第10話 お母さん。

 青鬼あおきさんが帰った夜めったに見ない人と食事した。


 母だ、この母私が小学校に入るまでは私に柔道の指導をしたり、一緒にお料理作りましょ、とかこまめと言うかかなり子煩悩な母だった、お父さんが帰ってこなくなるまでは。


「お父さんの留守を守らなければならないの」といきなり社長代行(つぶれそうな会社だったので引き受けてくれる人もいなかったらしい)となると、もうその日から日付が変わる前後の帰宅となった。


 当然家事はほったらかしで朝食は毎日クロワッサンだけ、夜の分として千円が置いてあった、朝はまだ寝ているかすでに出社していて顔を合わせるのは日曜日だけ、しかもお昼近くまで起きてこない。


 その頃は小学一年生、学校帰りに総菜かお弁当を買ったりしていたら他の子なら、

「お使いえらいねえ」

 なんて褒められただろうけど、なにせその年で真っ白けでサングラスだ、変な子がうろついていると警察まで出動する騒ぎになった。


 まあ武道館で顔見知りの警察官も何人かいたから私の顔を見ただけで騒ぎは直ぐに収まったけど。


 しかし「正体はアオキ電機のお嬢様」(そんな大層な)と言う噂が駆け巡り一躍有名になってしまった。


「アオキ電機お嬢様ご来店!」の幟が立ったり、店主と並んだ記念撮影が飾られたりもした。

 おまけ攻勢に悪い気はしなかったけど。


 でもお弁当はすぐに飽きて、お母さんの料理を手伝った体験から徐々に自分で料理をし始めた、当然、掃除洗濯もだ、なんてけなげでお利口な子だったのだろう。(自画自賛)

 二年生に成る頃には一端いっぱしの主婦レベルになっていた。




 お母さんが起きてきたら仕方なく紹介(したくなかった)するつもりだったけど、結局お母さんがリビングに降りてきたのは片付けも終わった午後三時。


 そして顔を合わすと社長の態度が板についてしまったのか、

「昨日は料理手抜きだったわね、時には仕方ないけど続くようだと支払い減らすから」

(家計費として十五万貰っている、多くはない、家の高い税金もここから支払わなければならないから)

 と上から目線、体調不調なんて頭にないらしい、まあこの五年間医者に掛かった事もない、叔父が医者だけど。


「昨日怪我しちゃったの、動けなくなる事ぐらいは知ってる?」

「怪我をしたら動けないって骨でも折ったの、動いているからそうでもないか」


 そう言ってテーブルの席に着く、何も言わないけど食べ物の要求だ。


「肋骨にひびが入った、昨日一日寝たからもう大丈夫」

「さすが赤鬼、あなたでも動けなくなるの?」


 取り敢えず私特製の冷やした偽ハーブティーのポットを冷蔵庫から取り出してコップに注ぐ。


「一応母親は人間、いや鬼さんだったわ、やっぱり遺伝だね」

「あなたはおじいちゃんの子だからおじいちゃんの直系よ、私は鬼じゃないわよ」

「何言ってるのそれなら私たちは姉妹であなたも赤鬼って事になるけど」

「私は母から生まれたの、あなたは卵じゃなかった」

「ハイハイ私の母は恐竜です、育ててくれたのは鬼だったけどね」

「誰が育ててくれたのかしら」

「よく言うよ」

(青鬼さんの事は黙っておこう)


「今頃起きてきてご飯どうするの、すぐに夕飯だけど」

「何が有るの」

「ピラフとレタスの山」

「それじゃあ山を丘に変えて丘だけでいいわ」

「野菜たくさん食べなきゃ」


 私はレタスの皿から三分の一を別皿に取って母の前に置く。

 別皿は自分の席に。


 冷蔵庫からそれぞれのドレッシングも取り出して。


「毎日草食動物の様に食べさせられている、太らなくていいけど」

「深夜に食べるから気を使っているの、お酒はダメよ」

「土曜にひと缶だけ神様のおぼし召しよ」


 手を出さないと思ったらお箸を出してなかった、(ちょっとぐらい動きなさいよ)

「私が買ってるんだけど、スーパーで」


 シンクの上の棚からお箸を取って渡す。


「あらもうお酒が買える歳になってたの早いものね」

「どこまで本気なんだか、まだ小学生、じゃないな小学校の見習い教師だから一応大人か、じゃあ結婚しよっと」


 テーブルを回り私は母の向かいの席に座る。


「分かってると思うけど婿養子取らないと道場誰かに譲らないとならないわよ」

「譲るなら電気屋の方、おじいちゃんの娘なんだから」


 お母さんはレタスを一枚一枚お箸でつまんで口に運ぶ、私はお皿に取った分一口で。


「だったら五年以内に子供産みなさい、一人前になるのに二十何年も掛かるのよ」

「えーと今十三だから十八かギリセーフね」

「なに馬鹿言ってるのどこの世界にそんなでかい十三歳がいるものですか、西洋人でも」

「マジ?頭大丈夫、生年月日まで忘れたの、ボケ始めたんじゃない?」


 そう言って自分のお皿をシンクへ。


「失礼な鬼だわね、あなたは社外だけど一応取り締まり役よ、そんな子供に任せられる訳がないでしょ、、、あら、桁間違えた?、おかしいわねどこで歳を拾ったの」

「拾えません、落とせるならお母さん十歳くらい落としてみれば」


 お母さんの空いたお皿も片付ける。


「そうなの私の歳を拾ってくれた訳ね、納得」

「はあどこまで本気なんだか狸社長って呼ばれてない」

「呼ばれていません、神様仏様よ、あなたは当然鬼」

「知ってるわそれくらい、私が行ったら鬼が来たーって大騒ぎしてるもの」


 そう言ってからお皿を洗い始める。


「いい歳の社員泣かせないで、なだめるのが大変」

「だから玲子は経理なんて無理なの配置替えしなさいって言ってるでしょ、何回同じ間違いしてると思ってるの、見なくても間違いの場所指摘できるわ」

「玲子って、あなたの三倍の歳よ、せめて玲子さんて呼んであげて」


 洗った皿をシンクの横のかごに入れておく、よく使う食器はここが定位置、

 他の食器は棚へ仕舞うけど。


「無理、私あの子の顔を見るだけで腕がわなわな震えちゃうの何とかしてよ」

「天敵なのよあの子にとって、あなたの顔を見ると思考停止するそうよ」

「じゃあ見る前にフル稼働させて間違わないように言っておいて、私も血管切りたくないわ」


 母は自分の額の両側を指で引っ張り上げてから、


「青筋がつのの様に見えるって知ってるの」

「想像は付く、幼稚園の時散々鬼とからかわれたからトラウマよ」

「それは投げ飛ばされた子供の方じゃない、白色恐怖症の子供が一気に増えたって」

「それまでは耐えていたの、いじめた方が悪いのよ」


 入園当時一番ちびでしかも変な奴だったから夏休み前まではいじめと言うか揶揄からかわれっぱなしだった、私を庇ってくれる子なんていなかった。


 夏休みでぐんと背が伸び九月には後ろの方に並ぶようになっていた、形勢は逆転していた。


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