表しながら謁見の間を退場した。
「さあ、お前も旅立ってこい。外の世界へと」
◆
ヴァネッサは呆気にとられ、怒りを感じていた。
突然呼び出され、何事かと駆けつけてみればいきなり調査に向かえなど、王はいつから皇帝になったのか、と彼女は侍女に愚痴をこぼす。
「でも、私は、ヴァネッサ様を羨ましく思います。その剣の腕があれば、どんな困難だって突破できるでしょうし、なによりも冒険だなんて、わくわくしませんか」
「陽気だな。王令という属性を持っている以上、その冒険とやらは縛られているんだ」
◆
荷物をまとめ終えた彼女が向かうのは、城下町の喫茶店。
「
注文したものが机に置かれる。文字通り黒く、そして透き通った液体。苦いが、独特の香りがクセになる。品種によって味が違うというので、彼女は最近益々はまっている。
と一服している最中に、白衣を右手に掛けた色白の男――どこからどうみても研究員と思しき者――が入店し、ヴァネッサの正面に静かに座った。
「私の同伴者だったな?」
「ああ、そう言われたよ。僕はロキアス・アルノーザ。君は……」
「ヴァネッサ・スペアニル。騎兵団長兼王の第一助言員だ」
「へえ。そんな偉い人だったのかい!」
カップに手をかけ、その香りを十分に堪能したあと、飲んでいる黒茶の苦味を反映するかの如く、皮肉を言い放つ。
「偉くて悪かったな」
「え、いや、怒らなくても……。驚いただけじゃないか」
陰険で気まずい雰囲気が立ち込める。これから共に旅をするというのに、これでは先が思いやられる。
熟考した結果、彼もとりあえずは黒茶を頼むことにした。砂糖をたっぷりと入れた一杯を注文する。
「どうして僕たちなんだろうね。他に人はたくさんいるのに。軍でも派遣すればすぐなんじゃないかな」
「たとえ敵国がいなくとも、何がいつ攻めてくるかわからない。国民かもしれないし、魔の軍勢かもしれない。或いは、もし敵が組織だった集団であれば、軍を派遣すれば勘付かれ、目的達成は難しくなる。私たちは身分を隠して行動せねばならない」
「……すごいね。さすがの洞察力」
「必須能力だ。皆持っている。こんなもので一々感心するなら、この先の旅路が思いやられるぞ」
「はい……」と、しょげてしまう。
「ヴァナ、と」
「え?」
彼は突然発された単語に驚くが、そんなことはお構いなしに続ける。
「ヴァナだ。私のことはそう呼んでくれ。君は――」
突如、ロキアスの目が潤った。認められたという感激と、相手の配慮に感銘を受けたのだ。
「わかったよ、ヴァナ。僕のことはマンティスって呼んでくれ。研究所の同僚にもそう呼んでもらってたんだ」
「嫌」
これほどまでに見事な“一蹴”があるのかという程、完璧な謝絶であった。発言には聞き間違いようがないので、彼は代わりにその理由を聞く。
「だって、ニース語で英雄って意味を持つ言葉じゃないか」
「ニース語が分かるのかい!?」
すぐに、あまり武人を舐めない方が良い、とのきつい叱咤の言葉が降り注ぐ。こうなるともうこの会話では、気弱な彼が取り付く島は無い。ただただ甘ったるい黒茶をすするのみ。
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