第34話 決戦一

「行くぞ」

 モレットが平静に進軍を告げた。

 クライトたちは山中を素早く進んでいく。八方に斥候を出して小山をいくつか超えていき、目的地へと一直線に向かっていく。

 そして、それは見えた。

 窪地の中心に、枯れ草に飾られた小屋があった。周りには大小無数の石が並べられ、円形の幾何学模様を描いている。

 そこに、頭巾付きの外套を身に着けた数十の人影が、石に隠れるように横になっていた。

「自分の好きなように始めろ」

 鎧を纏ったモレットが囁く。クライトは二振りの短剣を逆手に構えて、幾何学模様の上空を指差した。

 呪文を呟く。

 天蓋状の岩板が、幾何学模様を覆い尽くした。

 同時に、奥の山から岩石が転がり落ちていく。少数の男の兵士が山を駆け下りていく。クライトも走った。後方から幾重もの足音が続いてくる。

 岩石が天蓋状の岩板を砕いた。

 無数の岩片が辺りに散らばる。クライトは呪文を呟いた。ギブライドたちが動き出す。瞬く間に一帯が怒声に包まれた。クライトは魔法を発動する。

 立ち上がった人影の首が飛んだ。血飛沫が噴き上がる。

 男の兵士たちが叫んだ。武器を構えてギブライドたちに突っ込んでいく。クライトも新たな呪文を呟いた。幾何学模様に足を踏み入れる。

 突然、眼の前に敵が現れた。

 見覚えのある顔、ギブライドの部下だった男。殺しの呪文は間に合わない。上段から剣が降ってきた。

 魔法で受け止める。敵の体勢が崩れる。その喉を、クライトは短剣で掻き切った。

 顔見知りを殺す感触。心に動きはなかった。シアルを助ける。ギブライドたちを殺せ。その二言が、クライトの頭を支配していた。

 人が、岩陰に座っていた。指が動いている。火を吹いてきた。

 クライトの視界が火に埋まる。その向こうで人影が動いてる。屈み、クライトも火を吹いた。敵の火を押し返しながら前進する。

 男の呻き声。敵が燃えている。クライトは短剣を構えて突進した。

 左から、足音が近づいてきた。

 傭兵だった男。手には何もない。クライトは呪文を呟きながら距離を取る。

 槍が、唐突に男の手に現れた。

 突いてくる。首。危機感が躰を動かす。クライトは魔法を使いながら躰を捻る。穂先が逸れていく。肩に熱が走っていく。

 避け切った瞬間、魔法で敵の顎を殴った。完璧に入った。棒のように倒れていく。そこに馬乗りになり、クライトは短剣を振り上げた。

 寒気が駆け抜けた。

 咄嗟に前に転がる。突風が背中を撫で付けた。即座に、クライトは後方に火を飛ばす。素早く体勢を整えて振り返る。

「よう」

 ブソルが立っていた。その手には戦斧が握られている。

 クライトは呪文を呟いた。ナーノも呪文を口にする。こちらの方が早い。クライトは腕を振った。

 ブソルが這い蹲った。

 魔法が外れる。起き上がりながら向かってきた。戦斧を振りかぶる。その右腕を、クライトは魔法で止めた。

 不意に、ブソルの頬が膨らんだ。

 針。クライトの顔に飛んでくる。瞬時に魔法で叩き落とした。

 腹に、衝撃が食い込んだ。

 蹴られたのか。気付いた時には足が地面から離れていた。魔法も解けている。ブソルの雄叫びが聞こえた。

 再び戦斧が襲ってくる。

 クライトは体勢を立て直さなかった。魔法の発動を優先させる。そのまま仰向けに倒れ込んだ。左手の魔法で戦斧を止める。

「温い!」

 ブソルの踏む岩板が、音を立てて砕けた。戦斧が動き出す。止めきれない。クライトは右手の魔法も使った。ようやく戦斧の動きが止まる。

 直ぐに、ブソルが戦斧を離した。拳を握って突進してくる。クライトは魔法を解いた。

 拳が降ってくる。

 魔法は間に合わない。クライトは横に転がった。視界の端で拳が追ってきている。

 当たれば一発で致命傷だ。クライトは夢中で短剣を振って反撃する。軽い手応えがあった。また、ブソルが視界に入る。

 ブソルの右の前腕は、深く抉れていた。

 それを成し遂げたのは、ナーノに貰った短剣だった。クライトは起き上がりながら魔法を放つ。ブソルが上体を起こした。そこに、ナーノの短剣を投擲する。

 ブソルの右腕が反応した。それを魔法で止める。

 ブソルの胸に、短剣が突き刺さった。肺の位置。浅い。クライトは魔法を解いた。瞬時にブソルが駆けてくる。

 クライトは両手で魔法を使い、ブソルの胸に刺さる短剣の柄を掴んだ。ブソルの顔色が変わる。胸に刺さる短剣を抜こうとする。

 クライトは、魔法で短剣を押し込んだ。それから強引に捻じっていく。

 骨の折れる音。さらに、内側に捻じ込んだ。

 ふっ、とブソルの焦点が乱れた。前進しながら傾いでいく。クライトは体を躱してブソルを蹴り飛ばした。同時に呪文を呟く。

 ブソルは転がるように倒れた。まだ息はある。その首を、クライトは魔法で撥ねた。

 近くに敵の気配はない。クライトは辺りを見回す。

 味方は、五人といなかった。

 いつの間にほとんどが倒れている。ギブライドたちは十人以上残っていた。

 遠くから、女の叫び声が聞こえた。数人の女が奥の山から下りてきている。それで、ギブライドたちの半数が迎撃に向かっていく。

 モレットが戦っているのが見えた。

 相手はナーノだ。モレットは押されていた。モレットが死ねば敗戦は決定的になる。クライトは加勢に走った。

 モレットの背後に別の敵が迫っていた。それを、クライトは魔法で止める。モレットが背後の敵に気付いた。

 隙。ナーノが短剣を突き出した。金属音が鳴り響く。

「この男だけは、絶対に殺させんぞ!」

 ギュラスが、モレットとナーノの間に割り込んだ。不自然な体勢。ナーノの短剣が蛇のように動く。

 血が、ギュラスの首から噴いた。

 モレットが剣を振り上げる。ギュラスごとナーノを叩き切った。身を翻し、背後の敵も切り伏せる。

 突然、爆音がした。

 熱風が飛んできた。外套が持って行かれそうになる。一瞬で砂塵に包まれた。

 辺りが、俄かに静まり返る。

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