第33話 前夜

 トルガードが潜伏していたのは、ガシェーバを通る河を一時間ほど下った地点の近くにある、山の麓だった。

 陸路で付近に着いた頃には陽は暮れようしていた。村を二つ間に挟んだ山中で一向は荷を下ろす。

「残りの猶予はどれくらいだ」

 モレットが言った。クライトはレスダムールの言葉を聞き、ようやく真実を伝える。

「レスダムールの足止めが成功した。明日の昼までは大丈夫だ」

「分かった」

 モレットが情報収集の指示を出し始めた。女たちが方々に散っていく。

 しばらくして、ギブライドたちを発見したという報告があった。

「窪地のような場所にいました。中央に小さな建物があり、そこから広がるように岩で幾何学模様が作られています」

「攻めるにはどうだ」

「地形としては周囲は山に囲まれている為、攻め手に圧倒的に有利です。しかしその幾何学模様というのが厄介で、これ自体が防壁の役割を果たしています」

「破壊できるか」

「岩を転がり落とした場合は、さらに防壁を増やすことにもなりかねません。それで相手を閉じ込めて火を入れることも可能ですが、その場合は皆殺しになります」

 皆殺し、シアルも死ぬ。クライトは視線でモレットに訴えかけた。

「それは駄目だ。レスダムールを殺すわけにはいかない。あの男には天の世界による異界転換を成してもらう必要がある。引き続き調査を進めろ」

「了解しました」

 女が走っていく。クライトは地図に眼を落とすモレットに声を掛けた。

「こんなに動いて大丈夫なのか」

「斥候には警戒している。それに例の幾何学模様から離れてくれるなら、それはそれで好都合だ。ここまで接近できれば逃がす恐れもない。それより、他に隠している情報はないだろうな」

「最初から何も隠してない」

 しばし、モレットはクライトを見据えていた。

「まあ良い。動くのは明日になるだろう。それまで休んでおけ」

 身を隠す為に火は焚いていない。空は残照だけになっている。クライトは魔法で土を弄り、簡易の寝台を作って横になった。

 モレットの手勢は、ギュラスの他に女魔法使いと少数の男の兵士を含めて三十弱。ギブライドたちは二十強。数の差だけなら負けることはない。

 しかし、ギブライドたちはガシェーバの街での厳しい戦いですら、魔法を使わずに戦っていた。それは、高い戦闘力と卓越した精神力の成せる業だ。

 対してモレットの手勢は弱い。ほとんどが魔法使いで構成されているが、その全てが筋力に劣る女で、戦闘経験もギブライドたちとは比べ物にならない程乏しい。

 戦力は劣っている。果たして、勝てるのか。

 不安を紛らわせようと、クライトはレスダムールに問いかける。

(シアルの様子はどうなんだ)

(魔法で眠らせている。痩せていることを除けば至って健康だ)

 道中、何度も聞いたことだった。近くにシアルがいる。あとはギブライドたちを倒して、シアルを救い出すだけだ。

 感情の昂ぶりが静まっていく。寒気が染み入ってきた。クライトは厚手の外套に包まって眠りにつく。

「起きろ」

 ギュラスの声で、クライトは眼を覚ました。

 辺りは少し騒がしくなっていた。女たちが集まってきている。空はまだ暗かった。

「そろそろ動く。武器はあるか」

「ある」

 ギブライドとナーノから貰った短剣が二振り、懐に仕舞っている。あの二人から貰った武器を使うのは忌々しいが、どちらも質は良かった。

 ややあって、モレットが口を開いた。

「これからトルガードに攻撃を仕掛ける。第一の目的はレスダムールの奪取で、第二の目的はトルガードの殲滅だ。優先順位を間違えないように。次に作戦だが、懐に行くまで敵の視界を塞ぎたい」

 そこで、クライトは手を挙げた。

「俺がやる。単純に魔法を使わせたらこの中で一番だ」

「分かった。それはクライトに任せる。クライトが魔法を使うと、既に裏手に配置した者たちが岩を落とし始める。この二つの混乱に乗じて敵を倒す。細かい部分は各自で判断するように」

 多数の女と少数の男が返事をした。

「出発まで少しの時間をやる。出発した後は斥候を警戒してそのまま一気に攻める。……腹を括れよ」

 休憩は必要なかった。クライトは運動して眠った躰を起こしていく。

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