第11話 私だけのお父さん。

 幼稚園に続き、小学校に入る前の事。


「今から飛行機に乗るから明日の朝にはおうちに帰るからね」

 それが最後のお父さんとの会話、もちろん電話で。


 翌朝には事態が一転していた、お母さんがテレビに噛り付いていて私がリビングに降りると抱きしめてソファに座らせた。

「お父さんの帰りが遅くなりそう、大丈夫よ明日の夜には帰ってくるから」


 言葉とは裏腹に私を抱く腕には力が籠っていた、痛いほど。


 テレビからレポーターの声が聞こえた。

「アオキ電機の社員の方が空港でトラブルに巻き込まれた様です、昨日搭乗予定だった173便に搭乗されておりません、搭乗時刻の一時間ほど前に言い争う声があり日本人と見られる成人男性が連れ去られたとの目撃情報が入っており、、、」


 母に体の向きを変えられ母の胸に抱き寄せられた。

「大丈夫、お父さん強いから悪い人を捕まえて警察に連れて行っているのよ、犯人が白状するまで解放されないかもしれないけど、すぐに帰ってくるから心配しなくていいのよ」



 お昼前に生徒が私一人だけの大好きなピアノの先生二重ふたえ先生がやってきた。


 ピアノの先生では有るけど小学校に上がる話が現実味を感じ始めた年明け頃から、ピアノの時間より終わった後クッキーを焼いたりお寿司を巻いたり、ミシンの使い方を教えてもらって手提げバッグを縫ってみたり、大根を収穫して煮物を作ったり、漬物の作り方まで教わった、主婦の鏡の様な人だ。

 私の主婦力が高いのはきっとこの先生のお陰。



 先生が来てすぐにお母さんとお爺ちゃんは家を出た、すでに予定が組んであって私が安心できる二重先生にお願いしたのだろう。


 お父さんを迎えに行くって。


 入れ替わるように家の周りに沢山の車が並び始め、沢山のテレビカメラが並んだ、テレビにはその様子も映っていた。


 結局お母さんとお爺ちゃんはお父さんを連れて帰って来ることはできなかった。




 そして私が6年生になった現在でも母親はいまだに、

「そのうちにひょっこり帰って来るから」


 と諦めた様子は見せないが、お父さんが帰って来ないことは私には分かっていた。



 この家のリビングに三年前にもうすでに帰ってきている事を私だけが知っている。


 そして(誰かがいる)と言う気配すら注意しないと感じなくなってきて、中学生になるまではここに居て欲しいと思う願いが叶うのか心配になっている今日この頃。


 三年間前のあの日「お父さん帰って来た」母にそう言うと、お父さんが見えない母はひどく混乱した、なのでお線香もお供えも出来ない事を心苦しく思っている。











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